リフレ政策からの脱却を狙う日銀
5月21日の日経電子版の清水功哉編集委員が書いた「「エッ!」と驚いた黒田総裁 量的目標を続ける真意」との記事が興味深い。これによると『「量的・質的金融緩和」:2年間の効果の検証』という企画局のレポート(日銀レビュー)を公表したあと、市場が操作目標を「量」から「金利」に戻すことを視野に入れ始めたのではないかとの報告を受けて、黒田総裁が 「エッ! 市場参加者のあいだでそんな解釈が広がったのですか」と発言したらしいのである。
もちろんこれが本当に驚いての黒田総裁のコメントであったのか、やはりその解釈が拡がったかと思ったにも関わらず驚いたふりをしたのかは定かではない。しかし、日銀の軸足がすでに量ではなく金利に移ってきているであろうことは確かではなかろうか。
それではなぜ日銀は黒田総裁に変わってから、マネタリーベースというリフレ派が重視すべきといる目標を設定したのであろうか。この際にはアベノミクスの基にもなっている浜田宏一参与、本田悦朗参与、山本幸三衆議院議員などの意向が強く反映されたとみて良いのではなかろうか。なによりそのリフレ派を代表していた岩田規久男教授が副総裁に就任したぐらいである。
しかし、この岩田規久男副総裁は2013年4月の量的・質的緩和や2014年10月の追加緩和の決定にあたっては、ほとんど関与していなかったとの観測がある。そもそも就任後の一定期間、表に姿を見せることもなかった。現在は国会を含めて発言の機会が多くなってはいるが、現在、頑なにリフレ的な政策を日銀から発言し続けているのは岩田副総裁ぐらいに見える。
そもそも現在の日銀の異次元緩和はリフレ派が安倍政権に取り入れさせた政策を実現化したものである。しかしそれは黒田総裁以前の日銀のスタンスとは相容れないものであった。ところが以前の量的緩和政策に大きく関与していた雨宮理事を戻して、その雨宮理事を中心に黒田総裁が就任してわずかな期間に異次元緩和政策を具体化したとされる。しかし、あまりに短期間での作業であったこともあろうが、市場との対話は無視されてしまっていたこともあり、その後の長期金利の乱高下を招くことになった。
昨年10月の異次元緩和パート2もごくごく一部で秘密裏に進められていたとされるが、この際はタイミングが重視されていたとみられ、その結果として出てきたのは結局、量であった。これを見る限り、最近の量、つまりマネタリーベースを無視して実質金利を殊更に重視する姿勢とは相容れないようにも見える、しかし、もともと黒田総裁にとっては、単純にマネタリーベースを増やすことよりも、国債の買い入れを増やして名目金利を少しでも押し下げることが主眼であったのかもしれない。
現在の欧米の中央銀行の金融政策も量ではなく金利が意識されている。英国や米国、さらにECBまでも大量の国債を買い入れて、それをQE(量的緩和)と呼んでいるのではないかと言われるかもしれないが、それは違う。
黒田総裁が今年3月20日の「量的・質的金融緩和」の理論と実践」と題する講演でも指摘していたように、イングランド銀行もFRBも目的は中央銀行のバランスシートを膨らませることではなく、長期金利の低下を促すことであった。FRBは自らはQEとすら呼ぶことはせず、大規模資産購入(Large-Scale Asset Purchases LSAP)プログラムであるとしている。FRBは国債だけでなくMBSも買い入れたが、これはMBSが国債同様に大きな市場であったことに加え、住宅ローン金利の押し下げも狙ったものである。ECBの量的緩和も政策金利の下限をマイナスにするなど、バランスシートの拡大ではなく、長期金利の低下を促すことを目的としている。
しかし、日銀はリフレ派の主張も意識してマネタリーベースを目標にしてしまった。物価が目標に向けて上昇してくれば、それで良しとしたのかもしれないが、現実には物価に働きかけることはなかった。
物価目標達成よりも日銀がすべきことは金融政策や日銀券の信認を維持し、金融システムを維持した上で、日本の景気回復に側面から支援することである。その意味では直接物価上昇に働きかけるような政策はこれに矛盾する。物価を無理矢理金融政策で上げるには日銀券の価値というか信認を低下させることが必要となるためである。
そうではなく景気の側面支援となれば長期金利、この場合はより長い金利を含めたイールドカーブ全体の押し下げを狙ったほうが景気に作用するという意味ではより現実的となる。どうやら日銀もFRBやECBの足並みを揃えて、ある意味オーソドックスな金融政策に戻ろうとしているのではなかろうか。