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日銀サプライズの背景に総裁人事とアコードの見直しも。来年4月までに正常化の道筋を付ける可能性あり

久保田博幸金融アナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 12月20日の日銀による政策調整は東京市場だけでなく、世界の市場にも衝撃を与えた。どうしてこのタイミングで日銀は政策調整を行ったのかを考えてみたい。

 日銀は12月20日の金融政策決定会合で緩和政策の一部を修正してきた。金融市場調節方針の基本的なところは変えずに、長期金利操作の運用のところで、国債買入額を大幅に増額しつつ、長期金利の変動幅を従来の±0.25%程度から±0.50%程度に拡大するとしたのである。

日銀の公定歩合と衆院解散は嘘をついても良い?

 日銀の黒田総裁は、12月6日の衆議院の財務金融委員会で、日銀が目指す2%の物価安定目標の実現にはまだ時間がかかるとして、金融政策の枠組みの見直しなどの議論は時期尚早だという認識を示していた。それから20日までの間に何が起きていたのであろうか。昔、日銀の公定歩合(政策金利、この場合日銀の金融政策の修正という意味も)と衆院解散は嘘をついても良いといわれたことがある。

 長期金利の変動幅引き上げを事前に示唆してしまうとマーケットが先んじて動いてしまうことも予想される。そのため、12月6日の財務金融委員会で黒田総裁は本当の事を言わなかった、とは考えづらい。この際の発言は嘘ではなかったのではないか。

 それではその後、どうして政策調整に踏み込まざるを得なかったのか。

 岸田首相は11月10日、黒田総裁と首相官邸で約40分間会談。この場で両氏は「密接に連携しながら経済・物価情勢に応じて機動的な政策運営を行う」方針で一致した。首相周辺は「トップ同士が手を握った延長線上に今回の決定がある」と語る(12月22日付時事通信)。

 もしこの際に黒田総裁が機動的な政策運営を行うことで手を握ったのであれば、12月6日の衆議院の財務金融委員会で、あの発言は出なかったのではないだろうか。

 その衆議院の財務金融委員会では、金融緩和を縮小するいわゆる出口戦略について、「目標の実現が近づいてくれば出口に向けた戦略や方針などについて金融政策決定会合で議論し、適切に情報発信していくことになる」と黒田総裁は述べていた。

 ただし、この時点で、総裁が目標の実現が近づいていると認識していたとは考えづらい。これからみてもこの発言から2週間後の12月20日の決定会合で、すぐに政策調整の可能性はあることは考えられなかった。個人的には金融政策の現状維持への反対者が出て、そこからの情報発信はあるかとみていた。

田村審議委員と高田審議委員のコメント

 その反対者となりそうであったのが田村審議委員であった。日銀の田村直樹審議委員は12月1日に、朝日新聞のインタビューに応じ、日銀が10年近く続ける大規模な金融緩和について、「しかるべきタイミングで、金融政策の枠組みや物価目標のあり方を含めて点検、検証を行うことが適当だ」と述べ、全面的な検証が必要との考えを示した。

 いま思うと、これも布石かともみえたが、同様に反対者となりうるかとみられた高田創審議委員は、日本経済新聞とのインタビューで、長短金利操作の解除について「残念ながらそういう局面になっていない」と述べていた。2%の物価目標を持続的・安定的に達成できる状況にないとして大規模な金融緩和を粘り強く続ける必要があるとの考えを示した。

 田村委員の発言によって政策調整の可能性もと市場が意識していた矢先に、高田審議委員が政策調整に否定的な発言をして、むしろ火消しに回っていたのであった。

どこで流れが変わってきたのか

 となれば、どこで流れが変わってきたのか。

 岸田政権が、安定的な経済成長を実現するための政府と日銀の役割を定めた共同声明を初めて改定する方針を固めたことが12月17日に、複数の政府関係者への取材で分かったと共同通信が報じた。

 岸田首相は11月28日の衆院予算委員会で共同声明について「見直しは考えていない」と明言していた。それなのに何故、このような記事が出てきたのか。

 政府とすれば、頑なな日銀に対して、さすがに軌道修正を求めざるを得なくなってきたのではなかろうか。物価高の対策がすべて政権に押しつけられた格好ともなり、現在の日銀の政策に対し疑問を持っていたことも予想される。

 そのため、共同声明、つまりアコードの改定をちらつかせることによって、日銀に修正を迫った可能性がある。

 防衛費増額の問題もひとまず解消し、来年度予算についても目途が付き、次としては官邸では、日銀総裁人事もからめて日銀マターとなったのではなかろうか。

根回しはブラックアウト期間に入る直前?

 22日付のロイターの記事に、別の関係者によると、日銀が許容幅拡大に向けた根回しに入ったのは決定会合の数日前。政策決定に関わる関係者が踏み込んだ対外発言を禁じられる「ブラックアウト期間」に入る直前だった。「審議委員への根回しも直前だったが、反対意見が出なかったのは政府と同様の問題意識を持っていたことの裏返し」と、この関係者は言う、とあった。

注、ブラックアウトルールが適用される期間は、日本銀行の場合は、金融政策決定会合開始の2営業日前から会合終了当日の総裁記者会見終了時刻まで

 今後本格化させる日銀総裁の人選とともにアコード見直しの是非も含め、政府・日銀間で調整する構えで、首相周辺の1人は「人事と政策を合わせて決めていくこと」と述べた(19日付朝日新聞)。

 つまりこのアコード(政府と日銀の役割を定めた共同声明)の改定と日銀総裁人事が絡んでいたとみる必要がある。日銀総裁人事を進めていく過程で、政権側がアコード修正も絡めて、日銀に対して政策修正を迫った可能性がある。これを受けて急遽、日銀が動いたのではなかろうか。

日銀総裁人事

 日銀総裁候補としては日銀の雨宮副総裁、中曽前副総裁の名前が挙がっている。いずれも総裁就任に難色を示しているとも報じられていた。このため、総裁就任の条件として現在の黒田総裁の体制下で正常化の道筋を付けることを挙げたということも考えられる。

 これは総裁人事だけでなく、副総裁人事についても同様であろう。こちらも就任時には日銀の金融政策で柔軟性と機動性を回復させていることを条件とした可能性もある。

 もし報道の通りであれば今回、日銀はわずか数日で金融政策を大きく修正させた格好となる。つまりサプライズを狙ったのではなく、サプライズとなってしまった感がある。しかも全員一致で政策修正に賛成ということから考えると、雨宮副総裁あたりが動いた可能性もあり、それに事務方も協力して、政策委員全員の説得に動いたのではなかろうか。

金融政策の段階的な調整

 総裁候補としては中尾元財務官の名前も挙がっていたが、下記のような記事もあった。

「日銀は新総裁体制下で政策調整を念頭に点検・検証を-中尾元財務官」(12月9日付ブルームバーグ)

 中尾元財務官は来年4月に日本銀行の新総裁の下で新たな体制が発足した後、金融政策の段階的な調整を念頭に点検・検証を実施すべきだとの考えを示した。

 また、あくまで新体制になってからとはあったが、点検・検証は公開または完全非公開もあり得るが、この先にいかなる変更があるとしても、大きな衝撃を避けるために漸進的に行うべきだとの見方を示していた。

来年4月までに正常化の道筋を付ける可能性

 今回の日銀の修正は点検・検証を完全非公開の上、オーストラリアのようにYCCの即時撤廃ではなく、漸進的、段階的に行ってきたともいえる。今後の日銀の動向については、中尾氏の指摘のように段階的に進める可能性がある。

 21日に2年国債の利回りが一時プラスに転じたが、次のステップはマイナス金利政策の解除となるのではなかろうか。

 来年4月までに正常化の道筋を付けるとなれば、いずれYCCとマイナス金利の双方の撤廃が視野に入る。2023年の日銀の4月までの金融政策決定会合の開催予定は、1月17、18日と3月9、10日、そして4月27、28日となっている。1月と3月の会合でさらなる修正が入る可能性がある。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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