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トンボは街と人を繋げる意識変換装置―サイクリング道路で彩られた整備道具トンボ掛けが作る未来

三澤拓哉映画監督|風像代表

神奈川県茅ヶ崎市柳島から隣の藤沢市にある鵠沼海岸までを走る約8キロのサイクリング道路。その道には地域団体「砂山とんぼ」によって作られた整備道具のトンボが点々と置かれている。「トンボは意識変換装置」と語る代表の久保田恵子さんと「砂山とんぼ」の活動を追った。

●トンボをかけたら「スーッと自転車が通って行った」
波に乗るサーファー、砂浜でのビーチヨガ、海沿いを走るランナー。江ノ島を背景にして行われるアクティビティは湘南おなじみの光景だ。
ここ、サイクリング道路では、とりわけ朝夕や休日に、多くの市民が散歩やランニング、そしてサイクリングなどを楽しむ姿を目にすることができる。

波の音と海からの風が心地よく感じられる一方、その風が強まると浜から砂が運ばれて道を覆ってしまうことが頻繁に起きる。たまった砂によってランナーは足を取られたり、自転車に乗っていると、タイヤが埋まったりしてしまう。「サイクリング道路」のはずが、サイクリングができず、自転車を押して通らなければならない状況が度々生まれている。

そうした時に活用されるのがトンボである。野球場などで凸凹になったグラウンドをならすために使われているのを見たことがある人もいるかもしれない。サイクリング道路ではたまった砂を除けるために、管理元の県が整備道具のトンボを設置していた。

「砂山とんぼ」代表の久保田恵子さんとトンボとのであいは、2018年1月にサイクリング道路へランニングに来た時のことだった。前年に発生した台風の影響が未だ残り、大量の砂が堆積したままになっていた。久保田さんは走りづらさを感じていたところ、県が置いたトンボに偶然目がとまり、砂を除けるためにトンボ掛けをしてみたと言う。
「トンボを掛けると、後から来た自転車がスーッと通って行った。これは良いなあ、と思って」

その時の気持ちをSNSに投稿すると大きな反響があった。コメント欄では「自分も不便だと思っていた」、「もっとトンボがあったらいいですよね」という共感の声や、中にはサイクリング道路を管理している神奈川県に対して「砂を撤去してもらうように依頼しよう」という提案の声があふれていった。
現在、「砂山とんぼ」の副代表を務める郡恵美さんは、「公の力も必要だけど、自分たちができる範囲できることをやっていくことが大切だと思った」と振り返る。
その投稿をきっかけに自分たちでトンボを作り、サイクリング道路に設置する、という機運が盛り上がっていった。

●「できる人が、できる時に」
そして、久保田さんと郡さんが中心となり「砂山とんぼ」が設立された。
メンバーはサイクリング道路のある茅ヶ崎市や藤沢市の市民が主として集まった。久保田さんのように、日常的に海に行く習慣があった人はもちろん、「今までは会社と家との往復ばかりだったけど、この活動がきっかけで海に行くようになりました」と言う人まで、さまざまな海との距離感を持った人で構成されている。

「砂山とんぼ」の主な活動はトンボの製作、および修繕と設置だ。木材をはじめとした材料は地元の工務店からなどから本来処分するはずだった廃材を譲り受け、地域の公民館の一室を借りたりしながら、トンボの製作をしている。製作したトンボはサイクリング道路内で砂がたまりやすくなっている約20カ所に設置されている。常時30~40本程度のトンボが置かれており、設置の際には、古くなって傷んだトンボの修繕作業も併せて行っている。

「できる人が、できる時に」というキャッチコピーの元、団体のメンバーだけでなく、サイクリング道路に来た人が気軽に使えるようなアイデアがこのトンボには盛り込まれている。例えば、トンボの色だ。楽しく掛けられるように、と「砂山とんぼ」のトンボはカラフルに彩られているものもあり、学校などで見かけるものとは印象が異なる。持ち手も角を取り、ヤスリがかけられているので、手になじみやすい。

木材を提供している地元の工務店の久保田努さんは「持ちやすいからこうしよう、とか工夫が加わることで、作った人の思いがそのモノに宿るのではないか」と話してくれた。

2021年には、これまでの活動が評価され、「砂山とんぼ」に対して公益財団法人日本道路協会より道路功労賞(注1)が授与された。

(注1)道路整備事業の推進ならび道路愛護・美化保全に尽力した団体や個人に対して与えられる。

●「自分たちで作るからこそ意味がある」
何気ないアクションから誕生し、所属メンバーにとっても思わぬ活動の広がりを見せる「砂山とんぼ」だが、活動当初は乗り越えるべき課題もあった。
まず、設置許可の問題だ。久保田さんが県の担当者に、トンボ設置の可否について問い合わせると、欲しい本数を聞き返されたと言う。それでも「自分たちで作るからこそ意味がある」と説得し、実現に至った。

なぜ、自分たちで作ることに意味があるのか。その裏には、「砂山とんぼ」設立前より久保田さんが抱いていた思いがある。建築士を本業とする久保田さんは、人が自分の住む家だけでなく、自分の暮らすまちに目を向けるために何ができるかが大切だと感じていた。実際、「砂山とんぼ」設立以前より、人とまちがつながるイベントの運営などに携わってきたが、その過程で「イベントだけではなく日常的に人がまちと関われる機会を作ることが必要」という考えが大きくなってきた。

久保田さんは「砂山とんぼ」の活動をサイクリング道路の環境整備を目的にするだけでなく、人がまちに対する意識を変えるきっかけ作りとして捉えている。材料に廃材を利用するのも、まちの中での循環を促すためだ。久保田さんとトンボとのであいは偶然ではあるが、その活動に対する思いや原動力には、これまで積み重ねてきたものがあるのだ。

●湘南の日常にトンボを
2018年の立ち上げから現在、2023年にかけて、SDGsの考えが広がり、それが結果として「砂山とんぼ」が注目を集める追い風になっている。
2022年11月、藤沢市の辻堂海浜公園で開かれたエシカルイベント「カーニバル湘南」では「砂山とんぼ」によるトンボ製作のワークショップが開催された。
トンボ作りを体験した参加者の一人は、「犬の散歩で毎日海に行っている。トンボ掛けをやっている人は見たことあるけど、これからは自分でもやろうと思います」と話した。
この日、子どもから大人まで、幅広い世代の人たちによって作られたカラフルなトンボは、サイクリング道路に設置され、活用されている。
「砂山とんぼ」の今後の目標は「湘南と言えばサーフィン、フラ、ヨガ、そしてトンボを加えること」と久保田さんは言う。トンボが湘南における日常の光景になる日は来るのか。「砂山とんぼ」による、人とまちとがつながるための挑戦は続く。

※一部記事内容に誤りがあったため訂正いたしました(2023年4月6日13:30)

クレジット

プロデューサー
初鹿友美

監督・撮影・編集
三澤拓哉

出演
久保田恵子
郡恵美
久保田努
木村朋道
池田美砂子
池田小夏

撮影協力
久保田工務店
Cの辺り

取材協力
加賀妻工務店

映画監督|風像代表

湘南を拠点に活動中。脚本・監督作『ある殺人、落葉のころに』で高崎映画祭新進監督グランプリ受賞。同作は日本及び香港で劇場公開された。ドキュメンタリー作品としては韓国のDMZドキュメンタリー映画祭で上映された『Return』がある。2022年、自身の制作プロダクション「風像」を設立。ローカルとグローバルの視点を持ち、ジャンルを横断しながら映画・映像制作に取り組んでいる。