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半導体はブームなのか?

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

同じデータでも人によっては、データを読み違えると成長産業が見えなくなる。だから、データの正確な解釈は企業の発展、産業の発展にとても重要だ。「半導体はもう成長産業ではない」。10年ほど前にはこのように語る人たちがいた。半導体産業から離れていった企業もある。しかし、再び戻ってきた。いま半導体はブームなのか?

先日、セミコンポータルという半導体産業向けポータルサイト主催のセミナーを開いた。「市場・統計データの見方」というチュートリアルなワークショップだった。20名弱の参加の中でワイワイガヤガヤの議論をすることが目的であり、統計データの数字が同じでも見せ方によっては成長産業と見えなくなることを議論した。

 図1 WSTSの数字を対数グラフで表現
図1 WSTSの数字を対数グラフで表現

図1は、WSTS(世界半導体市場統計)の数字を拾って片対数グラフを描いた図である。10年ほど前はこれを見て、半導体はもはや成長産業ではなくなった、と述べた官僚やアナリスト、ジャーナリストたちがいた。確かに、1995年前後までは年率20%という驚異的な伸びで市場が成長していた。それが1995年から現在までは5~6%に落ちてきた。だから「半導体はもはや成長産業ではない」と述べた人たちがいたことは確かだ。

しかし、全く同じ数字を対数ではなく、ノーマル座標でグラフ化すると図2のようになる。半導体産業は1995年あたりから直線的に成長している。数字の出どころは一つであって、同じ数字を対数でプロットしたのが図1であり、ノーマル座標でプロットしたのが図2である。

 図2 WSTSの数字をノーマル座標で表現
図2 WSTSの数字をノーマル座標で表現

ではなぜ、図2は成長しているように見え、図1は成長が止まったように見えるのか。それは、年成長率をパーセントで表すか、いくら増えたかという前年との差分で表すか、それだけの違いにすぎない。年成長率は、銀行利息の複利計算のように等比数列として毎年増えていく(エンジニアの世界ではハイパーリニアという言い方をする)。これに対して前年差でとれば、等差数列のように増えていく。どちらも成長していくのではあるが、等差数列では、その成長率は毎年下がっていくのである。

具体例を挙げよう。毎年20%ずつ成長するなら、初年度10の場合(単位は10万ドルでも10億円でもいい)で進めていくと、次のようになる;初年度から10年目まで、

10、12、14.4、17.28、20.74、24.88、29.86、35.83、43.00、51.60

これが等比数列である。これに対して等差数列的に、初年度10の数字が5ずつ成長するなら次のようになる;

10、15、20、25、30、35、40、45、50、55

2年目は50%成長(15/10)だが、3年目は33.3%成長(20/15)、4年目は25%成長、5年目は20%成長、6年目は16.7%成長、7年目は14.2%成長、8年目は12.5%成長、9年目は11.1%成長、10年目は10%成長となる。すなわち、等差数列的に成長するなら、成長率は毎年下がっていく。しかし、着実に5ずつ成長しているのである。

半導体産業は、図2のように等差数列的に成長しているのであり、成長が飽和しているわけではない。図1で読み取れることは、半導体産業は95年ごろまで毎年20%で成長し、それ以降は等差数列的に成長してきている、ということである。つまり、今は半導体ブームと言ってもてはやしているが、半導体は決してブームではなく、着実に成長している産業であると読む方が正しい。

筆者は、2010年ごろ、「半導体、この成長産業を手放すな」という本を出版した(参考資料1)時から、半導体は成長が止まった産業ではないことを言い続けてきた。だから、今は再びブームが来た産業ではないとあえて言う。1995年ごろから上がり下がりを繰り返しながらも着実に成長している産業である。

それは、ムーアの法則による集積度の向上がたとえ止まっても成長し続ける。平面で行き詰まれば立体的に増やせばよいからだ。それだけではない。半導体製品は、単なる電子回路を詰め込んだハードウエアではなく、ソフトウエアを組み込み活かすハードウエアに変身したことも成長の原動力になる。ソフトウエアは人間の知恵であり、知恵は無限に生まれてくるアイデアである。だからこれを組み込む製品を生み出す半導体産業は半永遠に成長する。

これは半導体に限ったことではない。半導体では、原子の大きさという物理限界に近づくために微細化に限界があるが、通信では光の速度(3×10の10乗cm/s)という制限のためにレイテンシ(応答時間の遅れ)をある程度下げることができなくなる。しかし、いずれも限界値にまともに近づくのではなく、回避して別の手段で乗り越えることが行われてきた。最も身近な例では、NANDフラッシュメモリの3D化は微細化を回避しながら集積度を上げている。だから当分、半導体の限界はまだ見えない。

参考資料

1. 津田建二「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、日刊工業新聞社刊、2010年4月

                                                       (2017/08/15)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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