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秩父宮で「2年後の夢」と「5年後の現実」を想う

川端康生フリーライター
(写真:アフロスポーツ)

2016年リオデジャネイロ五輪へ

 秩父宮に「東京セブンズ」を見に行った。7人制ラグビーのワールドシリーズである。

 もしかしたら知らない人もいるかもしれないが、「7人制ラグビー」は次回リオデジャネイロ五輪から正式種目として実施される(男子だけでなく女子も行われる)。

 これまでラグビーに関心のなかった人も、かつての黄金時代(本城和彦、松尾雄治、平尾誠二、堀越正巳、吉田義人……どこかに引っかかる人は多いはず)を知る人も、この「オリンピック」は好機。ぜひとも「もう一つのフットボール」にも触れてほしいと思う。

 ちなみにオリンピックに出場するには、ワールドシリーズでランキング4位以内に入るか、大陸予選を勝ち抜かなければならない。

 現在の日本の実力からすれば、トップ4になることは難しいから、「アジア代表」を目指すことになる。それだって簡単ではないが、男子の方は十分チャンスがあるし、女子(サクラセブンズ!)も可能性がないわけではない。応援のしがいはある。

 注目選手もいる。二人の大学生、藤田慶和(早稲田)と福岡堅樹(筑波)である。ともに「15人制」の日本代表にも名を連ねる日本ラグビー界期待の星だ。

 どちらもスピードがあり、とにかく速い。東京セブンズでも彼らがボールを持つと、スタンドが沸いていた。

 藤田はフィジカルも強くて、チャンスメーカータイプ。切れ味で上回る福岡はトライゲッターだ(サモア戦でも2トライを挙げた)。

 いずれにしても日本ラグビー界久々の(ラグビーファン以外にも人気が出そうな)スター候補生。大学、日本代表、そしてセブンズと活躍の場が多いから見に行きやすい。ぜひラグビー場に足を運んでほしい。

「7人制」に話を戻せば、ラグビー初心者でも楽しみやすいことも魅力だ。

 基本的なルールは15人制と同じだが、モールやラックといった(何が起きているのか)わかりにくい局面は少ないし、その一方でランニングシーンが多くて、スピード感がある。「ラグビーは難しくて……」という女性でも、「行けーっ」と盛り上がりやすい。

 それに大会そのものもエンターテイメント色が強い。BGMが流れ、MCが観客を盛り上げる雰囲気は、ビーチバレーあたりと似ている。

 東京セブンズでもスタジアムでは様々なアトラクションが行なわれていて、ちょっとしたお祭りのようだった。

2019年ワールドカップは日本開催

 そんなアトラクションの一つに「観戦記念フォトサービス」があったので、僕も(さすがにフェイスペイントはやらなかったが)撮影してもらった。写真を撮る際に係りの女性がボードを渡してくれて「5年後に向けて夢とかメッセージを書いてください」。

 5年後――もしかしたらこれも知らない人がいるかもしれないが、2019年にラグビーワールドカップが日本で開催されるのだ(新国立競技場の最初のビッグイベントは、東京五輪ではなく、この大会)。

 実はラグビーのワールドカップは、サッカーのワールドカップ、オリンピックに次ぐ、世界で3番目に大きなスポーツイベント。そんな大会が日本に来るのである。

 ちなみにラグビーのワールドカップは、これまでニュージーランド(オールブラックス!)やオーストラリア、イングランドといったラグビーネーションで行なわれてきた。

 その意味では、「日本」開催はIRB(国際ラグビーボード。サッカーのFIFAのようなもの)にとってもチャレンジングな試みということになる。

 もちろんアジアでは初。要するに、サッカーの2002年ワールドカップが日本(と韓国の共同開催)で行なわれたときと似たような位置付けの大会と言っていいだろう。

 ただし、日本国内の状況は随分違う。

 サッカーの場合は、2002年大会に向けてプロリーグ(Jリーグ)を創設し、すでに人気が高まっている中での開催だったが、ラグビーの方はワールドカップが行なわれることすらあまり知られていない。

 だからこそ(7人制とはいえ)リオ五輪は大きな意味を持つ。オリンピックに出場し、ラグビーへの関心度が高まり、2019年に結びついていく――それが理想のシナリオというわけだ。

(一方で、ラグビーの日本代表は、これまですべてのワールドカップにアジア代表として出場している。サッカーの日本代表が、2002年開催決定時にはまだワールドカップに出場したことがなかったことを思えば、競技力という点ではラグビーの方が先んじているとえるかもしれない)。

ラグビーの街で

「5年後に向けて夢とかメッセージを……」と言われた僕は、少し迷ってこう書いた。

<釜石で!>

 5年後のワールドカップを、釜石で見たい……そう願っているからだ。

 言うまでもなく釜石はラグビーの街である(駅を降りると目の前に製鉄所があって、その屋根にもデカデカと<鉄と魚とラグビーの街>と書いてある)。

 日本選手権7連覇。燃える高炉の真紅のジャージをまとった「北の鉄人」、新日鉄釜石ラグビー部の果たした偉業は、日本スポーツ史に燦然と輝く。

 その後、新日鉄は住友金属と合併し、チームはクラブチームへと変わったが、地元の人たちが大漁旗(富来旗という)を振って応援する姿はいまも変わらない。

 ちなみにクラブチームの名前は「釜石シ―ウェイブス」という。震災後には関係者はチーム名を変えることも考えたらしい。

 しかし、市民たちからは特にクレームもなかったという。国民的な人気バンドが「TSUNAMI」を封印しているのとは随分温度差があるが、それこそが釜石のラグビー熱なのだと思う。

 道路には<2019ワールドカップを釜石で>といったロードサインが掲げられていたりする。昨年訪れたときにそれを目にして僕は「さすが釜石」とうなずいたものだ。

 人口は3万を超える程度。世界的なビッグイベントを開催するには小さい。でも、ここはラグビーの街なのだ。開催地になる資格は十分にある。

 ところが――昨年僕が出会った釜石のラガーマンは逡巡していた。

「もちろんワールドカップを開催したい。でも、やっぱり大きな声でそれを言うわけには……」

 釜石では震災で1000人を超える人たちが命を落とした。小学生たちの「奇跡」の一方で、避難所だと思って逃げた建物で「悲劇」も起きている。そして、いまも避難所で暮らす人たちが5000人余り……。

 釜石で暮らしている人たちはそんな現実を日々目にしながら生きている。だからスタジアム建設などのコストがかかるワールドカップ開催を声高に叫ぶことはできない、というのである。

「被災したからこそ、街の誇りであるラグビーを旗印に、未来へ向かって立ち上がりたい」という思いと、「ワールドカップどころではない人たちのことを思えば、まずは生活再建」という思いを交錯させて、顔を曇らせている彼を目の当りにして、僕はうつむくしかなかった。

僕たちの「現実」

 3年前のあのとき、僕たちは復興を支援すると誓ったはずだ。

 しかし現実には(釜石のみならず被災地では)、3年が過ぎたいまも復興住宅の建設は遅々として進まず、その大きな要因となっているのは人手と資材の不足で、それなのに東京ではスクラッブ&ビルドが絶え間なく繰り返されていて、そればかりか今後は東京オリンピックの会場建設とのバッティングが……。

 そんな文脈を辿り直してみれば、もはや「僕たち」は支援者なのかどうかさえ怪しくなってしまう。

 少なくとも「絆」だ「ひとつ」だと美しい響きのフレーズを連呼している間に、彼我のギャップは随分広がってしまったのだ。

 被災地で「東京五輪」に疑問を感じている人が多いというアンケート結果を、僕たちは見て見ぬふりはできない。

 そもそも考えてみれば、なぜ釜石の人たちは二択を強いられなければならないのだろう。

 生活再建か、ワールドカップか。

 どちらか一つしか選んではいけないのか。どちらも望んではいけないのか。

「当たり前の生活」を取り戻し、さらに未来への糧としての「ワールドカップ」を開いてはいけないのか。

 そんなふうに考えて、僕はうつむき、うつむきながら憤り、そして恥じる。

彼らに二択を強いているのは、突き詰めれば「僕たち」自身に他ならないからだ。

5年後の「夢」

 ワールドカップ開催地への立候補届け出期限は今年の秋。決定は来年春の予定だ。

 もちろん立候補を決めるのは釜石の人たち。実際、ワールドカップに反対の人も釜石にはいる。でも、その多くは「ワールドカップをやりたくない」のではなく、「ワールドカップより優先すべきことがある」と考えているのだと思う。どちらも実現できるのならきっと――。

 3年前、悲しみに押し潰されそうになりながら拳を握りしめて耐えている人たちを僕たちは見た。

 その拳を上へ、今度は力強く突き上げさせてあげたいと思う。できれば笑顔で。そんな姿を見たいと思う。

 もしそれを実現できれば、あれからの日々で生まれてしまった溝を埋めることもできると思う。

 もしもそれを実現できたなら、僕は「僕たち」自身=この国を、信じられる気がする。

 だから、<釜石で>。

 それが5年後に現実になってほしい僕の夢だ。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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