昨年からの円安の流れの根底にあるもの
日銀の正副総裁人事は政府による正式な提示、さらには国会の同意が必要となるが、日銀の白川方明総裁の後任にはADB総裁の黒田東彦氏、副総裁には学習院大学の岩田規久男教授と日銀から中曽宏理事を昇格させる方向で決まりそうである。
いわゆるリフレ派というかアンチ日銀派とも呼ばれる黒田氏と岩田氏の起用により、アベノミクスへの期待があらためて強まり、25日にドル円は94円台をつけるなど円安が進み、日経平均も11600円台に乗せるなど東京株式市場も大きく上昇した。
ところがイタリアの選挙の情勢が伝わると状況が一変し、ドル円は一時90円台、ユーロ円は118円台をつけるなど急激な円高が進行した。その後ドル円は92円台、ユーロ円は121円近くまでそれぞれ戻してはいるが、ここでいったん円安の流れは一服する可能性がある。
昨年からの円安の流れの根底にあるのは、欧州のリスク後退によるものである。これは外為市場でのユーロそのもの動きや、スペインやイタリアの長期金利の動向などを確認すれば明白である。円高基調が変化していたところに、日本では安倍政権の登場で、次元の違う金融政策に対する期待が出たことで円安が加速した。そこにはヘッジファンドなどの動きも加わっていたが、これは流れに乗って仕掛けてきたと言える。いわばギリシャ・ショックの際にギリシャ国債をとことん売り込んだように、流れに乗れとばかりに今度は円売りの動きを強めたのである。
この円安というか円高調整の動きは当然ながら国内では歓迎され、それにより株も買われた。政府関係者などからも為替に関する発言も相次いだ。ところが円高調整ならばしかたないとしても、円安に誘導するかのような動きに対しては、欧米などから懸念の声もあがり、それがG7とG20の声明という結果に繋がった。為替に関する責任者といえる麻生財務相はG7あたりから為替に関するコメントは一切控えるようになってきたことからも、そのプレッシャーの大きさが伺える。
円の動きだけを見ると、アベノミクスへの期待という材料を元に仕掛け的な動きも入った事で、相場の変調が見極めづらかった。これに対し、たとえばユーロドルの動きをみると、あきらかに2月初めあたりからトレンドが変化していた。つまりユーロの買い戻しがいったん止まっていたのである。
昨年、11月あたりからの外為市場の「ユーロ」や「米株」などの動きをみると、リスクオンの動きが続いていたことがわかる。これらは当然ながらアベノミクスへの期待が背景にあるわけではない。このリスクオンの動きにいったんブレーキが掛かり、今回のイタリア選挙が材料視され、再びリスクオフの動きが出たものと思われる。ユーロの信用不安は一時期よりは後退したことは市場のマインドを見ても明らかではあるが、完全に払拭されたわけではない。
アベノミクスという言葉が一人歩きしているようだが、現実には安倍政権も日銀も何ら具体的な政策を実行しているわけではない。今年度の補正予算が成立したのは昨日26日であった。日銀が2%の物価目標を決めても本当に物価が上がる確証も、それに至る道筋も明らかにされているわけではない。つまりは期待感のみが先行している。これについては欧州の信用不安の沈静化にあたって、具体的に行動を起こさずとも政策を打ち出したことで市場に安心感を与えたドラギECB総裁の政策に似たものと言えるかもしれない。ただし、それぞれ絶好のタイミングであったためとも言えるのではなかろうか。
欧州にしても本当に信用回復となるためには、もう少し具体的な行動も必要となる。イタリアの選挙の結果次第では財政再建の後退が意識され、再び不安感の方が強まる可能性がある。日本ではリスク後退による円安の流れをうまく捕まえたものの、欧州のリスク後退の流れが止まれば、円安の流れもそこでブレーキが掛かり、アベノミクスという魔法の言葉による効果も限定的になる。今後の為替の動きを見る上では、再び欧州の動向が焦点となる可能性もある。
この流れのなかでの円債の動きについてだが、円安株高の最中でも円債は日銀の追加緩和期待による買いなどから強含みで推移している。5年債利回りはここにきて連日のように過去最低利回りを更新し、長期金利も0.7%を割り込んできた。今のところは、円債が大きく崩れる要因は見当たらない。債券先物も過去最高値を再度伺う位置にきている。ただし、このように売る材料が見当たらないという好環境そのものに、ある種のリスクも感じる。念のための警戒も必要かと思われる。