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「歩きたいとは思わない」彼女が世界一カッコいい車椅子ライダーになりたい理由

高瀬敦ドキュメンタリスト・映像ディレクター

金髪、革ジャン、ワンピースにロングブーツ。そして、ピンクの車椅子。安室奈美恵に憧れ映画を愛する中嶋涼子(36)は、今日も日本全国を飛び回っている。彼女は車椅子インフルエンサー。SNSやYouTubeでアクティブに様々なチャレンジをしたり、障がい当事者としての困りごとなどを赤裸々に発信することが仕事だ。彼女のこだわりは「カッコいい車椅子ライダー」であろうとすること。その理由とは…?

●突然の車椅子生活

中嶋涼子は自分の足が動かなくなった日のことを忘れたことはない。体を動かすことが大好きで、一輪車と竹馬とけん玉が得意な普通の女の子だった。小学3年の冬、学校の休み時間に鉄棒から地面に着地した瞬間、足に力が入らなくなった。保健室にいる間に足はついに全く動かなくなった。原因不明のまま「横断性脊髄炎」と診断され、車椅子生活が始まった。

●車椅子が恥ずかしい

車椅子がカッコ悪いから恥ずかしい。外出した時に感じる周囲の目が嫌いだった。坂道や段差のせいで、今までは気軽に行けた場所に一人で行けなくなったこともショックだった。通路が狭い店内では人や商品に車椅子が当たってしまい、「すみません」と謝ってばかり。そのうち、「街に出るのが怖い。車椅子姿を見られるのが恥ずかしい」と引きこもるようになった。

●映画との出会いが人生を変えた

外出しない日々に変化をもたらしたのが映画だった。友人が無理やり連れ出してくれた映画館で観た当時の大ヒット映画「タイタニック」。しばらく放心状態になるほどの感動を覚えた。もう一度見たくなった。そして、また、もう一度。今度は違う映画館で。最初は親と、そして友人と。

やがて、一人で出掛けるようになった頃には、もう人の目が気にならなくなっていた。階段や段差も、周囲にいる人に気おくれせず手助けを頼めるようになった。映画館にバリアフリー仕様ではないからと断られても、大丈夫だと押しきって入った。結果、11回も観に行った。その頃には外出を怖いと全く感じなくなっていた。映画との出会いが、中嶋に一歩踏み出す勇気、前向きに生きる希望を与えたのだ。

●アメリカでの経験が自信になった

タイタニックとの出会い以来、沢山の映画を見続け、やがてハリウッドで映画に携わる仕事がしたいと思うようになった中嶋は高校卒業後ついに念願のアメリカ留学を果たす。アメリカのキャンパスには日本とは比べ物にならないほどに沢山の車椅子ユーザーがいて、多種多様な人種、年齢の学生がいた。

街を歩けば、「ハロー、どうして車椅子なの?」とすれ違った人が話しかけてきて自然と会話が弾む。アメリカの公共トイレは障がい者法によって車椅子ユーザーも使いやすい仕様になっているため、中嶋は「生まれて初めて健常者の女友達と連れションができた・笑」と話す。

アメリカで知り合った車椅子ユーザーは皆、堂々と生きていて、見た目もおしゃれでカッコいい。歩行者道路の段差の少なさや、人々の障がい者に対するコミュニケーションの方法など、ハード面でもソフト面 でも日本より格段にバリアフリーなアメリカでの生活は中嶋にとって自分が障がい者 であることを忘れてしまうほどに生きやすいものだった。

●心のバリアフリーを広めたい

夢だった映画関係の仕事も決まって、意気揚々と帰国した中嶋を待っていたのは逆カルチャーショック、障がい者に厳しい日本の過酷な現実だった。街中では周囲の排他的な視線が突き刺さり、困っても気軽に声をかけてくれる者もいない。通勤電車では常に邪魔に扱われているように感じ、トイレもわざわざ『障がい者用』を探さなくてはならない。

アメリカ留学の前には乗り越えていたはずの障がい者としての居心地の悪さ、生きづらさが再びぶり返してきたのだ。そんな中、中嶋は考えた。障害を作っているのは日本の社会そのものではないのか、と。では、この国で障がい者も心地良く共生できる環境を作るにはどうすれば良いのか。相手の気持ちを大事にして踏み込まないのは日本人の良い面でもあるが、その遠慮が障壁となっているのではないか。そして、出た答えが健常者と障がい者との間に立ちはだかる壁を壊すこと。この国に必要なのは「心のバリアフリー」なのだと。中嶋が車椅子インフルエンサーになると決めた瞬間だった。

●インフルエンサー中嶋涼子の誕生

先ずは「車椅子ユーザーたちに一歩踏み出す勇気を与えたい」と中嶋はパラグライダーやSUPなどにチャレンジし、その様子をツイッター、インスタグラムなどのSNSやYoutubeに発信した。「車椅子でも生きる勇気がわいた」「外出したくなった」などの多くの反応があった。Youtubeの最高再生数は96万回を超えた。

自らの恥部も曝け出した。下半身不随による筋力不足で太りやすいためにぽっこりとはみ出た下腹も公開、ダイエットなどの食事制限はもちろん、動かせる上半身を駆使して筋トレに専念、少しづつ痩せていく様の全てを発信した。

●車椅子を「恥ずかしい」から「カッコいい」へ

かつて車椅子を恥ずかしいと感じたことで長く引きこもった中嶋は、未来の潜在的な車椅子ユーザーたちのためにも、車椅子や障がい者のイメージを変えたいと考えている。「車椅子がカッコいいアイテムになれば、ある日突然車椅子になっても自分のように絶望しないですむ」。だから中嶋は9歳で成長が止まってしまった細くて短い足をロングブーツで長く見せ、障がい者のか弱いイメージをライダースジャケットでタフなイメージに覆そうとする。 「伊達メガネみたいに、車椅子も健常者が乗りたくなるようなクールなアイテムにしたい」。だから、車椅子や障がい者のイメージを変えるために「私は世界一カッコいい車椅子ライダーになりたい」

健常者と障がい者との間に立ちはだかる壁を壊すためには、健常者の意識も変える必要があると中嶋は考える。小学校の同級生たちは、大人になった今でも会うと自然に車椅子を押してくれ、身の回りのことにも自然に気づかってくれる。子供の頃に障がい者と触れ合えば、壁のない大人に成長するのだ。それならばと、中嶋が最近もっとも力を入れているのが、小中高校生への講演活動だ。

●全国の小中高での講演活動

青森県三沢市への出張。目的は市が企画しているバリアフリーツアーに対する車椅子当事者目線でのアドバイスと、三沢高校での講演会。 中嶋がパラリンピックのホストタウン事業でアドバイザーを務めた縁で、今回は市から2度目の依頼だった。

最近は全国でも増えてきたバリアフリーツアーの取り組みだが、当初から彼女の助言は一貫している。それは、全ての公共空間を障がい者と健常者が一緒に楽しめる場所にすること。そんな場所を全国にもっともっと増やすことが彼女の壮大な目標であり、その目線で旅を楽しむ様子も発信している。全ては障がい者が外に出たくなる社会を作るためだ。

講演会では自らの体験を元に「どんな状況でも人は楽しく生きていける」を子供たちに伝えている。逆境を乗り越えるためのアドバイスであり、障がい者と触れ合い身近に感じて貰うことで、壁を取り払う心のバリアフリー活動の一環でもある。そして、ここでもまた、「カッコいい」がとても重要なのだ。中嶋が「可哀想な障がい者」ではなく、「カッコいいお姉さん」として車椅子をもっと身近でクールなアイテムだと感じてもらうために。

クレジット

演出 / 撮影 / 編集
高瀬 敦

企画
夏井 佳奈子

プロデューサー
井手 麻里子

制作協力
スタジオグリフォン

ドキュメンタリスト・映像ディレクター

Studio Griffon代表。北九州市出身。アメリカから帰国後、番組制作会社を経て2000年に独立。神戸のジャズシーンを旅人からの視点で描いた「Jazzy Kobe」(2014・NHK WORLD)がワールド・メディア・フェスティバル、観光ドキュメンタリー部門の最優秀1位・金賞を受賞。気候変動によって住む土地を奪われていく世界の環境難民を追ったシリーズ「環境クライシス」(フジテレビ・2017年~)では、フジテレビ局長賞ほか受賞。最近の課題は観たあとに優しい気持ちになれる映像を生みだすこと。現在は多様性をテーマにしたドラマシリーズ「カイルとリョーコ」(2021秋・公開予定)を制作中。