韓国最大野党の解散請願に署名者100万人超…第二の「キャンドルデモ」との声も
韓国大統領府ホームページに設置された、市民の意見箱に韓国社会の注目が集まっている。最大野党の解散を求める声からは、韓国政治の今が透けて見える。
盛り上がるSNS
「40万人突破」、「70万人突破」、「ついに100万人突破!」
最大野党・自由韓国党の解散を求める「国民請願」への署名数の増加を伝える実況中継だ。ポータルサイトでも検索キーワード1位、ツイッターでも昨日からずっとトレンド入りするなど、韓国で今最も注目を集めている話題といえる。
国民請願とは、大統領府(青瓦台)のホームページに置かれているもので、市民は誰でも自由に請願を行うことができる。文在寅政権発足から3が月後の2017年8月に始まった。30日以内に20万人が署名する場合、政府が回答することになっている(現在92件回答済み)。
回答は動画と文章で行われ、時には対応する政府部署の高官が出演するのが特徴だ。消防士の国家公務員化による待遇改善を訴える請願には消防庁長が、ベビーシッターの児童虐待再発防止を訴える請願には女性家族部次官が出演している。また、間違った内容の請願が20万人以上の請願を集めることがあり、「フェイクニュースです」と青瓦台側がたしなめることもある。
冒頭の請願は4月22日に始まった。「自由韓国党はすぐに政府の立法の足を引っ張り(中略)政府が国民のための政策を施行できないようにいちいち妨害している」と主張し、政府に対し「その間、自由韓国党の悪事を徹底的に調査し、政党解散のための請求をしてください」とお願いする内容だ。
署名者数は記事を書いている30日午後2時半の段階で、117万人を越えており、30日中に過去最高の署名数119万を越えるものと見られる(※5月1日午前7時半現在、143万人を超えた)。
自由韓国党解散請願の背景
なぜ突然、議席数114(定数300)の最大野党の解散を求めて声が大きくなっているのか。それは先週から国会で与野党が正面から激突したことによる。
争点となってきたのは、選挙法改定法案を含む3法案を「ファストトラック」、つまり迅速処理案件に指定することだ。最長330日で法案が自動的に議決にかけられるため、ずるずると法案が議論されることを防ぐ制度だ。
自由韓国党を除く与野4党は、選挙法改定案、高位公職者非理捜査処(公捜処)の設置、検察・警察の捜査権調整法案をファストトラックに指定することで最終合意した。自由韓国党はこれを「議会クーデター」とし、「国会の全面ボイコットを含め全力で阻止する」と宣言したのだった。
歴史ある保守政党・自由韓国党の反発の裏には、選挙法が変わることで議席数を減らす憂慮や、与野4党に国会の主導権を取られる懸念などがあるとされる。
また、「選挙制度の改革は全党合意で」という原則を与野4党が守らなかったとの主張もある。いずれにせよ、この出来事があった22日に、自由韓国党の解散を求める請願もまた始まった。
なお、この間のいきさつと法案の内容については筆者の以下の記事に詳しいので併読されたい。
「文在寅の独裁政権と闘う」…最大野党が国会を占拠
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190425-00123689/
その後約一週間、国会では自由韓国党と与野4党間に激しい対立が続いた。自由韓国党の議員・党職員により事務室を占拠された国会側が議長命令で「警護権」を発動し、バールやハンマーでドアをこじあける騒ぎとなった。この時に取り合いとなったバールを手にした、同党の羅卿ウォン(ナ・ギョンウォン)院内代表の写真は話題を呼んだ。
だが、29日深夜、関連する常任委員会が相次いで開かれ、正式に3法案が「ファストトラック」に指定された。これにより、感情的な様子から「動物国会」と揶揄された騒動は一山越えた。
自由韓国党の解散可能性は
実は韓国には政党解散の歴史がある。2014年の統合進歩党の解散がそれだ。冒頭に引用した請願でも、請願者が「自由韓国党がすでに統合進歩党を解散させた判例がある」と言及している。
韓国の憲法では政党の解散について、「政党の目的や活動が民主的基本秩序に違背するとき」と定め、判決は憲法裁判所が下す。2014年当時、法務部は「内乱陰謀」を含む内容を持って、憲法裁判所に同党の解散請求審査を請求した。
憲法裁判所はこれに対し判決文で、「(同党が)北朝鮮式の社会主義を実現するという隠れた目的を持って、内乱を議論する会議を開催するなどの活動を行ったことは、憲法上の民主的基本秩序に違反する」との見方を示し、統合進歩党の解散を認めた。
それでは、自由韓国党の解散はあるのか?その可能性は限りなく低い。統合進歩党のケースとは異なる部分が多すぎるためだ(なお、統合進歩党の解散の是非をめぐり韓国内では深い議論がある。本論から外れるのでここでは触れない)。
韓国紙『毎日経済』は、その可能性を分析した29日付けの記事の中で「民主主義は政党制を基本としているため、政党解散自体が、基本的に簡単ではない。裁判を経たり、証拠を通じ明確に基本秩序を違背する何かが出てこなければならず、路線が異なるからと解散させるのは難しい」という弁護士のコメントを掲載した。
「ふたたびキャンドルを」
署名者が100万人に肉迫する中、ネット上では「第二のキャンドルデモ」という表現が散見される。
キャンドルデモ(ろうそくデモ)とは、2016年10月から17年3月まで、当時の朴槿恵大統領の退陣と「積弊(積み重なった弊害)清算」を求め、延べ1000万人以上が参加した市民集会のことだ。
こうした表現を使う人々は、いずれも文在寅政権を強く支持する人々だ。背景には現在の国会に対する不満がある。
韓国では4年毎に総選挙が行われ、途中解散がない。そのため、現在の国会議員の任期は2016年5月30日から始まり、2020年5月29日まで続くが、国会はギクシャクしたままだ。
朴槿恵大統領の弾劾による空白、その後の激しい与野対立などで法案処理率は過去最低の31%にとどまっている(毎日経済、3月28日記事より)。
今回、署名をしている人々は、国会空転の原因を自由韓国党に求め、朴槿恵政権時の与党としての反省をしないばかりか、政争にあけくれ国民のために仕事を放棄する同党を「積弊」の一つとみなし、その脈絡で「キャンドルデモ」という表現を使っている。解散という強い表現の底には、朴槿恵大統領に向けたものと同じ「怒り」がある。
一方、知識人も別の視点から「キャンドル」に言及しているのは興味深い。
韓国の代表的なリベラルNGO『参与連帯』の「参与社会研究所」のチャン・ウンジュ所長は、28日のコラム『ふたたび、キャンドルを掲げよう』の中で、こう呼びかけた。
これからは市民が前に出よう。また、キャンドルを掲げよう。選挙制度の改編が最終的に成し遂げられるまで、ひと月でも一年でも、政治圏を圧迫し監視しなければならない。私たちは、まともな改革法案ひとつ処理できず、ふたたび失敗を繰り返す運命を持った政府を打ち立てようと、あの寒い冬に何か月もキャンドルを掲げたのではない。私たちが望んだものは、根本的な社会の改革で、それは政治の革新なくして不可能だ。
チャン所長の言説の中にある「監視の対象」には、自由韓国党だけでなく与党・共に民主党をはじめとする全ての政党が含まれているのが特徴だ。
100万人超の署名がこうした主張と結びつく場合、文政権発足後にも停滞を続けてきた韓国政治に、新たな風が吹く可能性もある。
国民請願をどう見るか
青瓦台の該当ページには、与党・共に民主党への解散請願も存在する。4月29日に作られたこの請願には、30日午後2時現在で13万3000人が署名している。
実は、請願への署名がシステム上、複数可能との指摘がある。本来、署名(同意ボタンをクリック)はSNSアカウント(ネイバー、カカオ、フェイスブック、ツイッター)にログイン後可能になる。
だが、ある人は4種類のSNSアカウントでそれぞれ1回、計4回可能とするし、8回まで可能とする声もある。また、そうではないという主張もあり、定まらない。30日、青瓦台側に問い合わせたところ「重複署名はシステム上受け付けない」ということだった。
29日晩、韓国で最も信頼されるニュースアンカーに選ばれたこともある、放送局『JTBC』の孫石煕(ソン・ソッキ)代表は、自ら進行を務めるメインニュースで、今回の国民請願騒動を取り上げた。
同氏は「国民請願が、遊び場のようになっているという批判もあるが、逆効果よりも本来の良い効果の方が多いという信頼は、皆が多かれ少なかれ持っているのではないか」とし、「寄せられた請願を見ると、市民たちの多様な考えを読むことができるし、究極的には立法まで導いたことがある」とその意義を評価した。
その上で、第一野党・自由韓国党の解散請願と、与党・共に民主党への解散請願を並べつつ、「(署名が)始まった日付けが異なるため、直接の比較は難しいが、私たちの政治が招いた、今日の現住所を物語っている」と、見解を述べたのだった。