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変わる韓国政治…釜山市長が部下へのセクシャルハラスメントで辞任

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
釜山市の呉巨敦(オ・ゴドン)前市長。同氏ツイッターより引用。

総選挙を終えたばかりの韓国政界に激震が走った。釜山市の呉巨敦(オ・ゴドン)市長が部下へセクシャルハラスメントを行った事実を公表し辞任した。男尊女卑の韓国政治の世界が変わりつつあるのか、事情をまとめた。

●突然の記者会見

「私はある人に5分ほどの短い面談の過程で不必要な身体接触をしました。これはしてはいけない強制わいせつとして認められると悟りました。(事の)軽重に関係なくどんな言葉でも、どんな行動でも容赦されるものではありません」

23日午前、韓国第二の都市・釜山市庁で呉巨敦市長はこう語り、頭を深く下げた。72歳で釜山出身の同氏は長い公務員生活後、政治家に転身した著名政治家だ。

特に保守派の牙城である釜山市で進歩派候補(無所属でも挑戦)として市長への挑戦を続け、4度目となる2018年に当選したエピソードは有名だ。95年に統一地方選が始まって以降、初の進歩派市長だ。

呉氏はこの日、「三転四起の過程を経て市長になった」と述べる部分で涙で言葉つまらせるなど、釜山市長に対する特別なこだわりをうかがわせた。

そんな苦労人が、さらに新型コロナウイルス感染症拡散や経済悪化への対策といった業務を続けていた現役市長が告白した今回の事件は、韓国社会で大きな波紋を呼んでいる。

複数の韓国メディアによると事件が起きたのは今月初頭のことだ。呉市長は釜山市庁の執務室に女性公務員を呼び出し、その場でセクシャルハラスメントを行った。被害者女性は強く抵抗したが、5分間にわたり行為は続いた。

その後すぐに被害者女性は釜山性暴力相談所に被害を申告、相談所側が釜山市に事実確認を行ったところ、呉氏はセクシャルハラスメント行為を認めたという。

『中央日報』によると、被害者女性は呉市長の公開謝罪と市長職からの辞任を求め、呉市長側は4月15日の総選挙後に辞退する内容の書類をしたため、被害者女性と相談所側に提供していた。

●被害者は呉前市長を批判

会見が終わると、呉氏が所属する与党・共に民主党はすばやく反応した。24日に党の倫理審判員会議を開き「呉氏を除名するだろう」と厳しい対応を予告した。

同党は一方で「総選挙前には呉氏の事件について知らなかった」と一線を引いた。4月15日の総選挙で、与党は全体の6割・180議席を占める大勝利を収めた。事前に明らかになっていた場合、影響が無かったとは言い切れない。

だが『東亜日報』によると、被害者女性も事件が政治的に利用されることを憂慮し「(辞任の)手続きを総選挙後に行うこと」を受け入れたという。

実は呉前市長をめぐっては、その低い「ジェンダー感受性」、つまり性差がもたらす社会的不平等への意識の低さが注目された過去がある。18年11月、両横と正面に女性職員を座らせた会食写真を自身のフェイスブックに掲載した際には世論の批判を浴びた。

また、ある韓国紙は「今回の被害者は2度にわたり被害を受け、他にも被害者がいる」という釜山市議の発言を報じている。

被害者女性はこの日午後、声明文を出した。

その中で呉氏の会見での「強制わいせつと認められると悟った」や「軽重に関係なく」といった発言を取り上げ、「私が問題のある人物のように(世間に)映るかと思うと怖い」と明かした。

こうした事態を恐れ、事前に声明文の文面を確認することを求めていたが、呉氏は聞き入れなかったという。

また「さっそく私の身元情報を暴くことが始まっているし、ひどいゴシップ性の報道を予想しなかった訳ではない」としながら、「罪を犯した人は処罰され、被害者は保護されるべき」と強調した。

実際にこの日、韓国紙『ハンギョレ』は被害者女性の特定につながるような事件の詳細を記事にし、この点を指摘され後に記事を訂正する一幕があった。

●変わる韓国社会のジェンダー感受性

今回の事件を受け止めるにあたって韓国の「変化」を指摘する声がある。

23日、韓国の中央大学で博士号(社会学)を取得し日韓の性暴力問題に詳しい古橋綾さんは、筆者の書面インタビューに対し以下のように答えた。

ニュースを見た最初の印象は『韓国は変わったな』というものだった。同様の事件は昔からたくさんあっただろうが、まず組織の中で握りつぶされてきただろうし、問題だと声を上げられたとしても辞任を要求できるほどのイシューとして認識されなかっただろう。

セクシャルハラスメントをしたら辞任に追い込まれて当然だということが社会の常識になってきているということだ。もちろん、これに反発する人もいるだろうが批判意見の方が社会的に力を持つようになっている。当たり前のことだがすごい変化だ。

実は韓国にはつい最近、今回の呉前市長の事件と類似した事件があった。

将来を嘱望された政治家だった安熙正(アン・ヒジョン)元忠清南道知事による秘書への性的暴行事件がそれだ。

18年3月、被害者女性がテレビに出演し被害を訴えると共に安氏を告訴するや知事職を辞任した。その後、裁判で争ったものの19年9月に大法院(最高裁)で懲役3年6か月の実刑が確定している。

古橋氏は「安氏の事件の被害者と、被害者を支える多くの人たちが声を上げ続けてきた影響も大きいのではないか」と、背景に韓国社会のmetoo運動の存在とそれに伴う意識の変化を指摘した。

●日本との「違い」

古橋氏は一方で、日本の環境との違いにも言及した。

既に日本メディアで大きく報じられている通り、今月21日、ドメスティックバイオレンス(DV)や虐待などで居場所を失った10代女性の支援活動を行う「社団法人Colabo」の活動を視察に来た自民党議員の一団が、バスカフェで横柄な態度を取った上に同団体で活動する10代女性にセクシャルハラスメントを行ったとされる。

当時Colabo側でこの現場を手伝っていたという古橋氏は「年配の男性国会議員がいきなり大声で指示を出し、若手の議員や秘書がそれに従うという権威的な雰囲気に驚いた」と当時の状況を振り返った。

さらに「初めてその場に来た人がなぜ上に立とうとし、毎週活動している若い女性をコントロールしようとするのか全く理解できない。他の議員たちはその行動を咎めもしなかった」と続けた。

また「このような年功序列で男尊女卑な雰囲気が政治の世界でははびこっているのだろうな、と感じた。この雰囲気におかしいと声をあげていかない」と課題を挙げた。

呉氏は23日の会見で「公職者として責任を取る姿で被害者の方たちに謝罪し、残る人生を懺悔して生きていきます」と述べた。釜山警察庁は23日、内偵捜査を開始したと明かした。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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