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ジコチューはどこで失敗するのか?

橘玲作家

田中真紀子文部科学相が、秋田公立美術大学など3大学の新設を不認可と判断し、批判を受けると一転して「不認可処分はしていない」と強弁して来年春の開設を許可しました。記者団に対して「今回(の騒動が)逆にいい宣伝になって4、5年間はブームになるかもしれない」と述べ、野党から問責を突きつけられてようやく謝罪するという傲慢さです。

独断でものごとを決め、ひとの意見に耳を貸さず、自分の失敗を反省せず、部下に責任を押しつける……ここには、ジコチューな人間のイヤな面がすべて出ています。

ひとは多かれ少なかれ、世界が自分を中心に動いていると錯覚しています。田中文科相には田中角栄の娘としての強烈な自負があり、権力とは相手をちからでもって従わせることだと思っているのでしょう(たぶん)。ジコチューばかりが集まった国会ですら煙たがられるのですから、こんなタイプが会社にいたら部下はたまったものではありません。

ジコチューな人間が失敗するのは、リスクを正しく評価できないからです。

私たちは、自分の言動を客観的に見ることができません。しかしそれでも、相手がどう思うだろうかとか、世間から批判されないだろうかとか、あれこれ思い悩みます。この仮想体験(シミュレーション)が、こころの機能です。

このシミュレーションがあまりに過剰だと、考えすぎてなにも行動できなくなり、引きこもりやうつ病になってしまいます。その反対にシミュレーション機能が働かないと、相手の反応をまったく予測せずに行動してしまいます。“暴走大臣”はこの典型です。

ただしこの欠点は、他人がどれほど注意しても直りません。主観的には暴走しているつもりなどまったくなく、自分は正しいことをしているのに、周囲の無理解によって理不尽に批判されていると感じられるからです。その意味では、「いい宣伝になった」という発言は彼女の素直な気持ちを表わしています。

田中文科相がどのような人格(キャラ)かは外務省の騒動のときからわかっていたのですから、首相の任命責任を問われても仕方がないでしょう。しかし批判はこのくらいにして、よい面にも目を向けてみましょう。

少子化で学生数が大きく減り、将来も回復する見込みがないにもかかわらず、四年生大学の数だけが増え続けるのは異常です。新設の認可を答申する大学設置審議会の委員の大半が大学関係者であることも、大学に多額の助成金が支払われるかわりに官僚の天下り先になっていることも、定員割れの大学が留学生を大量に受け入れ、不法就労などの問題を起こしていることもすべて事実です。このような制度が持続可能なはずはなく、“暴走”したとしても、その方向は正しかったのです。

田中文科相は小泉政権で外務大臣となり、「外務省は伏魔殿」と述べて外務官僚と激しく対立しました。その対応については評価が分かれるでしょうが、官房機密費を横領して競走馬を購入するなど、外務官僚の歪んだ体質は明らかです。

このように、田中文科相の政治家としての「直感」は間違ってはいませんでした。しかし残念なことに、他者への想像力の欠けたジコチューでは、その素晴らしい直感力を活かすことができなかったのです。

『週刊プレイボーイ』2012年11月19日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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