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365歩のマーチ――ロアッソ熊本の闘いと23歳のJリーグ

川端康生フリーライター

逆転、そしてまた逆転

2日続けて日立柏サッカー場でJリーグを見た。

土曜日はJ1の柏レイソル対アビスパ福岡。日曜はJ2のロアッソ熊本対水戸ホーリーホックだった。

土曜の試合では、立ち上がりから圧倒的に優勢だったレイソルが1点リードして前半を終えたが、ハーフタイムをはさむとゲームは一変。ロッカールームで井原監督に喝を入れられたアビスパが、闘争心をむき出しに相手に襲いかかり、続けざまに2ゴールを挙げて試合をひっくり返してしまった。

「優勢なチームがトドメを刺せないうちに、劣勢だったチームが蘇生する」といういかにもサッカー的な展開だったが、そこで収まらないのがJリーグ。その後、今度はレイソルが2ゴールを奪い返し、再逆転。

結局、3対2と順位に見合ったリザルトに落ち着いた。

3試合ぶりの勝利を飾ったレイソルは首位と勝ち点「6」差の5位。監督交代からスタートしたシーズンで望外の成果を挙げつつある。

一方、「プレーオフ昇格からのJ1残留」というミッションに挑んでいるアビスパは17位。それでも残留ラインとの勝ち点差はまだ「2」。修羅場で馬鹿力を発揮できるチームだから、このまま食らいついていければ十分期待できる。

地震の影響で「1試合未消化」であることを思えば、なおさらである。

黙祷とエールで始まった

日曜は、その地震で大きな影響を受けているロアッソ熊本のリーグ復帰2戦目、そして初の“ホームゲーム”だった。

もちろん日立柏サッカー場は柏レイソルのホームスタジアム。ロアッソのホームではない。本来のホーム「うまかな・よかなスタジアム(熊本県民総合運動公園陸上競技場)」で試合を行なえないため、ここでの開催となった。

試合は、黙祷と水戸サポーターからのエールで始まった。

この日のロアッソは3バック。前節の復帰戦では、約1ヶ月ぶりのゲームであることに加えて、フィットネスの低下が顕著だったから、少しでも運動量を抑え、ゲームを安定させようと考えたのだろう。

その狙いは奏功したと思う。攻撃面では1トップの巻にいいボールが入らず、セカンドボールをアタックに結びつけることができなかったが、スコアレスでハーフタイムを迎えた時点では悪くない試合運びだった。

後半17分には岡本のクロスに巻が飛び込み、ゴール目前まで迫った。もし、あれが決まっていればハッピーエンドも迎えられたかもしれない。

しかし、ゴールネットを揺らしたのはホーリーホックだった。後半36分、左サイドで相手のチェイシングをかわして前進。船谷のパスに三島が合せた。ロアッソの選手のキレは随分落ちていて、防ぐことはできなかった。

勝ったホーリーホックは勝ち点を「12」から「15」に伸ばし、13位に浮上。一方、敗れた「13」のままで18位に順位を落とした。

そう、この試合が始まるときには、5試合も未消化試合があるにもかかわらず、ロアッソの方が上位にいたのだ。

好発進だった

「地震」に関する部分がフォーカスされがちだが、実は今季、ロアッソは好スタートを切っていた。

開幕から松本山雅、徳島ヴォルティス、東京ヴェルディと下し、3連勝スタート。ギラヴァンツ北九州とは引き分けたものの、続くV・ファーレン長崎にも勝ち、この時点で4勝1分。

その後、清水エスパルス、レノファ山口に連敗したが、それでも順位は5位。それも2位・町田ゼルビアとの勝ち点差は「3」、首位・セレッソ大阪とも「6」差の好位置につけていた。

まだ序盤戦とはいえ、J1昇格を視野に入れて、これから盛り上がっていきそうな……そんなタイミングで地震に見舞われたのだ。

それが再びリーグに復帰したときには、ロアッソの順位は14位にまで落ちていた。戦線を離脱していた約1ヶ月の間に、リーグが5節進んだからだ。

Jリーグは東北の震災のときにも試合が延期になったが、あのときはリーグ全体が停止した。

しかし、今回は地震の影響があったエリアのチームのみ。その結果、消化試合にバラつきが生じることになった。

とりわけ5節も試合をすることができなかった熊本は、順位を大きく下げることになってしまったのである。

もっとも「大きく下げた」のに、復帰時点でロアッソは22チーム中14位。しかも昇格プレーオフ圏内まで勝ち点差は「6」という位置にまだいた。

「地震」以前のロアッソが好成績だったからこそ、である。

厳しい戦いが始まる

リーグに復帰できたロアッソだが、前節に続きこれで2連敗。1ヶ月のブランクが影を落とす戦いぶりと結果になった。

そして、厳しい戦いはこれからも続く。

まず、「5試合」の消化。もともとの試合スケジュールをこなしながら、その間に未消化分の試合を戦わなければならないのだ。

当然、過密日程になる。それも気温が上がり、ただでさえコンディション調整が難しい夏場に、だ。身体的な負担は相当大きい。

しかも、ホームで試合ができない。 

「うまなか・よかなスタジアム」は物資の集積場として、さらには避難所として利用されていて、建築の安全確認もまだできていないという。

すでに次のホームゲームが神戸で開催されることは決まっているし、6月以降は九州内のスタジアムで試合を行うことが検討されている。

余震の懸念も含めて考えれば、こうしたイレギュラーな状況が当分の間続くことになるだろう。

つまりロアッソは、毎試合を“ビジター”として戦い続けなければならないのである。

選手にとっては、移動、宿泊、試合、移動、宿泊、試合と「遠征」の連続になるということだ。本来あるべき、遠征と遠征の間の「自宅」がなくなるのは辛い。身体的にはもちろん、精神的にも疲労度が増すことになる。

しかも試合をするスタジアムが毎回違うのでは、スムーズに試合に入るのも容易ではない。中には初めて訪れるスタジアムだってあるだろう。

ロアッソの選手たちは、そんなあらゆるストレスを抱えながら戦い続けることになる。

クラブとホームタウンの闘い

厳しい戦いを強いられるのは選手だけではない。

ホームゲームをホームスタジアムで行なえない以上、チームの移動や宿泊の手配、用具の輸送など、スタッフの仕事量も膨大に増える。

ホームクラブとして毎回違うスタジアムでの試合運営も大変だ。警察や消防との打ち合わせに始まり、観客や関係者への対応、イベントの準備や実施など、やらなければならないことは多岐にわたる。

しかも、その舞台は不慣れなスタジアムなのだ。フロントの苦労も並大抵ではない。

そして、そんなすべては経営的にも影響を与えることになる。

毎週が実質的には“アウェイ”のようなものだから、移動や宿泊など「チーム」に関する出費が増えるのはもちろん、スタジアムの使用料だってかかるだろう。

さらに言えば、クラブスポンサーへの対応も気になる。柏での試合には「ロアッソのスポンサー看板」は出ていなかったが、この状態を今後も続けるわけにはいかないだろう。ずっと掲出しないままでは契約上の問題になる懸念があるからだ。

かと言って、試合のたびに看板を運ぶとなれば、経費や手間がかかる。

電卓を叩きながらの判断を迫られることになるだろう。

もっと言えば、ロアッソはリーグに復帰したとはいえ、熊本はいまも“被災”の中にいる。地元経済の浮沈は、当然、クラブ経営にも直接的な影響を及ぼすことになる。来年の、あるいはその先のスポンサー契約は大丈夫か……。

クラブやサポーターが普段当たり前のように口にする「ホームタウン」や「地域密着」とは、そんなリスクも含めたすべてを共有している――つまり運命共同体という意味を含んでいるということだ。

選手たちがピッチの中で戦うのと同じように、クラブの闘いもホームタウンを舞台にこれから始まるのである。

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8201人の応援

日立柏サッカー場には、そんなロアッソを支援する人々の姿があった。

サッカー協会の田島会長が募金箱を持って立ち、Jリーグの村井チェアマンも姿を見せた。ロアッソの“ホームゲーム”ではあったが、柏レイソルのスタッフたちが(前日に続いて)運営を手伝い、そこにサッカー協会とJリーグからも応援が加わっていた。

レイソルのボランティアも(やっぱり前日に続いて)会場整理にあたり、流通経済大学のサッカー部員たちがボールボーイを務めた。また「キャプテン翼」の作者、高橋陽一も長時間にわたってチャリティで似顔絵を描き続けた。

何より素晴らしかったのはスタンドを埋めた観客だ。驚いたことに土曜のJ1の試合(8011人)より、日曜のこの試合の方が観客が多かったのだ(8201人)。

ロアッソの本当のホームゲーム(うまかな・なかなスタジアム)での平均入場者数は7000人程度だから、それを上回る観客が集まったことになる。

言うまでもなく入場料はホームクラブの収入になる。その意味では「8201人」は、ロアッソへの(精神的なだけでなく)現実的な支援となったはずだ。

特に、出費がかさむイレギュラーなホームゲームで、観客が少なければ利益が出ない危険性もあったことを思えば、なおさらである。

次節、ノエビアスタジアム神戸で行なわれる町田ゼルビア戦も、やはりロアッソのホームゲームである。一人でも多くの人にスタンドを埋めてほしい。

ちなみに土曜のJ1より観客数が多かった最大の理由は、アウェイサポーターの違いだったと思う。今回ロアッソがホームゲームを行った柏は、実は水戸と近い。だからホーリーホックのサポーターが多く来場することができたのだ。

これは今後の“ホームゲーム”の場所を決める際に参考にした方がいい。ロアッソが入場料収入を少しでも確保するための判断材料の一つにするべきだろう。

23歳のJリーグ

日立柏サッカー場で2日続けてJリーグを見た。同じスタジアムの、同じシートに座って2試合を見たから、J1とJ2のレベル差も、それぞれのサポーターが陣取るゴール裏の雰囲気の違いも、いつもよりずっと鮮明に感じた週末だった。

ピッチの外でも心揺さぶられるシーンの多い2日間だった。熊本から来たサポーターから聞いた道中記も楽しかったし、赤いタオルマフラーを購入する黄色いサポーターの姿も心強かった。

そういえば水前寺清子も登場した。「この年になってこんな格好をするなんて(ユニホーム上下)」と照れていたが、年齢を感じさせないキレのある動きでスタンドを盛り上げてくれた。

九州出身の僕にとっては子供の頃から身近な存在。「365歩のマーチ」も耳に馴染んだ歌……のはずだったのに、チーターの歌声を聞いているうちに胸が熱くなってしまって、自分でも驚いた。

あの日の、あの場所だったからこそ、あんなにも心に沁みたのだと思う。いまさらながら、いい歌だとしみじみ気くことができた。

ロアッソ熊本がリーグ戦に復帰した5月15日は、Jリーグの“誕生日”だった。1993年に誕生したJリーグも、今年で23歳になった。

色々なことがあった。3歩進んで2歩下がるような23年間だった。

たとえばフリューゲルスがなくなったとき、Jリーグは色々なことを感じ、色々なことを考え、色々なことを変えたり、整えたり、準備したりした。

23歳なりの経験をして、知恵も力もつけてきた。

蓄えてきた実力を、「ロアッソ」と「熊本」で証明したい。

腕を振って、足をあげて、これからもJリーグが歩いていけるように。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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