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ウガス戦で引退? 大統領選出馬? 42歳パッキャオの復帰戦が持つ意味とは

杉浦大介スポーツライター
Ryan Hafey/Premier Boxing Champions

8月21日 ネバダ州ラスベガス T-モバイル・アリーナ

WBAスーパー世界ウェルター級タイトル戦

WBA休養王者

マニー・パッキャオ(フィリピン/42歳/62勝(39KO)7敗2分)

12回戦

WBAスーパー王者

ヨルデニス・ウガス(キューバ/35歳/26勝(12KO)4敗)

スペンス戦でないのは残念ではあるが

 パッキャオの約2年1ヶ月ぶりのリング登場となる一戦だが、ラスベガスを包んでいるBuzzは従来よりかなり小さいものになっている感は否めない。

 会見、計量のイベントとしての規模も小さめ。英雄パッキャオの人気、話題性もさすがにピークを過ぎていること、パンデミックによる規制のためフィリピンからのメディア&ファンの渡航&帰国が容易ではないことなどがその要因か。そして何より、直前にエロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)が故障離脱したため、対戦相手が変更になったことがやはり大きかったのだろう。

 パッキャオ対スペンスの新旧対決が実現していれば魅力たっぷり。今年度最大級の期待感で心待ちにしていたファンも多かったはずだ。しかし、スペンスが後に網膜剥離だと明らかになる眼疾で離脱したため、関係者は対応に追われ、興行もスケールダウンを余儀なくされることになったのだ。

 取材申請していたメディアにはパスをキープするかの問い合わせが届き、ベガスへの渡航を取りやめた記者は少なからずいたという。チケット価格も選手交代とともに安価に変更になったとか。74.99ドルと高価に設定されたPPV売り上げも苦戦は必至。42歳になったパッキャオにとって現役最後となるかもしれない一戦だけに、この軌道修正はやはり残念ではある。

 とはいえ、今回の調整段階からスペンスの様子は正常ではなかったとのことで、関係者間でも今後のキャリアを真剣に心配する声が挙がっていることは付け加えておきたい。試合前に眼疾が発見され、出場許可が下りなかったことは幸いだった。アクシデント続きではあっても、まだ31歳の無敗王者が、再び完調に近い状態でまたリングに戻れることを願いたいところだ。

知名度こそ低いものの、ウガスも難敵

 カード変更は残念ではあっても、代役に起用されたウガスも好選手であり、パッキャオとの対戦は興味深いマッチアップではある。

 プロ転向後の最初の18戦で3敗を喫し、その過程でトップランクから契約を破棄されたウガスではあったが、以降はジャマール・ジェームズ(アメリカ)、トーマス・ドゥローメ(プエルトリコ)、オマール・フィゲロア(アメリカ)などにも勝つなど12戦11勝。2019年3月にショーン・ポーター(アメリカ)に敗れた試合はウガスが勝っていたと見た関係者も多く、いつしかウェルター級のトップ選手の1人として認められるに至った。

ウガスは前日計量をウェルター級リミットの147lbsでクリア Scott Kirkland / FOX Sports
ウガスは前日計量をウェルター級リミットの147lbsでクリア Scott Kirkland / FOX Sports

 身長ではパッキャオを上回り、スキルとボクシングIQに秀でている。キャラクター的にかなり地味ではあっても、実力的にはおそらくポーター、キース・サーマン(アメリカ)と同等。42歳になったパッキャオが衰えを見せるようであれば、厳しい試合を覚悟せねばならないはずだ。

 ウガスはもともとオーソドックスのファビアン・マイダナ(アルゼンチン)との防衛戦を行う予定が、サウスポーのパッキャオの対戦になったという難しさはある。ただ、相手のスタンスが変わったという条件はパッキャオ側も同じ。スピード、クイックネスで勝るパッキャオ、サイズと射程距離で上回るウガスの間で激しいペース争いが行われるのではないか。

 ネームバリューが反映されたのであろうベガスのオッズは大きくパッキャオに傾いてはいるものの、ウガスが明白な形で勝利を収めたとしても、必ずしも“大番狂わせ”とは言い切れない一戦に思える。

パッキャオにとってかつてない巨大な戦いなのか

 どちらかといえば陽が当たらない道を歩んできたウガスにとって、今戦こそがキャリア最大のビッグファイトである。一方、パッキャオの方は前述通り、これが最後の試合になるかもしれないという興味もある。

 熱心なボクシングファンならご存知の通り、ボクサーは商品価値が残っている限りはなかなか引退はしないもの。パッキャオへの対戦希望者は列を作っている状況で、その気になればまだまだ稼げるのは事実ではある。

 ただ、パッキャオは来年5月のフィリピン大統領選への出馬が確実視されており、だとすれば、本人の闘志や現在の力量がどうあれ、現実的にもうリングに立つのが難しくなることは考えられる。そんな状況を理解してか、数限りない大舞台を経験してきたパッキャオも、今回のファイトウィーク中、「キャリア初期はこの位置まで来れるとは思っていなかった」「永遠に戦い続けられるわけではない」といったような感傷を感じさせるコメントも少なくなかった。

 その一方で、もうすでにすべてを成し遂げてきたようにも思えるパッキャオにも、絶対に勝たなければいけない理由があるのかもしれない。

パッキャオは前日計量を146lbsでパス Scott Kirkland / FOX Sports
パッキャオは前日計量を146lbsでパス Scott Kirkland / FOX Sports

 今週、老舗のスポーツ・イラストレイテッド電子版は、現時点で不利とされている大統領選で追い上げるために、パッキャオはウガス戦での勝利が必要という論調の記事を発信していた。実際にフィリピン人記者に尋ねても、そのような見方は必ずしも間違いではないという。

 「インパクトを考え、ウガス戦後の記者会見で大統領選挙への出馬を正式表明する可能性もあると思う。フィリピン国民を喜ばせるために、ウガス戦のあと、大統領選までにもう1戦を行うかもしれない」

 あるフィリピンのメディア関係者が述べていたこれらの推測も実に興味深い。そんな意見が的を得ているのだとすれば、引退間近の42歳にして、パッキャオは実はこれまでにないほど重いものをかけて戦うという考え方もできる。

 ウガス戦の12ラウンズは、予断を許さない展開になることが有力。それと同時に、タイトル戦としての規模は全盛期より小さくとも、今回は試合後の記者会見まで決して目が離せないイベントだと言えるのだろう。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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