国内の歴史論争で勝って、海外の人権で完敗した慰安婦問題
朝日新聞は従軍慰安婦問題において、従来の主張を大幅に変更し、一部の記事を虚偽として取り消しました(8月5日朝刊)。この問題についてはすでに多くの(というか多すぎる)主張がありますが、これを機に争点を整理してみることは無駄ではないでしょう。
慰安婦問題の議論は大きく4つに分けられます。
軍による強制連行があったかどうかの事実問題
自らの意思に反して売春を強要された女性の人権問題
日本の戦争責任
韓国のナショナリズム
朝日新聞をはじめとする「リベラル」は、日本の戦争責任を追及する立場から「強制連行」を歴史的事実と見なしてきました。これに対して保守派は、慰安婦問題は韓国の歪んだナショナリズムが生み出した虚構で、軍による一般女性の連行などなかったと批判しました。
このように日本国内では、リベラル派と保守派はずっと事実問題で争ってきました。そして今回の朝日新聞の“転向”が象徴するように、リベラル派は軍による強制を資料で証明できず、「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」などの証言は虚偽であると認めざるを得なくなりました。事実論争では保守派が圧倒的に優勢で、「慰安婦問題は朝日新聞の捏造」との批判が沸き起こります。
しかしひとたび海外に目を転じると、保守派とリベラル派の立場は完全に逆転します。
アメリカの下院議会では従軍慰安婦問題で謝罪を求める決議が満場一致で可決され、ニュージャージー州やニューヨーク州などの自治体に慰安婦の碑が次々と建てられています。保守派はこれをアメリカにおける韓国人のロビー活動によるものと批判しますが、下院での決議にせよ慰安婦の碑の設置にせよ、一部の政治家が独断でできることではなく、有権者の広範な支持があることは否定できません。
保守派は「歴史的事実の捏造が“性奴隷”という誤解を生んだ」としてワシントン・ポスト紙に「THE FACTS(事実)」という意見広告を出したりしましたが一顧だにされず、日本への批判はますます厳しくなっています。
これは海外において、慰安婦が女性への人権侵害の象徴になったからでしょう。その根拠は軍による強制連行の有無ではなく、慰安婦本人が声をあげたことです。欧米のリベラルにとって、差別を受けたひとの告発は最大限尊重されるべきもので、それを無視・否定することは「人権に対する重大な挑戦」なのです。日本の保守派や一部の政治家はこの論理を理解できず、あいかわらず“歴史論争”を繰り返していますが、なんの効果もないのは当たり前です。
つくづく残念なのは、一人の詐話師によって慰安婦をめぐる議論が大きく歪められ、それを韓国のナショナリズムが反日の道具として利用したことです。保守派のメディアは92年には証言を虚偽と報じていたのですから、朝日新聞がもっと早く記事を取り消していれば状況はずいぶん変わったでしょう。
保守派のなかにも、元慰安婦が不幸な境遇に置かれたことに同情するひとはいます。だとしたら問題を「反日」プロパガンダから切り離し、女性の人権問題として対応する道もあったかもしれません。
その意味でも、出発点となる事実問題において20年以上も議論を混乱させた朝日新聞の責任は重いといわざるを得ません。
『週刊プレイボーイ』2014年8月25日発売号
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