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妊婦への新型コロナワクチンは安全か?~最新データのまとめ

紙谷聡小児感染症専門医、ワクチン学研究者
(写真:アフロ)

このシリーズでは、新型コロナワクチンにおける正しい情報や知識について解説していきます。今回は、妊婦さんへの新型コロナワクチンの最新情報を解説していきます。

米国では、米国疾病予防管理センター(CDC)にて予防接種に実施に関する諮問委員会(ACIP)が定期的に開催されて、新型コロナウイルスワクチンについて専門家が議論をしています。私もCDCと連携してワクチンの安全性調査をしている関係でACIP会議に参加していますが、今回(3月1日)は妊婦さんへの安全性について米国の最新情報が発表されましたので解説します。

現時点で3万人以上の妊婦がワクチンを接種

まず以下の表をご覧ください。2月16日までのデータですが、少なくとも1回以上のワクチンを接種した一般の方は全体で5000万人を超えており、そのうちCDCのV-safe(SNSを利用したワクチン接種後の安全性調査)に登録して接種した妊婦さんは3万人を超えています。これは登録を承諾した方のみの数であり、実際はもっと多い妊婦の方が接種しているだろうと推測されています。

2021年3月1日ACIP 会議資料より筆者作成
2021年3月1日ACIP 会議資料より筆者作成

ここで、まずはっきりしておかなければならない点は、ワクチンの使用を国が許可をする前に第Ⅲ相試験という最終試験を行うのですが、妊婦さんは被検者としては除外されているため、ファイザー・ビオンテック社製やモデルナ社製のmRNAワクチンの妊婦での効果や安全性はまだわかっていません。現時点では動物実験での安全性が確認された段階であり、各社とも現在進行形で妊婦を対象とした臨床試験に取り掛かっている段階です。

なぜ試験がまだ十分でない段階で妊婦さんは接種しているのか?

妊娠中の方は新型コロナ感染症を発症した際に重症化するリスクが高い可能性が指摘されています(1,2)。そのため、特に新型コロナウイルスが猛威をふるっている米国では、妊婦の方でも発症予防や重症化予防の高いワクチンの接種を希望される方が多い印象です。このV-safeは初期段階では主に医療従事者を対象に行っていたこともあり、なおのことリスクが高い妊娠中の医療従事者での希望者が多いことも影響しているのかもしれません。

また、mRNAワクチンは生ワクチンではない点も安全面も考えるうえで重要です。弱らせてはいるもののウイルスがまだ生きている生ワクチン(風疹ワクチンなど)は妊婦さんが接種することはできません。一方、生きたウイルスは含んでいない不活化ワクチン、例えば多くのインフルエンザワクチンや成人用3種混合ワクチン(破傷風や百日咳などを予防するワクチン)は、世界中で妊婦さんへの接種が推奨されています。今回のmRNAワクチンは、ウイルスのとげの部分のみを作るための設計図を脂肪の膜につつんでいるものであり、生きたウイルスは使用していません。そのため、不活化ワクチンと同様に妊婦さんへのmRNAワクチンの安全性も期待されており、「打たないリスク」も勘案すると、米国では妊婦を対象から除外すべきではないとして、希望者には接種可能としているのです。

それでは今回、こうして実際に接種した妊婦さんの協力から得られたデータが発表されましたので解説します。

2021年3月1日ACIP 会議資料より引用
2021年3月1日ACIP 会議資料より引用

ご覧のとおり、痛みや腫れなどの局所の反応の頻度は妊娠の有無で大きく変わらないことがわかるかと思います。それでは発熱などの全身反応をみていきましょう。

2021年3月1日ACIP 会議資料より引用
2021年3月1日ACIP 会議資料より引用

だるさや発熱といった全身反応の頻度も妊娠の有無で大きく変わらないことがわかります。

それでは一番気になる妊娠や赤ちゃんに対する影響はどうなのでしょうか?

その前に、ワクチンの安全性を考えるうえで極めて大切な概念である「自然発生率」について説明しなくてはなりません。自然発生率とは、ある病気がもともと(ワクチンとは関係なく、もしくはワクチンがまだ導入されていない時に)どれくらいの頻度で自然に発生するかを表した数です。英語ではバックグラウンド率(Background Rates)と呼んでいます。そもそも、病気とはワクチンが導入される前からある一定の割合の人に発症しているわけで、なにもワクチンだけでその病気が起こるかもしれないわけではありません。そのもともとの発生頻度を把握して、それがワクチンの導入によって増えたか減ったかを調べることがとても重要です(つまり、本当にワクチンが原因でその病気になるのであれば、ワクチンを接種した人では、いままで自然に発生していた病気の頻度よりも多くなるはずですよね)。この概念はワクチンの安全性をしっかりと理解するためにとても大切であり、別の記事でも詳しく解説したいと思います。

さて今回、V-safeによる詳細な調査に同意された一部の妊婦さん(約1800人)のうち、275名の方がすでに出産されており、そのデータを発表して、ワクチンを接種した妊婦さんにおいて、この自然発生率(新型コロナウイルスワクチンが導入される前に起きていた病気などの頻度)と比べて頻度が大きく増えていないかを評価しています。では以下の表をご覧ください。

2021年3月1日ACIP 会議資料より筆者作成
2021年3月1日ACIP 会議資料より筆者作成

今回のデータでは、新型コロナウイルスワクチン導入前の妊婦さんにおける各状態の自然発生率と比べても、今回ワクチンを接種した妊婦にだけ大きく頻度が増えている項目はありません。より専門的にはなりますが、本来ならばこうした数字の大小だけではなく、きちんと統計学的な評価をする必要があり、そのための疫学研究は別のデータを使って行う計画になっていますが、ひとまずは速報として、現時点では自然発生率を大きく超える頻度で妊婦さんや赤ちゃんに影響は起きていないことがわかったのです。このデータには、ACIPの会議の専門家もとても安堵していました。

一番最初に述べましたが、妊娠中のワクチン接種についてはまだ十分なデータがなく、各国で妊婦に対する方針が分かれているのが現状ですが、今回のデータのように妊婦さんへのワクチンの安全性評価は優先事項として現在進行形で行われています。こうした最新のデータを一般の方々が知ることはとても大切なことだと思い、今回記事を書かせていただきました。

まだ確定した安全性の情報が足りない中、現在妊娠中の方が、はたして接種すべきか否かを決めるのは決して容易なことではありません。ぜひ、信頼するかかりつけの産婦人科の先生や助産師さんと相談して判断していただければと思います。ただ、打つ判断をされた方も、打たない判断をされた方も、どちらも平等にその判断を尊重すべきだというアメリカ産婦人科学会の声明に、私も同意です。赤ちゃんを守りたいという想いは一緒なのですから。

なお、厚生労働省のウェブサイトにも妊婦に関する情報が掲載されていますのでこちらもぜひご覧ください。

参考文献

1.Interim Clinical Considerations for Use of mRNA COVID-19 Vaccines Currently Authorized in the United States. Centers for Disease Control and Prevention. (Accessed March 1, 2021, at https://www.cdc.gov/vaccines/covid-19/info-by-product/clinical-considerations.html.)

2.Panagiotakopoulos L, Myers TR, Gee J, et al. SARS-CoV-2 Infection Among Hospitalized Pregnant Women: Reasons for Admission and Pregnancy Characteristics - Eight U.S. Health Care Centers, March 1-May 30, 2020. MMWR Morbidity and mortality weekly report 2020;69:1355-9.

小児感染症専門医、ワクチン学研究者

エモリー大学小児感染症科助教授。日本・米国小児科専門医。米国小児感染症専門医。富山大学医学部を卒業後、立川相互病院、国立成育医療研究センターなどを経て渡米。現在、小児感染症診療に携わる傍ら、米国立アレルギー感染症研究所が主導するワクチン治療評価部門共同研究者として新型コロナウイルスワクチンなどの臨床試験や安全性評価に従事。さらに米国疾病予防管理センター(CDC)とも連携して認可後のワクチンの安全性評価も行っている。※記事は個人としての発信であり組織を代表するものではありません。

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