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投資するほど価値ある音楽サービスは残っているか?Techstars Musicインタビュー

ジェイ・コウガミデジタル音楽ジャーナリスト
Techstars Music Demo Day

今年8月、ロサンゼルスに拠点を置く、音楽系スタートアップの発掘を専門とするアクセラレーター「Techstars Music」が、日本からエイベックスが起業家を支援するパートナー企業としてプログラムに参加したことを発表した。

そして9月14日、エイベックスが都内で開催した、世界の音楽スタートアップと日本の音楽業界とのミートアップイベント「Global Music Tech Symposium in Tokyo」に参加するため、起業家や投資家と共に、Techstars Musicの設立者でマネージング・ディレクターのボブ・モジドロウスキー(Bob “Moz” Moczydlowsky)が来日した。

「音楽ビジネスへの投資は今がベストのタイミング」とモジドロウスキーは、以前来日時のインタビューで筆者に語ってくれた。日本では「音楽への投資」という考え方が未だに少ないだけに、楽観的過ぎないかと驚きさえ感じる。

世界の音楽市場が音楽ストリーミングサービスによってプラス成長し始めたのは2015年-2016年。同じ時期、Techstars Musicは音楽業界が長年直面してきたビジネス上の課題の顕在化と、新規事業を生み出す起業家の発掘・支援を目指して設立された。

音楽とVCコミュニティをかけ合わせた、独自のネットワークを持つことが特徴的なTechstars Music。

彼らのアクセラレーションプログラムには、毎年世界各地から音楽系の起業家がロサンゼルスに集まり、3カ月に渡って新規ビジネスの開発支援を「メンタリング」という形で業界のエキスパートから受けて、音楽業界やVCへのピッチに備える。

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新人アーティストを発掘するのと同じように、起業家やスタートアップを発掘し投資することは近年、世界的な音楽業界のトレンドの一つとなった。レコードビジネスが再編される中、「ポスト・ストリーミング時代」の危機感に打ち勝ち、そこから生まれる新しい可能性を掴むべく、先見的な音楽企業はテクノロジースタートアップのA&R的な役割を業界で担おうと動き出している。

すでに日本の音楽業界からは「レコチョク」がTechstars Musicにいち早く参加している。エイベックスも加わり、日本の企業が世界の音楽業界と共に、音楽ビジネスを支援していることも、Techstars Musicのアイデアがグローバルに広がっていることを象徴する好例だ。

音楽業界に特化したスタートアップの支援者という意味で、Techstars Musicのボブ・モジドロウスキーは世界的な第一人者だ。グローバル音楽業界のスタートアップ投資への意識の変化や、日本の音楽市場への期待など、都内で話を聞いた。

水面下で業界と交渉も進んでいる

ジェイ・コウガミ(以下JK):Techstars Musicは、音楽系スタートアップに特化したアクセラレーターとして、日本の音楽業界でも認知が広がってきました。2016年の立ち上げから今までで、期待した成果を残せていると感じていますか?

ボブ・モジドロウスキー(以下、Moz):過去2年半、Techstars Musicのプログラムで達成してきたことに満足しています。Techstars Music設立当初に見ていたスケジュールよりも1年強ほど早く前進していると感じています。

それでも、私たちは音楽業界やレコード会社に対して、さらなる価値とパートナーシップの機会を創出できるとも確信しています。

実はTechstars Musicを経由して、メディアや表舞台ではまだ公表できないレベルの交渉話が、水面下で数多く進んでいます。これらは、今後さらなるコラボレーションへとつながる予兆です。

プログラムは始まったばかりですので、決して満足することはありません。より高いところを目指しています。

音楽への投資は、今が最高の時期

JK:音楽業界に貢献するスタートアップの支援という面では、いかがでしょうか?

Moz:数字で表すことは難しいですね。わずか2年で、グローバル音楽業界やレコード会社のビジネス課題や収益を改善できるとは思いませんよ。

Techstars Musicに参加したスタートアップには、投資家や音楽業界から約2700万ドルがこれまで投資された。これは大きな成功です。将来性と付加価値あるビジネスと判断したのですから。

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また、音楽業界からメンターとして参加してくれるプロフェッショナルや企業も増えています。概念実証のデモを行いたいスタートアップと、実験を受け入れてくれる音楽業界とのネットワークも充実してきましたので、製品やサービスの市場投入をテストしやすくなってきました。道のりは長いですが、より良い方向へ向かっている実感は得ています。

JK:ボブさんは以前から「音楽への投資を行うのは、今が最高の時期だ」と、海外の音楽業界やVCを説得してきたとお話ししてくださいました。

Moz:今でもそう言っています。音楽系スタートアップへの投資として今ほどベストなタイミングです。今後10年で音楽ビジネスは、魅力的な投資対象のカテゴリーとなるでしょう。そして、投資額はさらに拡大するはずです。

世界では、機関投資家や著名なVCの中にも、徐々に音楽系スタートアップやテクノロジーの可能性を見通して投資先を探しているスマートな投資家が急激に増えてきました。今、音楽業界とコラボレーションする投資家やVCは、他よりも良い結果が出せるはずです。

Techstars Music設立は、グローバル音楽業界がスタートアップへの投資に関心を持ち始めていた意識の変化を証明するものでした。音楽ビジネスでスタートアップとコラボレーションする必要があると音楽業界の経営者たちが判断し始めたのです。設立前から、私は音楽業界の権利保有者とベンチャー投資家がお互い歩み寄る必要があると、音楽業界にプログラムのアイデアをピッチしてきました。そうした時期にTechstars Musicを始めたため、1回目から音楽業界がパートナー企業として参加してくれました。私たちのピッチが、アイデアで終わらずに、現実となったのです。

日本の音楽市場は2-3年前と明らかに変わった

JK:SpotifyのIPOも音楽への投資を後押ししたと思いますか?

Moz:音楽業界のナラティブが変わったかどうかは判断できないけれど、SpotifyのIPOで巨額の利益になることは誰もが分かっていたことです。

SpotifyのIPOで生まれた最も大きな変化は、音楽エコシステムに巨額の資本が注入されたことです。SpotifyのIPOで利益を得た人がエンジェル投資家となり、音楽系スタートアップの新しい起業家を支援できる。Spotifyと関わってきた彼らの経験は、多くのスタートアップの成長でプラスに働くはずです。

そして、SpotifyのIPOで大きな恩恵を受けたのは、サブスクリプション音楽ストリーミング市場です。世界中でSpotifyがビジネスニュースとして注目されたおかげで、音楽ストリーミングに対する期待値が一気に高まりましたから。

JK:SpotifyのIPOで日本の音楽業界が受ける影響は何かありますか?

Moz:彼らが与える影響ですか?難しいですね。欧米に比べて、直接的な影響は少ないでしょうね。

JK:率直な質問ですが、日本の音楽市場にどんな魅力を感じていますか?

Moz:昨今、日本の音楽市場では、スタートアップやテクノロジー企業と連携して、ビジネスを作りたい意識が、音楽業界の中で圧倒的に増えています。2-3年前までは感じられませんでした。

Techstars Musicにはレコチョクが設立当初からパートナー企業として参加しました。今年からエイベックスが新たなパートナーとなりました。音楽業界の中でも、意識の変化が確実に起きています。

日本の音楽業界が世界から取り残されていると感じてはいません。世界で起きているベンチャー投資と起業、音楽業界の動きに日本企業が追いつき始めたことは好材料ですから。欧米の音楽企業も同じスタートラインに立っているのです。そして、音楽系スタートアップの投資に参加する日本企業が増えることは、グローバルな音楽市場を活性化する意味でとても良い兆候なのです。

JK:日本では徐々に利用者数が伸びている音楽ストリーミングは、世界の音楽市場ではビジネスの中心に定着したと言えますか?

Moz:音楽ストリーミングは、ありとあらゆる音楽業界の既存構造を再編します。マネタイゼーション、契約、ライセンスと例を上げればキリがありません。

そして、さらに俯瞰的な視点から音楽ストリーミングはチケット販売や音楽フェス、ライブビジネスの構造も変革するでしょう。未だに実現されていないビジネスが無限に眠っています。

今後5年から10年、音楽ストリーミングは音楽市場を成長させる原動力であることに間違いありません。しかし成長の起爆剤はそれだけではありません。

JK:他にも成長できる音楽ビジネスの領域が、まだ発掘されていない。

Moz:テキサスのスタートアップBlink Identityは、2010年代の音楽市場の課題から出発して、未来の音楽エコシステムを作るスタートアップの一つです。Blink Identityのプレゼンを聞けば、最初は誰も音楽系スタートアップだとは思わないはずです。ですが、Techstars Musicの視点では、間違いなく音楽業界に貢献できるスタートアップなのです。

ライブ会場やフェス会場のライブ体験を損なわず、観客の安全を保ち、ID認証問題も解決する。彼らのテクノロジーは長年、音楽業界やライブプロモーターが抱えてきた課題を解決してくれます。Blink Identityはライブ会場の「入り口」を作っているスタートアップです(笑)。コメディのように聞こえますよね?ですが、そのビジネスチャンスは無限大です。あらゆる入り口を生体認証テクノロジーが管理できるとしたら、彼らの将来には巨大な可能性があります。

投資は音楽業界のブランディングのためではない

JK:音楽業界には、目に見えないレベルまで埋もれて、無視され続けてきた課題がたくさん存在しますね。

Moz:Techstars Musicは、音楽業界の課題解決型スタートアップに投資するという哲学があります。Blink Identityは私たちの考えを象徴する企業です。

私たちが投資対象、支援対象となるスタートアップを選ぶのは、音楽業界をクールに見せるためのイメージアップや、レコード会社の経営者がメディアでカッコよく見せるための企業ではありません。音楽市場を拡大し、さらなる利益を生む価値があるスタートアップに投資するのです。

JK:日本の音楽業界では前例がありませんのでびっくりしたのですが、Techstars Musicの特徴は、音楽業界からパートナー企業が多数参加することも一つですが、大勢の業界関係者や経営者、投資家がメンターとしてサポートしてくれることが魅力だと感じています。

Moz:Techstarsの方法論はメンターシップの提供に象徴されています。Techstarsに起業家が参加したい大きな理由は、私たちが形成する業界ネットワークと専門家からのアドバイスを得る機会が与えられるからです。

製品やサービスを評価する人。コンセプトを洗練する人。業界内の重要人物を紹介できる人。起業家にはアイデア実現のための選択肢を与えます。

今朝もある起業家から投資家へのピッチで困っていると連絡を受けたんです。それで、以前にTechstarsで同様の問題を経験したことのある起業家3人を紹介したんですね。そしたら今度は彼ら同士でSkype会議になって、起業家同士でアドバイスし始めました。

Techstarsの利点は、アクセラレーションプログラムが終わっても起業家や投資家、業界とのネットワークで、人とつながり、アドバイスを得られることです。

JK:音楽業界の経験豊富なメンターから、経験の浅いスタートアップの起業家がアドバイスを継続して受けるための環境作りはどのようにしているのですか?

Moz:Techstarsでは、メンターからのフィードバックで常に向上させているのですが、起業家がメンターを評価する仕組みも導入しています。

もし評価の低いメンターがいれば、私たちは何が機能していないか、メンター本人と話し合う場を持ちます。

業界関係者がメンターだからといって、問題であれば、原因を追及しないとなりません。声のトーンかもしれませんし、ネガティブな意見が多いかもしれない。

ですので、フィードバックはプログラムの質を高めるために重要視しています。

JK:Techstars Musicのプログラムはロサンゼルスで3カ月開催されます。ですが、参加にはアメリカで起業する必要がありませんよね。

Moz:Techstars Musicが目指すのは、参加スタートアップのグローバル化です。プログラムの参加企業の50%はアメリカ。50%が世界からが理想です。音楽業界の課題解決には、グローバルな視点が必要ですから。

2019年のリクルーティングも進んでいます。12月には参加スタートアップを決める審査プロセスがあり、投資を行います。参加スタートアップは10社。13週の間に、メンターシップ、製品開発期間、資金調達の3つのステージに分かれます。基本的な方法は変わりません。

Techstars Musicへの参加は、年々難しくなると感じています。プログラムが続き、スタートアップへの投資や成果が目に見えるようになったため、参加を希望する起業家のクオリティは今まで以上に上がっています。プログラムへの関心度が高まっていることは非常に嬉しいことです。これからもさらに価値を提供して、双方にリターンを出せるようにしたいですね。

JK:マネージング・ディレクターとしてTechstars Musicで実現したい未来予想図はありますか?

Moz:Techstars Musicのディレクターというポジションにいるだけで、ラッキーだと思ってます。

特に音楽業界の未来にとって、世界各地の音楽ビジネスの経営者やVC、起業家が参加するネットワークや、仲間同士のサポートは、非常に心強い存在だと日に日に実感しています。

昨日もベルリンのスタートアップを立ち上げたロシア人起業家たちや、テキサス州オースティンの生体認証スタートアップの起業家と、日本のレコード会社の経営陣とで、音楽テクノロジーの未来について議論をしたのです。東京でもロンドンでもニューヨークでも、同じ会話ができる時代になったことを考えれば、これは素晴らしい進化です。

5年後、世界の音楽市場が何を実現できるか、想像してみてください。私たちが目指すのは、音楽業界に有意義な形で影響を与えることです。その兆しはスタートアップのアイデアによって、目に見えるところまで来ました。Techstars Musicが毎年プログラムを向上させていくことで、音楽業界を昨日よりもより良い業界に変える手助けができれば、そんな嬉しいことはありませんね。

source:

Techstars Music Accerelator

Blink Identity

Global Growth for Techstars Music in 2019 Techstars Stories

エイベックス、米Techstarsの音楽特化アクセラレータに参画ーー音楽スタートアップへの出資も発表 (TechCrunch Japan)

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デジタル音楽ジャーナリスト

専門は「世界の音楽ビジネス、音楽業界xテクノロジー」の執筆・取材・リサーチ。音楽ビジネスメディア「All Digital Music」、音楽業界専門のマーケティング支援会社「Music Ally Japan」や、音楽ストリーミング・データ分析プラットフォーム「Chartmetric」日本事業展開も担当。グローバル音楽業界、レコード会社、ストリーミングサービスのビジネスモデル、トレンド分析、企業分析に関する記事執筆多数。

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