「追い出し部屋」を必要としているのは誰なのか?
ブラック企業の次は、大手企業の「追い出し部屋」が社会問題になっています。
正社員を最低賃金以下で働かせるブラック企業は飲食やアパレルなど一部の“特殊な”業界の話だと無視できたとしても、「追い出し部屋」で名指しされたのはパナソニックやソニー、東芝、NECなど日本を代表する大企業ですから、日本的な労働慣行の異常な現実からもはや目をそらすことはできません。
この問題が広く知られるようになったのは90年代末で、大手ゲーム会社が窓のない地下室を「自己研修部屋」にし、始業から定時までなんの仕事も与えず待機を命じたとして、解雇権濫用で敗訴しています。さらには通信教育大手が、「人財部付」となった社員に自分で受け入れ先を探す「社内就職活動」を命じ、退職を強要したとされる訴訟でも、「人事権の裁量の範囲を逸脱している」との判決が出ています。
もっとも労働紛争では、仮に裁判で勝ったとしても会社に復職するケースはまれで、大半は金銭賠償で和解しています。訴えた会社でこれから何十年も働きつづけるのは、よほど強靭な意志の持ち主でなければ無理だからです。
この問題が難しいのは、他の社員や労働組合からの支援がほとんどないことです。いったん「追い出し」の対象にされると、孤立無援で会社とたたかわざるを得なくなります。
多くの会社は、個人だけでなく部門ごとにノルマを課しています。粗利ベースでは、家賃・人件費などの固定費に一定の利益率を加えた金額が目標で、それをクリアしないとボーナスなどの査定で減額されます。
こうした共同責任制では、部門のトップはふたつの方法でノルマを達成しようとします。ひとつは、業績を拡大できる優秀な社員をメンバーに迎えること。もうひとつは、人件費の安い社員を集めてノルマ自体を引き下げることです。
ノルマが人件費を基準に算出される以上、給料ばかり高くて仕事のできない社員は重荷でしかありません。こうした社員を排除して負担を軽減しようとする“パワハラ”は、それによって利益を得る他のメンバーの暗黙の支持を受けているのです。
これはもちろん、「追い出し部屋に送られるのは自己責任」という話ではありません。あらゆる仕事を人並み以上にこなせる万能人間などいるはずはなく、ささいなことで上司や同僚と感情的にこじれることもあるでしょう。会社という閉鎖的な組織では、「使えない」という烙印をいちど押されると、どこにも行き場がなくなってしまうのです。
かつての日本企業は、こうした社内失業者を「窓際」に置いたり、発注と引き換えに子会社に出向させて養う余裕がありました。しかし業績の悪化とともに“社会福祉事業”は不可能になり、かといって受け入れを嫌がる部門に強制的に配属することもできず、退職を強要するほかなくなったのです。
「追い出し部屋」問題は、会社や経営者をいくら批判しても解決しません。
日本企業の強さは、ボトムアップの現場主義にあるといいます。その現場が追い出し部屋を求めているのですから、権力基盤の脆弱なサラリーマン社長は、社員大衆の声に従うほかはないのです。
『週刊プレイボーイ』2013年3月11日発売号
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