韓国政府が金正恩氏に「迎合」して密かにやっていること
北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は3月31日、「対朝鮮『人権』騒動は敵視政策の集中的表現だ」と題した論評を掲載した。内容は読んで字のごとく、米国とその「追随勢力」による北朝鮮の人権侵害追及を非難するものだ。
北朝鮮メディアが、国際社会の人権侵害追及に神経を尖らせているのは、本欄でも繰り返し指摘していることだ。それにしても、今回の論評は実にわかりやすいタイトルが付けられたものだ。
訪朝した韓国大統領の特使団を通じ、体制が維持できるなら非核化も可能であると表明した金正恩氏だが、「人権問題だけは持ち出されては困る」とクギをさしているのだ。なぜなら、公開処刑や政治犯収容所など、国民の人権を踏みにじる恐怖政治なしには、独裁体制を維持することができないからだ。
(参考記事:謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」)
ちなみに、金正恩氏がクギをさしている相手は、5月に会談予定のトランプ米大統領であり、その前(4月27日)に会うことになっている韓国の文在寅大統領ではない。トランプ氏は、北朝鮮が電撃的に参加を表明した平昌冬季五輪の開幕直前、脱北者らをホワイトハウスに招き、北朝鮮の人権状況を聞き取った。また、同氏はその場で、中朝国境での北朝鮮女性の人身売買を自分が「やめさせる」とまで言っている。
(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち)
一方、文在寅氏は大統領に就任して以降、北朝鮮における人権侵害について「やめさせる」といった趣旨の明確なメッセージを発してはいない。
それだけではない。文在寅政権は、北朝鮮の人権侵害を非難する脱北者らの口を塞ぐべく、様々な「強権」を発動している。東亜日報の敏腕記者で、本人も脱北者でもあるチュ・ソンハ氏は、自身のブログに3月22日付で次のように書いている。
「ファン・ジャンヨプ元朝鮮労働党書記が、金大中政府時代の1999年に『脱北者同志会』を作って以降、歴代政府はこの組織の象徴性ゆえに、オフィスの家賃と人件費の一部を支援してきた。19年間にわたり続けられた支援は、現政権の発足1カ月で完全に断たれ、脱北者同志会は一介の民間団体に転落し、有名無実化した。
政府は、平昌五輪に北朝鮮の人々がやってくるや、テ・ヨンホ元公使をはじめとする脱北者たちを『圧迫』して、メディアに登場できないようにした。
統一省が発行する統一教育教材も、今年から北朝鮮の人権と関連した部分を大幅に縮小して『独裁』『世襲』『公開処刑』『政治犯収容所』などの単語と説明がすべて削除された」
これを「迎合」と言わずして、果たしてなんと表現すべきだろうか。
韓国のみならず、国際社会がハッキリ認識すべきなのは、北朝鮮の民主化なくして、完全な非核化などあり得ないということだ。
金正恩氏の独裁体制の打倒を目指さない限り、北朝鮮から核がなくなることはないからだ。なぜ、そのように言えるのか。
いま、北朝鮮の国民はたいへんな困難の中に置かれている。国家はただでさえ慢性的な経済難の中にあるのに、無謀な核兵器開発などのために国際的な経済制裁さえ受けている。豊富な地下資源があるにもかかわらず、韓国や日本、米国などとの自由な貿易で外貨を稼ぐのもままならない。そのため、国内生産では足りない食糧を海外から十分に買ってくることさえできず、人々は飢餓の恐怖と隣り合わせの生活を強いられている。
これが日本などの民主主義国家であれば、国民は核兵器開発を強行した政権与党を選挙で敗北させ、国際社会との調和を重んじる新たな政府を誕生させるだろう。
北朝鮮ではどうか。民衆が政府批判などを行えば、軍隊に虐殺されるか、政治犯収容所で拷問され処刑されてしまう。
(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」)
しかし、北朝鮮の人々がいったん民主主義を手にすれば、核武装と引き換えに、それを手放すなどという選択はぜったいにしないだろう。
もちろん、緊迫した情勢の緩和を急ぐため「まずは、とにかく対話すること」を優先すべき場面もあるだろう。それでも、何をゴールとするのか、その設定だけは誤ってはなるまい。それを忘れ、韓国があくまで北朝鮮への迎合を続けるなら、東アジアにとって「百害あって一利なし」の結果が生まれてしまう可能性は、決して小さくはないのだ。