東芝メモリの現場にWDのライバルも入る
東芝メモリの売却先が日米韓連合に決まってからも、ウェスタンデジタル(WD:Western Digital) の動きは微妙のようだ。日経のニュースでは、東芝を買う米国のファンドのベインキャピタルの記者会見の様子が報道されていたが、WDが国際仲裁裁判所に仲裁を申し立てている件に関する質問では、急に歯切れが悪くなった、と伝えている。
それもそのはず、現場(東芝メモリとWDが共同で管理している四日市工場)としては、WDのエンジニアと仲良く毎日仕事しているからだ。今回、東芝の取締役会で決めたベインキャピタルのグループとの買収グループには、WDが真っ向からぶつかっている競争相手であるSeagate(シーゲート)までが出資者に入っている。現場のエンジニアから見ると、とんでもないライバルをなぜ入れたのか、まるで嫌がらせのように見える。
東芝が9月28日に発表したプレスリリースによると、ベインキャピタルを軸とする買収目的会社「株式会社パンギア」を設立し、パンギア社に東芝が持つ東芝メモリの株式を全て譲渡する。このパンギアに東芝が3505億円、ベインキャピタルが2120億円、Hoyaが270億円、SKハイニクスが3950億円、米国のユーザー企業およびその関連企業である4社(アップル、シーゲート、キングストン、デルテクノロジーズキャピタル)が総額4155億円の合計1兆4000億円を出資する。これに加えて、金融機関から6000億円を借入し、合計2兆円をパンギア社が得る計画。
デルはコンピュータメーカーのデルの関連会社のファンドでありメーカーではない。キングストンはメモリモジュールメーカーであり、アップル同様、NANDフラッシュメモリのユーザーである。4社の4155億円のうちのいくらなのかはニュースリリースには書かれていないが、WDのライバルであるシーゲートが含まれていることは新聞ではほとんど報道されなかった。しかし、エレクトロニクス関係者なら、ハードドライブ(HDD)を製造しているシーゲートは非常に有名な企業だ。HDDは業界再編を繰り返し、ようやくWDとシーゲートの2強に落ち着いたところだった。
金融関係のストレージ市場を中心にHDDから半導体ディスクSSDへの移行が進んでいる。これは金融市場で、高速トレーディングの要求が強いためだ。高速トレーディングでは0.1秒(100ms)は遅すぎるのだ。HDDだと速くても数十msがやっと。世界同時に株式を売買する上で、ほんのわずかな時間に利ザヤを稼ぐ高速トレーディングでは、できるだけ短時間で勝負するらしい。だからHDDからSSDあるいはフラッシュストレージへの移行が進んでいる。
この市場を見込んで、IBMは2013年4月に、SSDよりも速いフラッシュストレージの新規開発に10億ドルを投資すると発表している。NANDフラッシュメモリは、金融市場で資金運用にリアルタイムを求めるようになったことで、新規市場を見出したのである。この市場があるから、東芝メモリは運よく、あと4~5年は繁栄が続くはず(経営者がチョンボなど失敗しなければ)である。
ただ、今回、経営陣が決められずにゴタゴタしている間に、NANDフラッシュ1位のサムスンからは差を広げられ、下位のマイクロンからは差を詰められている。せっかく豊かな市場のNANDフラッシュメモリなのに、稚拙な経営のために東芝メモリはピンチになりつつある。
これからはシーゲートやSKハイニクスが四日市工場に入ってくるなら、現場のエンジニアのモチベーションがぐっと下がり、今後の東芝メモリの行方はわからなくなる。半導体工場とエレクトロニクス市場の地図を読めない経営者や業界素人のファンドがごちゃごちゃもめてくれたおかげで、現場の士気が低下していることはいがめない。これ以上、優秀なエンジニアを辞めさせないための方策を経営陣は本気で考えないと、4~5年は確実に繁栄できるはずのNANDフラッシュ市場で、つまずきかねないことになる。エンジニアはもちろん頑張って2位をキープするように努力するだろうが、彼らのやる気(モチベーション)を下げたのは間違いなく経営者である。その責任は追及されても致し方ない。
(2017/10/08)