AV出演強要、業界団体と被害者支援団体が協議 海賊版防止システムで被害者動画削除の連携など具体案も
昨年から続くAV強要問題。今年3月に認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ(以下、HRN)が報告書を発表したが、インターネット上では業界関係者からの反発も大きく、強要自体を否定する声もあった。しかし、その後、業界団体であるNPO法人知的財産振興協会(以下、IPPA)がHRNに協力する姿勢を見せたことで、対立構造だと思われていた両者が手を取り合う展開になりつつあるように見える。
6月初旬に、IPPAとHRNは初めて面会を行ったという。協議はどのように進んでいるのか。
■DMM亀山会長は「業界全体の問題」とツイート
6月22日、IPPAは公式サイト上で「AVプロダクション 関係者逮捕について」という声明を出した。この中でIPPAは、HRNや、そのほかのNPO団体と会議を行ったことを報告。さらに「女優が出演拒絶した場合、違約金を請求しないこと」など5項目にわたるHRN側の要望について、要望に沿って制作会社に働き掛けていくことを決議、実行することを明らかにした。
IPPAは国内のAVメーカーのうち約8割(約240社)が在籍すると言われる業界団体で、違法コピーなどの取り締まりを行っている。5月にHRNがシンポジウムを行った際にも、IPPAは書面で「被害に遭われた方々が実際に存在しているということに関してはAV業界は重く受け止めるべきであり、改善の必要がある」などのコメントを出し、HRN側と協力する姿勢を見せていた。参考)AV出演強要、IPPAは「AV業界は重く受け止めるべき」とコメント シンポジウムに松本アナも出席(5月27日)
IPPAが声明を出した翌日の23日には、DMM.comの亀山敬司取締役会長がツイッター上で下記のようなツイートを行っている。
DMM.comはアダルト動画を含む動画の配信事業を行っており、亀山会長はAV業界の「黒幕」とも言われる存在だ。このタイミングで亀山会長がメーカーや配信流通業者なども考えるべき「業界全体の問題」という内容のツイートをした意味は大きいだろう。
■海賊版防止システムで違法アップされた動画の削除、被害者との連携を
また、関係者によれば、6月末に行われたIPPAの会議では、HRNとの協議を受けて次のようなことが討議されたという。
(1)強要問題はスカウトを行う業者で起こっている可能性が高いので、メーカーに女優が来た段階で、強要被害者のための冊子(問い合わせ電話番号含む)を、メーカー側がプロダクションのマネージャーのいない場所で全員に渡す
(2)出演した動画を取り下げたい場合、IPPAの海賊版防止のシステムなどを使いすべての動画を削除していく仕組みに取り組む
(3)メーカー側が二次使用料を出演者に支払う仕組みを考えていく
(2)について内容を補足すると、これまで出演強要の被害者を支援するNPO団体は、被害者の動画が海外サーバーなどからアップされているものについて、一件一件、出演者名やタイトルで検索し、削除要請を行ってきた。しかし、キーワードの検索では辿り着けない動画も多い。IPPAのシステムでは、映像や音声をマッチングさせることで自動的に映像を探すことができる。動画を消したい出演者に対して著作権侵害の監視を行うIPPAのシステムが有効に使えることから連携できるというのだ。
会議にはAV女優や男優の権利を守るための労働者団体をつくることを発表している川奈まり子氏も出席。川奈氏に仲介者を通じて書面で質問を送ったところ、次のような内容の回答があった。
「強要を止めることについては、第三者機関などの立ち上げも含め、伊藤弁護士はじめHRNの方々の意見も伺いながらベストなかたちをつくっていきたい」
■伊藤弁護士「業界側で第三者委員会の発足を」
6月初旬にIPPAと初めて面会したというHRNの伊藤和子弁護士。AV強要について、ライトハウスなどNPO団体と共同で問題提起を行ってきた。伊藤弁護士にも話を聞いた。
■IPPAから前向きな発言が多かった
――IPPAと話し合いを行った感触を教えてください。
伊藤弁護士(以下、伊藤):協力してやっていきましょうと言っていただけた。加盟団体が多いので温度差はあるのかもしれないですが、理事長や会議の出席者の方からは、前向きな発言が多かったように思います。
――今後の方針は。
伊藤:まずはどんなスキームで物事を進めていったらいいのかということを提案したいと思っています。一番いいと私が個人的に思っているのは、第三者委員会をつくること。スポーツなどほかの業界の場合でも不祥事が起きたときに業界全体として第三者委員会をつくって、そこで原因究明をしたり、解決方法を探ったりする。今回もそのようにして、まずは実態把握・原因究明からひとつひとつ始めたほうがいいと考えています。AV業界全体の構造をどうすべきかについて被害者側に立つ私たちがひとつひとつ提案するのも適切ではないので、第三者に入ってもらって、そこに対して私たちも情報提供や提言をするということはあると思います。
――その場合の第三者委員会とは?
伊藤:第三者委員会は通常、弁護士が中心になって作られる場合が多いですね。私たちは被害者側の代表なので見ることのできない情報もあると思いますが、業界側が選任した第三者委員会であれば、調査権限を持って原因究明を進めることができる。
――たとえば第三者委員会が立ち上がったとして、HRNとしてはどのような提案を行うのでしょうか。
伊藤:違約金の禁止やスカウトの禁止。意に反して出演せざるを得ない事態を防止するメカニズムが必要だと思います。プロダクションのいないところで真摯な意思確認をすることや出演契約そのものに出演者が関わることが必要ですが、それだけでは十分ではない。たとえば撮影の際に、警察の取り調べと同じで、最初から最後までメイキングを録画しておく。その過程で女優さんの意に反することがなかったかを確認したものしか販売できないようにする。今は基本的にモザイクがかかっているかどうかだけが審査の対象なので。
■業界内で自主的にレギュレーションを
――6月末には制作会社の社長らが労働者派遣法違反で逮捕されました(※)
伊藤:これからどうなるか、業界としても予測不可能なのではないでしょうか。何が派遣法上の「有害業務」にあたるのかは裁判所の判断になりますが、それより前に業界が自分たちのコンプライアンスやOKラインを明確に示しておいたほうがいいと思います。拷問・集団レイプを題材にしたものなど、出演者の心身の健康に有害な内容や、実際の性交渉を伴うものなどはこれを機会にしっかりと見直してほしい。
(プロダクションやスカウトで強要が行われているという話もあるが)メーカーや配信業者が利益構造の頂点にいるわけですから、人権侵害をなくすための責任があります。自主的な規制基準を決め、流通・配信などが「チェックを通っていないものは配信しない」「売らない」ということを決めれば、プロダクションもそれを守らざるを得ない。トップがイニシアチブを取ることが大事だと思っています。
(※大手AVプロダクション「マークスジャパン」の社長らが労働者派遣法違反の疑いで逮捕された件。参考:「大手AVプロダクション社長逮捕、女優との「雇用関係」の有無がポイントに」(弁護士ドットコム/6月13日)
――たとえばアメリカでは、ポルノでは女優が笑っていないといけない、レイプ描写はいけないというような規制があります。
伊藤:アメリカは主に自主規制ですよね。表現の自由を尊重し、公的に規制してほしくないという発想がある。だから業界内で基準をつくって、自主的に規制しようという方向に発展したのだと思います。
――日本も、業界側が自主的に基準やレギュレーションを設けられれば。
伊藤:そうですね。
――IPPAやDMM.comと協力し、海賊版防止のシステムなどを使って、海外で違法にアップされている動画を削除していくという話があります。そこでは認識が一致している?
伊藤:そうですね。違法アップロード、著作権侵害の件については協力できるとよいと思います。一致させられるところは一致させて、進めていければと思っています。
伊藤弁護士への取材後の7月6日、週刊文春でAV女優の女性が所属事務所を出演強要で刑事・民事告訴することが取り上げられた(人気AV女優・香西咲が実名告発!「出演強要で刑事・民事訴訟します」)。また、7月8日には、CAの社長らがキャンプ場でのAV撮影について、公然わいせつなどの疑いで書類送検されたことが報じられている(キャンプ場でAV撮影=公然わいせつ容疑52人送検-警視庁)。
IPPAは5月の時点でHRNに対し、書面で「御団体は、AV業界内の私共では見えない側面が見えておられると存じます。内外両方から見えるもの、知っていることを合わせ調整することにより、今回のようなAV被害をなくしていくシステムを整備し、AV業界の健全化を一歩進められるのではないかと思います」という内容を送っている。強要はあってはならないこと、さらに健全化を進める必要があるという方向でIPPAとHRNの認識は一致しており、また海賊版防止システムの利用など具体的に協力することのできる案も上がっている。
AV業界に対する偏見はまだ根強いと言われる。取材中も「(AV業界関係者の)子どもがいじめられる」といった話も聞いた。職業を理由とした差別はあってはならないことであり、また、自分でAV出演を選ぶ人の意思は尊重されるべきだ。業界内に強要被害の訴えがあり、業界団体が対応を始めたのは事実だが、働く人が差別を受けないためにも、自ら「健全・安全な業界である」と示すことが大切なはずだ。そのために、強要被害の実態を明らかにすることや、業界内の基準・規制を明確にしていくことが求められている。両者の今後の取り組みに注目したい。