アップル・ショックの教訓――国家戦略「中国製造2025」は反日デモから生まれた
国家戦略「中国製造2025」を習近平に決意させたのは、2012年の反日デモにおける日本製品不買運動だった。今その若者がiPhone不買運動により世界経済を動かそうとしている。
◆アップルがぐらついている
1月2日、アメリカのアップルが販売減で業績予想を下方修正した。さまざまな側面による中国大陸におけるiPhone離れが大きな原因だが、特にアメリカがHuawei(華為技術)を制裁の対象にしていることにより、中国の若者がHuaweiを応援し、iPhone不買運動を強めていることがアップルの業績不振を追い討ちしている。なぜ中国の若者がHuaweiを応援するかに関しては昨年12月30日のコラム「Huawei総裁はなぜ100人リストから排除されたのか?」を参照していただきたい。
ところで、iPhoneの年間販売台数は約2億台で、そのうち4分の1の5000万台が大陸で買われていた。しかし今や中国大陸を中心とした中華圏におけるiPhone不買運動は激しい。
となると、アップルにキーパーツを提供している日本や韓国あるいは台湾の半導体市場は連鎖反応的に打撃を受けることになる。事実、日韓台の株は昨年末比1割以上下落している。Huawei叩きが続けば、今後も続落を招く可能性がある。
◆「中国製造2025」は日本製品不買運動から始まった
2012年9月、尖閣諸島国有化を受けた中国の若者たちは、建国以来最大規模の反日デモを爆発させ、激しい「日本製品不買運動」を展開した。
ところが反日デモや日本製品不買運動を呼びかける手段である「中国製のスマホ」の中を開けてみると、そこには日本(や韓国あるいは台湾など)の半導体であるキーパーツがギッシリ詰まっているではないか。
では、このスマホは果たして「メイド・イン・チャイナ」なのか、それとも「メイド・イン・ジャパン」なのかという声がネットに溢れはじめた。
iPhoneの分解図も掲載されて、以下のようなコメントが付いていた。
「たしかにほとんどのiPhoneは中国か台湾で組み立てられている。しかし驚くべきことに、1台のiPhoneの利潤に関しては、理念設計側のアップルが80ドルほどを儲け、キー・パーツを製造する日本企業は20ドルほどを稼ぎ、組み立て作業しかやっていない中国は、ほんの数ドルしか稼ぐことができないのだ!」
こうして反日デモの矛先はアッという間に中国政府に向かい出し、半導体も製造できないような「組み立てプラットホーム」国家へと中国を追いやった中国政府に対する「反政府運動」に移行し始めたのである。
驚いた当時の胡錦濤国家主席は強引な方法で反日デモを鎮圧し、その年の11月から始まる第18回党大会へと進んでいった。こうして政権をバトンタッチした習近平総書記は、国家主席になる2013年3月を待たずに、慌てて国家戦略「中国製造2025」に取り掛かる。
組み立てプラットホーム国家という屈辱的状況から脱却して、「中華民族の偉大なる復興」を実現する「中国の夢」を叶えることによって、なんとか若者たちの心をつなぎ止めようと必死だった。そうでなければ、一党支配体制の維持が危険にさらされるからだ。
◆中国の若者が中国政府を突き上げ、「購買」によって世界経済を動かす
中国の若者たちの抗議運動という大きな波の力を甘く見ない方がいい。なんと言っても人数の規模が違う。
2012年には中国政府を追い詰め、そして今は「選択的購買」によって世界経済に影響をもたらしている。
習近平は総書記に選ばれた2012年11月から、さっそく言論弾圧に力を入れ、若者が反日デモを起こさないよう監視体制を強化した。反日デモを起こして「日本製品不買運動」を展開されたら、またもや「これはメイド・イン・チャイナか、メイド・イン・ジャパンか」というスローガンを用いて、反政府運動が起きかねないと恐れたからだ。
民主化を叫べば必ず「政府転覆罪」などを口実に逮捕されるので、経済力を付けてきた若者たちは最近では「どこの製品を購入するか」によって、中国政府に対する意思表示を行なうようになっている。
今般、若者が応援しているHuaweiがアメリカによる制裁の対象となったことから、中国の若者たちはiPhoneなど、アップル製品を買わないことによって、アメリカに対して意思表示を始めているのである。
5000万台のiPhoneの中国大陸における売れ行きが不振になったら、当然アップル関連株の下落を招くだろう。15年ぶりとも言われるアップルの下方修正の主因は、中国市場における若者たちの反発によるものだ。
アメリカが中国への制裁対象を、危険性の高い、中国政府そのものであるような国有企業のZTEなどだけに絞っていれば、今般のようなアップル・ショックは出ていなかったかもしれない。中国の若者は、もともとアメリカへの崇拝が強かった。
中国の経済成長が落ちていることにアップル・ショックの原因を求めるのは適切でなく、中国は今、「量から質へ」の新常態(ニューノーマル)に突入している。国家戦略「中国製造2025」に見られるように、徹底した研究開発への大型投資を重んじているので、その間はGDPは量的には成長しない。その分だけ、「2025年」までには、飛躍的な成長を半導体や宇宙開発などで遂げ、その後に質を高めた量的成長をも始めることになると、習近平は決意している。今はまさに「雌伏(しふく)の時」だと、位置づけているのである(詳細は拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』)。
今般のアップル・ショックは、中国の真相を正確に把握し、それに基づいた正確な戦略を練らなかった見返りが来たと見るべきではないだろうか。言論弾圧をするような国が世界の覇権を握るような事態にはなって欲しくないので、アメリカが中国に圧力をかけることには賛同する。しかし正しい圧力のかけ方をしないと逆襲され、日本の国益をも損ねる。
もっとも、昨年12月24日のコラム「日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?」で考察したように、アメリカがHuaweiを制裁するのは、その頭脳であるハイシリコン社の半導体の勢いが凄いからだ(中国国内で1位、世界トップ10で7位)。同盟国である日本の半導体さえ、アメリカの防衛上危険であり、安全保障を脅かすなどという口実で潰したのだから、アメリカを追い越すかもしれない中国のハイシリコン社などは、どんな口実を設けてでも、アメリカは潰しにかかるにちがいない。
ただ、日本製品不買運動により中国政府を突き動かしたあの若者の力が、選択的購買によって今度は世界経済を動かし、アメリカにだけでなく、連鎖反応的に日韓台にまで跳ね返るであろう現象にだけは留意しておいた方がいいだろう。
最後に気になるのはアップルのクックCEOは、習近平の母校である清華大学経済管理学院顧問委員会の委員の一人であるということだ。昨年12月27日のコラム「GAFAの内2社は習近平のお膝元」にも書いたように、クックはスノーデン事件があった2013年の10月に顧問委員会入りしている。その彼が今年の10月に顧問委員会から除名されるか否か、見ものではないか。少なくともクァルコムのCEOは昨年10月まで顧問委員会の委員だったが、2019年のメンバーからは除名されている。クックの扱いを習近平がどうするか、それを確認するのが、個人的には楽しみでならない。