蚊は新型コロナを媒介するのか?
だんだんと暖かくなり、蚊が増えてくる時期になりました。
Yahooの編集者のHさんがときどきネタを提供してくださるのですが「『蚊はコロナを媒介するのか』とかどうですか?」と先日ご提案をいただきました。
正直「は?」と思いました。「ていうかするわけないじゃん」と思いました。するわけないですよね。
しかし、私のような節足動物媒介感染症オタクはともかく、確かに非オタクにとっては蚊を介して感染するウイルスとしないウイルスがあるのは不思議に思われるかもしれません。
新型コロナの患者さんも減って時間を持て余していることもあり、ここは一つ、初心に帰って、蚊はコロナを媒介しうるのかをガチで考えてみましょう。
蚊媒介感染症とは
これは各生物が1年間に人間を死に至らしめている数のランキングです。
蚊がナンバー1です。蚊は様々な感染症を媒介しますが、特にマラリアは今も多くの人が亡くなっている感染症です。
ちなみに人間がナンバー2ということで、蚊とそこそこいい勝負をしています。
それはともかく、蚊媒介感染症は公衆衛生上の大きな問題であることがお分かりいただけたかと思います。
蚊媒介感染症の種類
では蚊媒介感染症にはどのようなものがあるのでしょうか。
いきなりマニアックな表が出てきましたが、私以外は覚える必要はありません。
大事なポイントは「蚊の種類によって媒介しうる感染症が異なる」ということです。
デング熱はヒトスジシマカによって媒介されますが、ハマダラカには媒介されません。
逆にマラリアはハマダラカに媒介されますが、ヒトスジシマカには媒介されません。
というわけで、蚊と感染症にも特定の組み合わせがあることが分かります。
これはデング熱の例ですが、デング熱が国内で流行するのは、海外で感染したデング熱患者が日本国内でヒトスジシマカに吸血されることで起こります。
つまり、蚊媒介感染症は吸血されてウイルスが蚊に入り、蚊の体内でウイルスが増殖され、ウイルスが蚊の唾液腺に入り、別のヒトを吸血した際にウイルスがヒトの血液内に入ることで感染が成立します。
ですので、新型コロナが蚊媒介感染症として成立するためにはいくつかの条件があります。
1. ヒトが感染した際に新型コロナウイルスが血液中に検出される
2. 新型コロナウイルスが蚊の体内で増殖される
3. 蚊からヒトの血液に注入された新型コロナウイルスがヒトの体内で増殖される
1のヒトが感染した際に新型コロナウイルスが血液中に検出されるかどうか、つまり「ウイルス血症になりやすいかどうか」ですが、205人の新型コロナ患者から採取された307の血液検体から新型コロナウイルスが検出されたのは3検体(1%)のみだった、という報告があります。
これだけウイルス血症の頻度が低いと、蚊が媒介するには効率が悪すぎるでしょう。
また、新型コロナの患者でウイルス血症になるのは特に重症例に多いため、屋外を歩き回るような活動性は低い人が多いのではないかと思います。
というわけで、蚊が吸血をしても新型コロナが蚊の体内に入るチャンス自体がかなり限られると考えられます。
これだけたくさん患者さんがいますから理論的には可能性はゼロではないかもしれませんが。
2の「新型コロナウイルスが蚊の体内で増殖される」については誰もまだ検討していないのではないかと思いますが、少なくとも蚊によって媒介されたと考えられる新型コロナの事例はこれまでに報告されていません。
蚊の体内に取り込まれても増殖されるウイルスは種類が限られていますし、他のコロナウイルスでもそうした可能性はこれまでに指摘されていませんので、新型コロナウイルスが蚊にうまく適合し増殖する可能性としては高くないでしょう。
むしろハエなどが新型コロナウイルスに汚染された環境表面や糞便などを触ることで、ウイルスを伝播させる可能性について触れている論文もあります。
3の「ヒトの血液に注入された新型コロナウイルスがヒトの体内で増殖される」ことですが、これは証明が難しいのですが、例えば実験室で新型コロナウイルスを扱っていた方や病院内で新型コロナの検体を扱っていた方が針刺しをしてしまって新型コロナに感染した、というような事例があれば証明できます。
"needlestick injury", " COVID-19 "でPubMedで検索しましたが該当論文はありませんでした。
今のところは「分からない」ということになります。
というわけで、総合的に判断しますと、新型コロナが蚊媒介感染症になる可能性は低いと考えます。
冒頭に「するわけない」と書きましたが、まあ可能性はゼロではないかもしれません。
最後に、蚊に刺されても新型コロナになることはないと思いますが、日本脳炎、デング熱など他の蚊媒介感染症には罹患する可能性があります。
ご自身の予防接種手帳に日本脳炎ワクチンの接種歴(通常4回)が記載されているかをご確認し、もしなければ接種を検討しましょう。
また日頃から虫除けなどを使って蚊に吸血されないようにしましょう。長袖長ズボンなどで肌の露出を出来るだけ避けるようにし、露出した部分には虫よけを塗布するようにしましょう。
虫除けはディートまたはイカリジンという成分を含むものが望ましいとされます。