ドラギ総裁のマジックショーが6月に開演か
5月8日のECB政策理事会において金融政策は現状維持、つまり主要政策金利であるリファイナンス金利は0.25%、下限金利の中銀預金金利は0.00%、上限金利の限界貸出金利は0.75%にそれぞれ据え置かれた。
理事会後の会見でドラギ総裁は、低いインフレ率が長期間続くことへの懸念を示し、ユーロ高に関して理事会で議論され、ユーロ高が低インフレの原因であるとの懸念が示された。為替レートは政策目標ではないが、物価安定のためにはユーロ高に対処する必要性を主張した。その上でドラギ総裁は来月行動する用意があることを明言した。
4月のユーロ圏消費者物価指数は0.7%と3月の0.5%は上回ったものの、ECBが物価安定の目安としている2%弱の水準からは乖離している。日銀は2%の物価目標を掲げているが、ECBはインフレターゲット政策を採用してはいない。あくまで参考数値としての扱いではあるが、低インフレが続くことへの懸念を示し、その要因のひとつ思われるユーロ高に対処するため、追加の金融緩和策を次回6月5日のECB政策理事会で検討することを示唆した。ただし、具体的な緩和手段については言及しなかった。
ECBの金融政策の変更については、前回の会見等で示唆があったケースが多かったが、2013年11月7日のECB政策理事会での電撃利下げの決定の際には、そのような示唆はなかった。このあたり総裁がドラギ氏に替わってパターンが変わったのかと思われたが、今回は昔のパターンに戻すような格好である。ただし、実際に6月に金融政策が変更されるのであればの話ではあるが。
仮に何かしらの政策変更が6月に決定されるとして何を行ってくるのか。ディスインフレから脱するために、自国通貨の下落を意識しての金融政策の変更といえば、良い事例が存在する。むろんそれは日本の事例であるが、2012年11月からのアベノミクスによる円安・株高をドラギ総裁は意識している可能性がある。とするのであれば、小幅利下げなど中途半端な政策では効果が限定的であることも承知しているのではなかろうか。
とはいえ主要政策金利であるリファイナンス金利をたとえば0.1%引き下げる可能性はある。そうなれば下限の中銀預金金利はマイナスとなる可能性がある。ここをマイナスとして、このマイナス面を強調するという手段もある。
ただし、アベノミクスを意識するのであれば、ECBも大規模な国債買い入れによる量的緩和政策の導入も選択肢に入る。すでにそれを意識してか、イタリアやスペインの10年国債の利回りは過去最低水準にまで低下している。イタリアの長期金利は3%すら下回っており、あれほど欧州の信用リスクが騒がれていたのが嘘のような状況にある。
果たしてECBもバズーカ砲を撃ってくるのか。物価への直接的な効果のほどはさておき、大きな音で市場に影響を与え、ユーロ売りを促進させてその結果、物価を少しでも上昇させることは一時的には可能かもしれないが、アベノミクスとは環境が大きく異なる点にも注意が必要となる。
アベノミクスによる円安は円高圧力の強まりの反動、いわば円高調整とも言うべきものであり、円が売られやすい状況にあった。ところがユーロが買われているのは、欧州の信用リスク後退によるユーロ安の反動によるものが大きい。偏ったポジションとなっていない場面では、中央銀行が大きな音を鳴らしても相場は動いても一時的なものとなる可能性が強い。
中央銀行の金融政策で為替の位置を動かし、それで物価も動かすことができるのか。まさにドラギ総裁のマジックショーが6月に開演するかもしれない。しかし、マジックが効く保証はない。また、量的緩和については当然ながら反対意見も出てくることが予想される。まさか口先だけでマジックを起こそうとしているわけではないと思うが、ECBに対する信認という意味においても6月の理事会は要注目というか、要注意となりそうである。