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プレゼンテーションで他人を支配するのはかんたん?

橘玲作家

民法の報道情報番組のメインキャスターに抜擢された“国際派経営コンサルタント”が学歴・経歴を詐称していた問題が波紋を広げています。所属事務所の社長が20年ほど前に、その特徴的な低音ボイスにほれ込んでDJとして契約したのがメディア業界で活動するきっかけとのことですから、声は天性のもので間違いないでしょうが、それ以外は生まれから容姿まで疑惑のオンパレードです。

この出来事を理解する興味深い心理実験があります。

アメリカの大学で、学生が短期間に教師の質を判断できるかを調べたところ、初日の授業の評価は学期末の平均的な評価とほぼ一致していました。学生は1回の授業だけで教師の優秀さを正確に見抜くことができる――というのが、この結果のもっともわかりやすい説明でしょう。

次に研究者は、授業体験をどこまで短くすると学生が判断できなくなるかを調べてみました。

人文科学、社会科学、自然科学の授業を録画し、それを各授業につき30秒(授業のはじまりと中ほどと終わりの部分をそれぞれ10秒ずつ)にまとめたところ、学生はその映像だけで有能な教授と無能な教授を見分けました。この映像から音声を取り去っても結果は同じでした。

研究者はさらに、各パート2秒の合計6秒の音声のない映像で試してみましたが、驚いたことに、この断片だけの映像から下した評価も学期末の(別の学生による)評価と一致していたのです。こうなってくると、学生がそもそも授業内容を正しく理解しているかもあやしくなってきます。この課題に挑戦したのが行動科学者のスティーブン・セシでした。

セシは、秋学期と春学期のあいだにプレゼンテーション・スタイルの研修を受けることにしました。そして周到な準備をして、(プレゼンテーション技術の低い)秋学期で教える内容と、身振り手振りや声の質・高低などのプレゼンテーションスキルを学んだ春学期の内容を、話す言葉から時間割、OHPのフィルムまですべて同じにしたのです。

各学期の終了後に学生が授業評価を行なったところ、秋学期のセシの授業は5段階評価で2.5と標準的でしたが、春学期ではいきなり4の高評価に変わりました。授業内容はまったく同じにもかかわらず、学生たちはプレゼンテーションのちがいだけで、セシに対して「熱意と知識を有し、他者の見解に寛容で、親近感があり、より整然としている」という印象を抱いたのです。

現在ではさまざまな心理実験によって、ひとが第一印象に強く拘束され、それをかんたんに修正できないことがわかっています。テレビのような映像メディアでは、“見た目”によって視聴者の評価をかんたんに操作できるのです。そう考えれば、生来の低音ボイスにハーフのような容姿、ハーヴァードのMBA、国際ビジネスマンの経歴を加えるというのは、きわめて効果的なプレゼンテーション戦略です。

ちなみに、セシが学期末のテストの成績を比較したところ、秋学期と春学期で両者に差はありませんでした。”熱意あふれるセシ教授”に教えられた学生は満足したかもしれませんが、それは「多くのことを学んだ」と感じただけだったのです。

参考:マシュー・ハーテンステイン『卒アル写真で将来はわかる 予知の心理学』

『週刊プレイボーイ』2016年3月28日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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