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アメリカ大統領選予備選段階開始:なぜアイオワ州とニューハンプシャー州が重要なのか(追記:混乱の緒戦)

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
ニューハンプシャー州のダイナーで有権者に声をかけるバイデン氏(写真:ロイター/アフロ)

 共和・民主両党の指名候補を決める大統領選挙の予備選段階がいよいよ2月3日のアイオワ州党員集会、11日のニューハンプシャー州予備選から始まる。この2つの序盤の戦いがなぜ重要なのか、考えてみたい。

  • アイオワ州党員集会の「混乱の緒戦」については最後に追記。

(1)なぜアイオワ州、ニューハンプシャー州が重要か

 共和・民主両党の指名候補を決める大統領選挙の予備選段階は、年明けから11月までの長い大統領選挙の前半戦である(後半は指名候補どうしの戦い)。アイオワ州が最初の党員集会、ニューハンプシャー州が最初の予備選を行うことは民主・共和両党の規則、および州法で決まっている。

 ただ、マラソンレースのような前半の最初の2つの戦いであるアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選は、よく考えると「56(50州+首都ワシントン、米領グアム、サモア、バージン諸島、プエルトリコ。北マリアナ諸島)分の2」でしかない。

 しかし、この2州の戦いがその後の予備選段階を大きく左右する。それはなぜなのか。

(2)圧倒的に集中する報道

 この序盤の戦いが重要である最大の理由は、メディアの報道がこの2州に集中するためである。

 両州が候補者にとっては予備選段階の最初の選挙であり、ニュースバリューが高い。予備選段階のスタート段階では候補者の数も多く、多彩であるため、ニュースそのものも抜群に面白くなる。

 両州に報道が集中しているのは、過去の各種のメディアの内容分析研究でも明らかになっている。簡単に言えば、予備選段階(党員集会と予備選を含む)の半分くらいの報道がこの2州に集中する。「メディアと公共問題センター(Center for Media and Public Affairs)」が3大ネットワークのイブニング・ニュースの内容分析を行ったところ、1996年選挙の予備選段階に関する全てのニュースのうち、アイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選に関するものは、全体の51%だった。

 私自身も過去に同様の研究をしたことがある。2000年選挙に関して、ABCテレビのイブニング・ニュースである”ABC World News Tonight”では、予備選段階に関する全てのニュースのうち、アイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選に関するものは、全体の64%だった。

 ここ数年では、そもそも新聞にしろ、テレビにしろ、報道の多くがウェブサイトやソーシャルメディアなどのインターネットを経由して伝播するため、母集団である予備選段階でのニュースの総数が分かりにくい。そのため、具体的な割合を算出することが難しくなっているものの、最初に代議員選出が行われるアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選に関する報道の過多は間違いなく著しい。

 アイオワ、ニューハンプシャー両州の動向に関する報道が集中すれば集中するほど、両州の動向がさらに重要になり、そのため、メディアはさらに両州の選挙の動向を集中的に報じるというサイクルが繰り返されてきた。

(3)最初の「モメンタム」が雌雄を決める

 実際、最初の2州でうまく勝利した候補がそのまま、最終的な候補者指名を勝ち抜いていくケースがほとんどだ。逆に言えば、両州を抑えないと大統領になることができない。

 下の表はアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選の勝者である。この表が示しているように、後述するクリントンを除き、挑戦者の場合、双方、もしくはどちらかの州で勝利しないと党指名候補に勝ち残れない。現職の場合、どちらも勝利している。

過去のアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選の結果(著者まとめ)
過去のアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選の結果(著者まとめ)

 アイオワ党員集会の場合、参加者の熱意が強く反映される少人数の話し合いで決まるため、共和党の場合、熱心な福音派が押す宗教保守らが有利であるといわれている(2008年ハッカビー、2012年サントラム、2016年クルーズらが勝利、1988年2位のロバートソン)。民主党の場合、人種マイノリティ(2008年1位オバマ)が強い傾向にある。一方、ニューハンプシャー州予備選の方は通常の選挙であり、選挙の仕方で有利不利が分かれるため、両者を合わせて序盤の大きな方向性がみえるのが特徴だ。

 1992年のクリントンはその例外だが、ハーキンがアイオワ州出身ということもあり、アイオワ州では圧勝、ツォンガスがニューハンプシャー州で勝ったが、同州では不倫スキャンダルで揺れていたクリントンが予想以上の2位につき、そこから「モメンタム(弾み)」がついていった。

 このモメンタムがポイントであり、上述のようにメディアが繰り返し伝えることもあり、選挙献金も一気に増えていく。「当選する可能性(エレクタビリティ)」がどんどん高くなっていく。近年では両州の直後にあるネバダ州予備選やサウスカロライナ州予備選でも優勢となり、スーパーチューズデーでさらに代議員数を伸ばし、大勢を決める。逆に弾みがつかないと、献金が枯渇していく。

 このモメンタムの重要性を広く知らしめた例が、1976年のカーターと2008年のオバマであろう。ジョージア州知事だったカーターは全米的には全く無名だったが、アイオワ州党員集会で健闘(2位)、ニューハンプシャー州予備選で1位となり、名前を広くアピールし、民主党のライバルを破っていった。2008年もアイオワ州党員集会まではヒラリー・クリントンの優勢ばかり伝えられていたが、オバマの勝利で、情勢は大きく変わり、民主党の指名候補争いでその後は常に優勢となっていった。

 比較的無名の候補でも大統領になりうる道を開くため、この2州は最初の戦いなのに、最も重要な戦いとして位置付けられてきた。

(4)2州への偏重がもたらす問題点

 2州への偏重がもたらす問題点も様々ある。アイオワ、ニューハンプシャーの両州は、米国の州の中では、決して「代表的」ではない。2010年国勢調査によるアイオワ州の人口は304万人(全米30番目)、ニューハンプシャー州の人口は131万(同42番目)と50州のうち、人口でみるとかなり小さい。また、投票率も高くない。2016年のアイオワ党員集会の場合、15.7%、ニューハンプシャー州予備選の場合、52.4%だった(いずれもUnited States Election Projectの分析による)。予備選段階の投票率は極めて低く3割に満たないのが一般的であり、ニューハンプシャー州予備選の数字は記録的に高いとされている。

 しかし、それでも予備選段階のしかもごくわずかの人々の意思結果で大統領候補が決まるとすると、米国でも数多い政治的中間層や無関心層の意見が十分反映されているとは言いがたい。

 元々、予備選への参加者は、平均的な国民とは異なり、特定のイデオロギーの影響を強く受けているタイプが多いとする研究は数多い。要するに共和党なら極めて保守、民主党なら極めてリベラルな有権者が参加するのが予備選段階である。

 また、政策面でも両州の有権者を意識した政策も導入されてきた。例えばトウモロコシを生産するアイオワ州に対して、トウモロコシから産出したエタノールへの連邦政府の過剰な補助金などは問題になってきた。

(5)それでも「民主主義の実験場」

 それでも、長い時間をかけて、多くの立候補者が両州をくまなくまわり、国民の多くと実際に接するため、草の根の民主主義をはぐくむ良い機会であるという見方もできないわけではない。アイオワ州、ニューハンプシャー州の小さなダイナーに立候補者が1年間以上、毎週のように通い、地元の人と話し合い、政治についての意見を交わすのは壮大な「民主主義の実験場」でもある。

 ただ、その様子をテレビカメラが追って、全米に中継されるという「メディアイベント」でもある。この記事の写真に選んだ「ニューハンプシャー州のダイナーで有権者に声をかけるバイデン氏」の周りにマイクやカメラが写り込んでいるのは象徴的かもしれない。

 2020年はどうだろう。共和党の方はトランプ氏を追えそうなレベルの候補は誰も出ていないため、戦いは形式的だが、それでも絶好のメディア露出の機会を最大化しようとするトランプ氏はアイオワ州に乗り込んで演説を続けている。民主党の方はどんなドラマが両州で展開され、どの候補が「弾んで」いくのか、大いに注目される。

(「混乱の緒戦」:アイオワ州党員集会が4日に勝者が決まらなかったことについて)透明性を重視したため、今回は最初の支持表明の投票と最後の投票、代議員の3つのデータを出すという規則改正をしたため、大混乱となった。4日未明までに勝者が決まらず、勝利演説がないのは、トップの候補には誤算であり、「弾み」がつかない状況となっている(とりあえず各候補者は「演説」はしたものの、どう考えても切れがなかった)。このアイオワ州党員集会の混乱の中で、順当に共和党の方ではトランプ氏が順当に勝利したこともあり、民主党アイオワ党員集会の「影の勝者」はトランプ氏だったといっても過言ではないかもしれない。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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