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「北朝鮮もハマスになり得る」…中東情勢が南北関係に落とす影

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
11日午後、緊急会議を主宰する韓国の尹錫悦大統領。大統領室提供。

 7日早朝(現地時間)、ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルを急襲したことにより始まったパレスチナ・イスラエル間の戦闘は12日現在、双方合わせて2000人以上の死者を出す大規模なものになっている。

今後、イスラエル軍によるガザ地区への地上侵攻が秒読みとされる中、今回の事態を韓国ではどう受け止めているのか、そして朝鮮半島情勢に与える影響は何かを探った。

●各紙が社説で一斉に言及

 ハマスによるイスラエル攻撃の翌日8日は休刊日だったこともあり、韓国各紙は9日の社説で一斉にこの事件を取り上げた。同日の主要紙の社説のタイトルは以下の通り。

○不意にやられた「中東版真珠湾空襲」、戦争は予告なしにやってくる(朝鮮日報)

○ウクライナに続きイスラエル戦争まで、揺れる韓国の「安保地形」(東亜日報)

○「中東の火薬庫」に新たな戦争、安保・経済リスクを確認すべき(中央日報)

○ハマスの攻撃にイスラエルは「撲滅戦争」、混沌の国際秩序(ハンギョレ)

○「中東全面戦」の火種になるイスラエル・ハマス戦争、仲裁を急げ(京郷新聞)

○イスラエル・ハマス「戦争状況」、中東不安の影響に徹底して備えよ(韓国日報)

○ハマス・イスラエルの武力衝突…戦争中断を求める(国民日報)

○ウクライナ戦争が終わらないのに中東戦争まで…申国防相は非常計画を立てよ(毎日経済)

 なお、上記の韓国紙の政治的な性向について気になる読者もいるだろうが、基本的に『ハンギョレ』と『京郷新聞』を除いてはすべて保守的な論調と考えて問題はない。

もっともこの場合の「保守」が何かについては議論が必要だが、本稿の目的とは外れるので深く言及しない。朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)との対決・勝利を基本とし、親企業・親財閥な社会観であると一義的に定義しておきたい。

 各紙社説で強調されていたポイントをまとめると、▲情報機関モサドをはじめイスラエル側が事前にハマスの大規模攻撃をキャッチできなかったこと、▲イスラエルの防空網アイアンドームが破られたこと、▲核や弾道ミサイルだけではなく通常武器も脅威である、▲経済面での影響に備えるべき(京郷新聞によると韓国は原油の67%とガスの37%を中東から輸入している)、となる。

 

 一見して分かるように、今回の出来事を韓国そして朝鮮半島情勢に代入して考えるものだ。日本社会の感覚では理解が難しいかもしれないが、南北分断と対立を現在進行形で抱える韓国では、こんな思考は不自然ではない。

かくいう筆者も第一報に触れたあとすぐ「朝鮮半島はどうなる」と思った事を告白しておく。

 念のため、国際面には過去のパレスチナにおけるイスラエル建国の歴史やその過程、イスラエルによるガザ地区への過酷な封鎖を含める最近の状況について解説する記事も多数あったことを記しておきたい。

10月9日の『朝鮮日報』一面。ハマスによる攻撃を大きく取り上げた。同紙サイトより引用。
10月9日の『朝鮮日報』一面。ハマスによる攻撃を大きく取り上げた。同紙サイトより引用。

●危機を煽るメディア

 9日の社説で最もインパクトがあったのは、最も右寄りで、最も尹政権に近いとされる『朝鮮日報』のものだった。

「いつにも増して好戦的な北韓がハマスのように同時に数千発のロケット砲を休戦ラインを超えて発射し、白翎島(ペクリョンド、黄海上の北朝鮮と最も近い韓国の島)の占領に乗り出すシナリオを荒唐無稽と排除できるか」と、ハマスと北朝鮮の金正恩政権を重ねる論調をいの一番に示した。

 さらにこうした視点を後押しするような記事も相次いだ。

 米政府系メディアの『Radio Free Asia(RFA)』はハマスが北朝鮮製の武器を使っていると報じた。さらに同じく米政府系の『Voice of America(VOA)』は過去にハマスやヒズボラ(レバノンのイスラム武装組織)と北朝鮮の武器取引の内容に触れ、『朝鮮日報』は韓国政府関係者による「ハマスのイスラエル侵攻用のトンネル技術は北朝鮮のもの」というコメントを載せた。

 これにより一層、ハマスと北朝鮮を重ねる視点が目立つようになった。9日以降の社説を並べてみる。

○北韓もいつでもハマスになり得る(国民日報、10日)

○北の長射程砲・特殊作戦部隊、核に隠れていた奇襲部隊の脅威を見直す時(東亜日報、10日)

○「力による平和」の象徴イスラエル、私たちの未来か(京郷新聞、11日)

○ハマス奇襲攻撃の様相、対北安保には問題がないのか(中央日報、12日)

○「ハマス奇襲」の教訓…自衛権を無力化した9.19合意にこだわる必要はない(韓国経済、12日)

 ハマスによる奇襲内容が明らかになったことから、より軍事的な視点に注目した内容といえる。下記の東亜日報のイメージが象徴的なように、北朝鮮をより具体化した驚異として捉えている。なお、北朝鮮の長射程砲(170ミリ自走砲と240ミリ多連装ロケット)は時間あたり1万6000発を発射できるという韓国軍当局の言葉も多数引用された。

 このように具体的なデータや、ハマスは武装組織であるが北朝鮮は核保有国というような視点を基に、各紙で「北朝鮮はハマスよりも脅威」として、韓国が安全保障に力を入れることを求めている。

北朝鮮の奇襲攻撃を3段階に分け説明する『東亜日報』の図説。同紙HPより引用。
北朝鮮の奇襲攻撃を3段階に分け説明する『東亜日報』の図説。同紙HPより引用。

●対話の重要性に注目も…

 そんな中で、特徴的だったのが進歩紙『ハンギョレ』と『京郷新聞』の論調だった。両紙ともに「対話」の重要性を提起した。

「今回の事態によりイスラエルの極右派政権が進めてきた、対話のない『力による平和』の限界も明確になった」(ハンギョレ、9日社説)

「イスラエルは韓国の保守が模範とする『力による平和』の象徴だ。その帰結がいま見ているような常時的な不安の中に生きることであるならば、私たちが進むべき未来像とは言えない」(京郷新聞、11日社説)

 『力による平和』とは、尹錫悦大統領が22年5月の就任後から主張し続けている北朝鮮政策の根幹だ。

北朝鮮は現在、韓国を含む核不保有国への先制核使用の方針を国家として定め、その実現に向けた軍備増強に励んでいる。これに対し、米国の核の傘をより確実し、迎撃と反撃のための軍備を整える他に、「先制核使用時には政権の終わり」と公言するなど抑止力を極限まで高めることがこの政策の目的だ。

 しかしそこには「対話」が存在しない。

 ヤフーでの記事やニュースレターを通じて筆者が何度も書いてきたように『力による平和』を掲げる尹政権にとって、対話は最終段階として位置づけられている。

 今年6月、尹政権は『尹錫悦政府の国家安保戦略ー自由、平和、繁栄のグローバル中枢国家』を公表した。国家安保に関わる最重要文書の一つだ。

その中で、北朝鮮の非核化戦略として、抑止(Deterrence)ー断念(Dissuasion)ー対話(Dialogue)という「3D戦略」を明確にした。

つまり、尹政権下での南北対話は、北朝鮮が核武装化路線を断念し転換することが先決であるということだ。

 核を「国の生存権と発展権を担保し、戦争を抑制し、地域と世界の平和と安定を守護するため」のものとして位置づける金正恩政権とは相容れない状態になっている。

こんな南北双方がチキンゲームを繰り広げる危険性を『ハンギョレ』『京郷新聞』両紙は指摘するものだ。実際にイスラエルの現ネタニヤフ政権がハマスとの対話を行わない点も、論理の背景として掲げられている。

●高まる緊張の行く先はどこか

 11日午後、尹錫悦大統領は主宰した『緊急 経済・安保点検会議』の冒頭で、はじめて公式にイスラエル・パレスチナ情勢に言及した。

 今回の一連の動きを「イスラエル—ハマス事態」と名付けた上で、経済・安全保障面での「先制したリスク管理」を求めた。さらに‘北韓’を名指しせず、「イスラエル—ハマス事態が我々に及ぼす経済・安保的な含意を綿密に検討分析し、持続的に報告してほしい」と述べるにとどめる抑制的な態度を見せた。過度に緊張を高めることを避けたと見られる。

 だが新任の申源湜(シン・ウォンシク)国防部長官は同じ11日、韓国陸軍の『対火力戦遂行本部』を訪ね、「対火力戦の遂行体系を全面的に再検討し、敵が挑発時には数時間以内に敵の長射程砲兵能力を完全に壊滅させられるよう、作戦遂行体系を発展し戦力化を進めろ」と指示し、強硬な姿勢を改めて示した。

11日、韓国陸軍の『対火力戦遂行本部』を訪ねる申源湜国防部長官。陸軍中将出身の国会議員だ。過去の「反逆の文在寅の首を狩るのは時間の問題だ」という発言が任命過程で批判された。国防部提供。
11日、韓国陸軍の『対火力戦遂行本部』を訪ねる申源湜国防部長官。陸軍中将出身の国会議員だ。過去の「反逆の文在寅の首を狩るのは時間の問題だ」という発言が任命過程で批判された。国防部提供。

 韓国社会では現在、文在寅政権時代の18年9月に北朝鮮との間で締結された『南北軍事合意書』を継続するか破棄するかが、重要な議題となりつつある。与党は破棄、野党は継続と真っ二つに分かれている。政府は慎重だが、心情的には当然、破棄に近い。

 今後、より決定的な北朝鮮とハマスの関係が明らかになる場合(ハマスへの武器提供が70〜80年代だけの出来事なのか、金正恩政権になってからも続くのか現段階では不明)、南北間の緊張はさらに高まるることになる。

 イスラエル・パレスチナの関係と朝鮮半島情勢を単純に比較することはできない。だが、対話不在の中で緊張を高め続けていく先に何があるのかが分かった今、韓国社会にはより深い議論と、慎重な対応が求められるのは自明だ。何よりも北朝鮮の対話に踏み切る良いきっかけとなることを願う。

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ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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