レムデシビルで重症例の68%が改善 現時点での新型コロナ治療薬の候補は?(2020年4月12日時点)
新型コロナウイルス感染症の治療薬に関する研究が進んでいます。レムデシビルのCompassionate useでの治療成績や、ヒドロキシクロロキンの臨床研究など、現時点での治療薬候補についてまとめました。
レムデシビル
レムデシビルは元々はエボラ出血熱の治療薬の候補としてこれまで他の臨床試験で使用されていた薬剤です。
現在もコンゴ民主共和国で流行が続いているエボラ出血熱の症例に対して、ランダム化比較試験という形でレムデシビルが投与されていました。
しかし、結果としてはレムデシビルはMAb114、REGN-EB3という2つの薬剤に治療効果が劣ることが分かり、現在はエボラ出血熱への投与は中止されています。
そんな中、このレムデシビルが新型コロナウイルス感染症に有効である可能性が出てきています。
武漢ウイルス研究所がCell Researchという医学誌にレムデシビルの新型コロナウイルスに対する効果に関する報告を発表しました。
培養細胞に新型コロナウイルスを感染させ、48時間後のウイルス増殖の抑制効果を見たところ、レムデシビルで高い阻害効果が観察されたというものです。
また、アメリカで最初に新型コロナウイルス感染症と診断された症例にもこのレムデシビルは投与されています。この患者さんはその後回復していますが、それがレムデシビルの効果によるものかは分かりません。
4月11日にNew England Journal of MedicineにレムデシビルがCompassionate Use(人道的使用)として投与された58例の症例についての報告が掲載されました(この論文の2nd オーサーは筆者の上司です☆)。
日本、アメリカ、ヨーロッパ、カナダの症例58例のうち36例(68%)で臨床的改善が得られたとのことです。
現在、国内では国立国際医療研究センター(感染症で有名な病院ですね)を中心にこのレムデシビルの国際共同医師主導治験が行われています。また、すでに中国でも臨床研究が行われており、4月には結果が出る見込みです。
アビガン
アビガン(薬剤名:ファビピラビル)は日本の製薬会社である富士フイルム富山化学が開発した薬剤です。
日本国内ではインフルエンザ薬として承認されていますが、催奇性があることから新型インフルエンザなどが発生した場合などに備えて備蓄されており、普通のインフルエンザの患者さんに使用されることはありません。
RNAポリメラーゼという酵素を阻害することから、インフルエンザ以外のRNAウイルスにも幅広く効果が期待できる薬剤と言われています。
本薬剤もレムデシビルと同様、エボラ出血熱に使用されたことがあります。2014-2015年の西アフリカでのエボラ出血熱のアウトブレイクの際にアビガンの治療効果が検討されていますが、明らかに有効とまでは言えない結果となっています(PLoS Med. 2016 Mar 1;13(3):e1001967.、Clin Infect Dis. 2016;63(10):1288-94.)。
また日本でも年間約80例の感染者が報告されており、27%という高い致死率のSFTS(重症熱性血小板減少症候群)に対しても有効である可能性が示されており、日本国内で臨床試験が行われました(近日中に結果が発表される予定と聞いています)。
新型コロナウイルスに対する効果はどうかと言いますと、先程のレムデシビルのウイルス阻害効果を見たCell Researchの研究ではこのアビガンも評価されており、実験室レベルではレムデシビルやクロロキンと比べると阻害作用は低いという結果でした。
中国からはカレトラ群45人と比較してファビピラビル投与群35人ではウイルス消失時間が短縮され、画像所見の改善も早かったという80人規模の臨床研究が掲載されたのですが、数日後に取り下げとなりました。取り下げの理由は明らかになっていません。
また査読前論文ですが、ファビピラビル投与群116人とアルビドールという中国の薬を投与された群120人とを比較したところ、臨床的改善は変わらず、副作用として尿酸値上昇がファビピラビル群では多かったという報告が掲載されています。
日本国内では藤田医科大学を中心に臨床研究が行われています。
日本で開発された薬剤であり新型コロナウイルス感染症に対する有効性が期待されますが、今のところは明らかな有効性は示されていません。
ニュースなどでもあたかもアビガンが新型コロナに効くかのように紹介されることがあるため、ときどき患者さんの中にも「アビガンを使ってほしい」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、催奇形性のある薬剤でもあり使用する場合も慎重な判断が必要です。
クロロキン/ヒドロキシクロロキン
これらの薬剤以外に、中国ではクロロキンという抗マラリア薬が使用されています。
中国の「COVID-19診療ガイドライン(6版)」ではクロロキンが治療薬の選択肢として記載されています。
クロロキンはかつてマラリアの治療薬として世界中で使用されてきた抗マラリア薬ですが、近年はクロロキン耐性マラリアの増加によりマラリアの治療には使われなくなってきています。
日本でも現在は未承認薬の扱いとなっています。
クロロキンと類似した構造を持つヒドロキシクロロキン(プラケニル)は国内では全身性エリテマトーデス(SLE)などに使用されていますが、これはヒドロキシクロロキンが抗炎症作用、免疫調節作用を持つためです。
クロロキンにも同様の作用があり、これが新型コロナウイルス感染症に有効な可能性がある、というわけです。
これまた先程のCell Researchの報告でレムデシビルと同等の新型コロナウイルスの抑制効果が示されています。
海外での臨床研究では、アジスロマイシンという抗菌薬と組み合わせてヒドロキシクロロキンを投与すると、ウイルス消失時間が短くなったという報告が出ています(一方、ウイルス消失時間に差はなかった、とする別の報告もあります)。
日本国内でもヒドロキシクロロキンが使用された事例があり日本感染症学会のHPに「ヒドロキシクロロキンを使用し症状が改善したCOVID-19の2例」として掲載されています。
2例はいずれも回復したとのことですが、まだ投与された症例数が十分ではなく、現時点ではヒトでの治療効果は不明です。
カレトラ
これまで日本国内で新型コロナウイルス感染症の症例に最も多く使用されているのはカレトラでした。
カレトラはロピナビルという薬剤とリトナビルという薬剤の合剤であり、HIV感染症の薬剤です。
以前からこのカレトラは同じコロナウイルスによる感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)に有用かもしれない、と言われていました。
そのため、今回の新型コロナウイルス感染症の流行が始まった当初からカレトラは臨床試験として中国で患者さんに投与されていますし、日本国内でも国立国際医療研究センターなどの医療機関で複数の患者さんに使用されています(「NCGM COVID-19入院患者の背景・症状・診断・治療の概要」)。
先日、カレトラの治療効果についての臨床研究の結果がNew England Journal of Medicineに掲載されました。
199人の新型コロナ患者を無作為にカレトラを14日間内服する群(99人)と標準治療(カレトラを内服しない)群(100人)とを比較したところ、臨床的改善が得られるまでの時間に差はなかった、との結果でした。
つまりカレトラを飲むことによっても新型コロナ感染症の経過に差はなかったという結果です。
3%くらいの致死率の低い感染症なので、生存率を比較するには研究に参加する患者数がたくさんいなければなりません。
その代わりに臨床的改善という指標を用いていますが、これも当初予定されていた160人では症例数が足りないということで最終的に199人を登録して有意な差はないという結論になっています。
患者数を増やし、研究デザインを変えることでカレトラの有効性を示せる可能性はまだ残っているかもしれませんが、この論文が出てしまった後にそこまでして臨床研究を行う意義は高くはないでしょう。
必然的に、新型コロナ患者にカレトラが使用される機会は減っていくことが予想されます。
シクレソニド
日本ではシクレソニド(商品名:オルベスコ)という吸入ステロイド薬を使用し改善した3例が報告されています。
シクレソニドは気管支喘息などに用いられる吸入ステロイド剤ですが、国立感染症研究所コロナウイルス研究室からシクレソニドがSARS-CoV-2に対し強い抗ウイルス活性を有することが報告されています(査読前論文)。
3例報告であり、シクレソニドの新型コロナウイルス感染症に対する効果はまだ明らかではありませんが、全身投与ではなく局所に作用する吸入ステロイド剤であることから副作用が少なく、もし有効であるとすれば有望な治療薬となり得ます。
現在、藤田医科大学、国立国際医療研究センターでそれぞれ臨床研究が行われています。
回復者血漿
回復者血漿というのは感染症から回復した人の血液の一部を、今その感染症で苦しんでいる患者さんに投与するものであり、輸血の一種になります。
新型コロナウイルス感染症に感染した人の約95%は回復しますが、この回復した人たちは新型コロナウイルスに対する抗体、つまり免疫を持っていることになります。
この新型コロナウイルスに作用する免疫グロブリンを投与することが回復者血漿を使用する目的になります。
これまでエボラ出血熱など有効な治療薬のない新興再興感染症に対する治療の選択肢の一つとして使用されてきました。実際に、SARSやMERSにも投与されたことがあります。
回復者の血漿にはSARS-CoVやMERS-CoVに対する中和抗体が含まれており、これを患者に投与することで抗ウイルス作用を発揮するものと考えられます。
これまでに中国で重症例5例の患者に投与し改善がみられたという報告、10例の患者に投与し改善がみられたという報告がありますが、いずれも良好な結果のようです。
しかし、解決すべき課題として、回復者からの血漿採取の手順の整理、血漿中に新型コロナウイルスが血液中に含まれないことの確認、抗体が十分に産生されていることを確認する方法の検討、輸血と同等の感染症スクリーニングなどがあり、容易に行うことができない治療法です。
トシリズマブ
トシリズマブ(商品名アクテムラ)はヒト化抗ヒトIL-6受容体モノクローナル抗体で、インターロイキン-6(IL-6)というサイトカインの作用を抑制し免疫抑制効果を示す分子標的治療薬です。
関節リウマチなどの膠原病疾患に使用される薬剤ですが、新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補にもなっています。
まだ論文にはなっていませんが、プレプリント(論文化される前、査読前)の状態で臨床研究のデータが閲覧可能になっています。
これによると、20人の患者に対して通常の治療に加えてトシリズマブを投与した結果、必要な酸素の量が減ったり、肺炎の画像所見が改善したとのことです。しかし、この研究は対象となる群がありませんので、この研究をもってトシリズマブの有効性は評価できません。
4月8日に中外製薬が国内第III相臨床試験を行うことを報道発表しています。
ナファモスタット、カモスタット
呼吸器上皮に発現している宿主のタンパク分解酵素のひとつであるTMPRSS2は、新型コロナウイルスの肺炎発症に関与している可能性が示唆されています。
このTMPRSS2に対して活性のあるセリンプロテアーゼ阻害剤カモスタットが、TMPRSS2細胞への新型コロナウイルスによる侵入を阻害したという報告がCell誌に掲載されています。
この結果から、カモスタットや類似薬剤であるナファモスタットが新型コロナウイルス感染症に有効である可能性があるのではないかと考えられ、東京大医科学研究所もナファモスタットが新型コロナウイルスの感染を阻止する可能性があると発表しています。
記事によると、人での実際の効果については国立国際医療研究センター(感染症で有名な病院ですね)などと近く臨床研究を始める方針とのことです。
この他、アルビドル、インターフェロンなどが中国では使用されていますが、まだ確実に有効と言えるものではありません。
またノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生の発見したアベルメクチンの化学誘導体であるイベルメクチンも新型コロナウイルスを抑制することをオーストラリアのグループが報告していますが、こちらもまだ実験室レベルの話であり続報を待つ必要があります。
これらの薬剤の治療効果は現時点では不明、大事なのは予防です
これらの薬剤は治療効果がある「かもしれない」というものであり、これらを使うことで新型コロナウイルス感染症が治ることを保証するものではありません。
治療効果があるのか、そして安全性についても問題がないか現時点では分からないため、それを検証するために今後臨床試験が行われるわけです。
また、新型コロナウイルス感染症は治療薬を使用しなくてもほとんどの方が自然に治癒する感染症ですので、これらの薬剤は特に基礎疾患のある方や高齢者など重症化するリスクの高い方、あるいは重症の患者さんを対象として使用されるべきものです。
ということで、今の時点で新型コロナウイルス感染症に対して確実に有効であると言えるのは感染予防です。
咳やくしゃみなどの飛沫から感染することから、これらの症状のある人は周りの人にうつさないようにマスクの着用など咳エチケットを心がけましょう。
また手など触ったところからウイルスが広がり感染する可能性もあるため、こまめな手洗いを行うようにしましょう。
新型コロナウイルス感染症は、「密閉・密集・密接」の3要素を持つ空間で広がりやすいことも分かっています。
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