北朝鮮「陸の孤島」から死に物狂いで脱出…若い女性らの"最後の手段"
北朝鮮では、農村や炭鉱など、誰も行きたがらない地域での労働力不足が深刻だ。
これを解消するために当局が行っているのが「嘆願事業」だ。表向きは、そういう地域に行って頑張りたいと願い出た都市の若者ら送り込むものとされているが、現実は全く異なる。地域ごとに人数を割り振り、徴集して半強制的に送り込むという、文化大革命時代の中国で行われていた「下放」と同じものだ。
だが、送り込まれた人々は、なんとかチャンスを見つけて逃げ出そうとする。北朝鮮では都市戸籍と農村戸籍が分かれており、双方の自由な行き来はできない。一度、農村戸籍に組み込まれると、都市に合法的に戻ることは難しくなり、終わりの見えない貧困と一生闘い続けることになる。
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農村や炭鉱に送り込まれた女性たちは、都市に住む男性と結婚して、「玉の輿」に乗って、なんとか抜け出そうとしている。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
朝鮮労働党両江道委員会(道党)は、今月10日の朝鮮労働党創建日を控え、先月中旬から道内の農村、炭鉱などで、嘆願した人々の状況の職場別の調査に乗り出した。
移住させた人々が現地の暮らしにうまく適応しているのかなど、現状を正確に把握し、彼らの内部評価資料を確認するというものだ。
その過程で明らかになったのは、道内最大都市の恵山(ヘサン)から農村に嘆願で移住させられた女性たちが、いつの間にか恵山に戻っているということだ。具体的な数字は示されていないが、かなり深刻なようだ。
当局は農村や炭鉱を「社会主義建設の前線」だとしている。それら地域の労働力を確保するため、恵山在住の未婚女性を豊西(プンソ)、大紅湍(テホンダン)、普天(ポチョン)などの郡部の農村や炭鉱周辺の村に移住させる。
そして、現地の男性と結婚させ子どもを産ませて、永住させるというのがそもそもの目論見だ。だが北朝鮮の女性は、そんな貧乏くじを引かされて黙っているほど、おとなしくはない。
彼女らは、恵山在住の男性を見つけて結婚し、合法的に恵山に戻っているのだ。さもなくば自分はもちろんのこと、子どもや孫、ひ孫の代まで、ずっと苦しい生活を強いられるからだ。
道党は、移住させた男性より女性の方をより詳しく調査して、彼女らが永住するように今月1カ月の間、教養事業(思想教育)を行うよう、地元当局に指示した。
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また、女性が結婚して恵山に戻ることを防ぐために、恵山在住の男性と結婚しても、恵山に戻れないようにする方法がないかを探っている。
さらに、新たに嘆願者を募って、今月末に華々しく壮行会を開いて、送り込む計画も立てている。
道党は恵山市内の工場、企業所に対して嘆願事業に関する複数の指示を下した。募集をかけろということだったが、当然のことながら志願者は全くいなかった。そこで、半強制的に志願させる形に移行した。
若者たちは、自分たちに「危機がやってくるのではないかと不安に震えている」(情報筋)とのことだ。
このような嘆願は、個人の暮らしよりも国や社会の発展を優先し、そのためにどれほど犠牲を払えるか、どれほど忠誠心があるかを当局が試すものとして以前より行われてきた。
思想教育が徹底し、国全体のシステムが機能していた1980年代以前ならこのような手法も効果的だったかも知れないが、今の若者は異なる。国や社会よりも、自分の暮らしを大切にし、上からの押しつけを何よりも嫌うのが、今の世代の特徴だ。押し付けを嫌って脱北してしまう若者すらいるほどだ。
コロナ前は密輸で潤い、外国文化に接する機会が多かった恵山で生まれ育った若者にとって、閉ざされて貧しい田舎での暮らしはとても耐えられるものではないだろう。また、行った先で落ち着いたとしても、結婚、出産、育児ができるほどの経済的余裕はない。
嘆願事業は既に破綻していると言っても過言ではないだろうが、これ以外に労働力不足を解消する手段がないのも実情だ。