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「バード・ボックス」が再証明した、サンドラ・ブロックの人気、作品選びの目、運の良さ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
サンドラ・ブロックの最新主演作「バード・ボックス」(写真/Netflix)

 アメリカで、今年最初の流行語が、すでに生まれた。「#BirdBoxChallenge」だ。ツイッターやYouTubeには、今、このハッシュタグをつけた動画が飛び交っている。

「バード・ボックス」は、Netflixが先月21日に世界同時ストリーム配信をしたオリジナル映画。人が次々に自分に危害を与え、それを見た人も同じことをしてしまうという怪奇的現象が地球を襲い、主人公を含む数名の生存者は、ひとつの家にこもり、外との接触を断つ。しかし、やがて食料や日用品の補給のため、目隠しをしたままスーパーまで運転していくことを強いられるのだ。ほかにも、目隠しをしたまま銃を撃ったり、ボートを漕いだりするシーンが出てくる。「#BirdBoxChallenge」は、同じように目隠しをして階段を降りたり、スポーツをしたり、いろいろなことにチャレンジをするもの。それだけでは物足りず、映画の中に登場する家の前でセルフィーを撮ろうと、L.A.郊外モンロヴィアまでやってくるファンもいる。

 テレビの視聴率や映画の劇場興行収入が公表されるのと違い、Netflixはどれだけの人が特定の作品を見たのかを発表しない。しかし、「バード・ボックス」に関しては、「最初の7日間で4,500万のアカウントが今作を見ました。これは記録です」と、珍しくツイートで報告している。本当なのか確かめるすべがないだけに、最初は疑いをもって受け止められたのだが、この盛り上がりぶりがヒットを裏付けることになった。

 Netflixは、今週、「バード・ボックス・チャレンジでケガをしないように。これがどこから始まったのかわかりませんし、みなさんの愛には感謝しています。でも、2019年に願うのは、あなたたちが病院に行くはめにならないことです」とツイートした。しかし、これに関しても、そうすることでさらに煽り、話題を作るのが目的ではないかという皮肉な見方がある。実際、彼らは「ケガをしないように」とは言いつつも、「やめるように」とは言っていないのだ。

「この人が出る映画はおもしろい」という定評を再証明

「バード・ボックス」で主人公マロリーを演じるのは、サンドラ・ブロック。長年、ハリウッドで最もパワフルな女優の地位を保ってきたブロックは、近年、子育てを優先すべく、意図的に仕事のペースを落としてきた。久々の復活作となった昨年の「オーシャンズ8」は全米首位デビューを果たしたが、ケイト・ブランシェット、アン・ハサウェイなど大物女優が勢ぞろいした同作品は、ブロックの主演作と言うより、アンサンブルものだ。一方で、「バード・ボックス」は完全に彼女の映画である。そして、それは、「オーシャンズ8」を超えるヒットとなったと言っても、おそらく間違いはない。

「バード・ボックス」にアクセスした4,500万のアカウントの中には、ひとりで見た場合も、大勢で見た場合もあるだろうから、実際に何人が見たのかはわからない。だが、仮にアカウントひとつあたり2人とすると、9,000万人となる。映画館のチケットは、今、アメリカ全国平均で9ドル弱だが、もっと安い国もあるので、あくまで仮として5ドルとすると、4億5,000万ドルだ。これは、「オーシャンズ8」の全世界興収2億9,800万ドルを超える。

 もちろん、単純に比較はできない。「オーシャンズ8」は、上映時間に合わせて出かけ、チケットを買う必要があった。2億9,800万ドルは、そこまでした人たちが払った金額である。「バード・ボックス」が劇場のみでの公開だったら、同じだけの人が見に行っただろうか。お金を払う必要なく、家で見られるから見たという人もいるはずだ。

”それ”を見てしまったら、自分も同じように自分を痛めつけ、殺すことになる。マロリーは、目隠しをしたまま恐怖と闘い、生き延びようとする(写真/Netflix)
”それ”を見てしまったら、自分も同じように自分を痛めつけ、殺すことになる。マロリーは、目隠しをしたまま恐怖と闘い、生き延びようとする(写真/Netflix)

「バード・ボックス」がNetflix配信であることについて、ブロックは、「劇場に映画を見にいくという習慣が消滅することはないでしょう。これは絶対に劇場で見たい、という映画はあるから。でも、ベビーシッターを見つけるのが大変だったり、旅行が続いたりと、行きたい映画にいつも簡単に行けるとは限らないのが現状。今や家庭のテレビ画面も大きくなったし、家で家族や友達と一緒に見るのも素敵な体験だと思うわ」と語っている。ホリデーシーズンに配信スタートした「バード・ボックス」も、そんなふうに、家族や友人と集まった時に見た人たちが多かったのではないか。

 ここでもうひとつ指摘すべきは、オリジナル作品であふれかえり、何があるのかわからない中で、「バード・ボックス」は埋もれることなく、これだけの人たちから選ばれたということだ。もちろんNetflixは積極的に広告を打ったが、それはどの作品もやること。ブロックが出ているから、人はその広告を記憶にとどめた。そして見てみたら、実際におもしろかったのだ。

目隠しのままボートを漕いで、彼女はどこに行こうとしているのか。時間が行ったり来たりしながら展開する中、それは少しずつ明らかになっていく(写真/Netflix)
目隠しのままボートを漕いで、彼女はどこに行こうとしているのか。時間が行ったり来たりしながら展開する中、それは少しずつ明らかになっていく(写真/Netflix)

 コメディ、アクション、スリラー、SF、恋愛映画など、ありとあらゆるジャンルに出てはヒットさせてきたブロックは、長年の間に「この人が出る映画はおもしろい」というイメージを築き上げてきた。それを達成するには、女優としての魅力は当然のことながら、作品選びの目と、運も必要だ。なぜ「運」かというと、紙の上ではすばらしいプロジェクトに見えても、出来上がってみたら全然そうではなかったということが、実に多いからである。ブロックですらそれは「スピード2」「Our Brand Is Crisis(日本未公開)」などで経験した。しかし、彼女の場合、そういった失敗は、ごく稀なケース。3つの要素が揃っているブロックの打率は、ハリウッドでも飛び抜けて高い。だからこそ、54歳の今も、彼女は押しも押されもせぬトップスターなのである。この先、どれだけ休暇を取ろうが、彼女の場合は怖いものなし。また出てきた時には、きっと同じように人の注目が集まることだろう。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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