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川崎の連覇は「?」 2021年Jリーグ開幕

川端康生フリーライター
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

ビューティフルゴール

 ファーストゴールが生まれたのは21分だった。

 右サイドで脇坂と田中がパス交換。寄せてきた相手の背後に脇坂が浮き球のパスを入れたときには、山根は走り出していた。

 バウンドしたボールに山根が追いついたのはゴールラインぎりぎり。選択肢はあれしかなかった。ジャンプしながらヒールパス。

 それでもアクロバティックなプレーには確信のようなものが見えた。そして事実、折り返されたポジションには家長がちゃんといて、左足でズドン。

 こうして改めて辿り直してみても、かなりタイトなプレーである。

 しかし、そんな高難度のパスワークでさえも、淀みなく滑らかに実行してしまうあたりがフロンターレのフロンターレたる所以なのだろう。

 フリーランニング、シンクロ、ポジショニング、ブレないスキル。

 あらゆるクオリティが高いから、難しいプレーが難しく見えない。そしてゴールネットが揺れた後に残るのは「美しいゴール」の印象だけである。

 新たなシーズンの最初の得点は王者にふさわしいゴールだった。

 連覇へ向けて盤石のスタート、そう感じさせるキックオフだった。

4868人の開幕

 2021年のJリーグが始まった。

 金曜ナイターの川崎フロンターレ対横浜F・マリノスでオープニング。週末に全国各地で9試合が行われ、J1全20チームがシーズンインした。

 もちろん、どこか不穏な始まりであることは否めない。

 昨季の初戦では2万1117人で埋まった等々力のスタンドは、この日は4868人。「5000人上限」からみれば、着券率は97%という驚異的な数字だが、眼前に広がる空席と静寂のスタジアムにいて、お尻の冷たさが妙に気になる開幕戦でもあった。

 1年前は金曜に平塚、土曜に等々力、日曜に横浜と開幕節を3日続けて見た。

 すぐ近くの横浜港ではダイヤモンド・プリンセス号の集団感染が起き、国内でも感染者がすでに出始めていたが、コロナウイルスがこれほどシビアな状況を招くことになるとはまだ想像さえしていなかった。

 僕はマスクをつけていたが、その理由を「コロナじゃなくて花粉対策で」と知人に説明した記憶がある。数日後に(他競技に先駆けて)リーグ戦とルヴァン杯の開催延期が発表されたときにも「さすがJリーグは意思決定が早いね」なんて話していたくらいで、やはりまだ切迫感は薄かった。

 その後に起きた変化は、もはや振り返ることが難しいほど面的にも質的にも広く大きいが、当初「感染して集団免疫を」というスタンスだったヨーロッパ先進国が「ロックダウン」を余儀なくされる状況に追い込まれ、リーダーが「陰謀論」さえ口にしていたアメリカではついに「第一次大戦、第二次大戦、ベトナム戦争の合計よりも多い死者数」に達した末に、そんな先進国間で「ワクチン」を巡ってのいがみ合いが起きている――のが、あれから1年後の世界ということになる。

 そんな中でJリーグは……と続けるのは開幕原稿にそぐわない気がするので詳しくは触れないが(せっかくのオープニングマッチなのだからやっぱりサッカーの話をしたい!)、僕はJリーグは相当うまく対処していると思う。

 何より、振る舞いが丁寧だし、取り組みが細やかだから、世間の印象がいい。

 ドイツでさえブンデスリーガの(リモート)再開を巡って批判や非難が起きたことを思えば、Jリーグに対する国民の好意的な視線は(創設からの歴史的遺産も含めて)何よりの原資であり、誇りにしていいことだと感じる。

 またリーグのマネジメントが強く、クラブの力量不足を補ってあまりあるほど機能していることも心強く映る。

 現政権になぞらえれば、「自助」だけでは立ち行かなくなっても「公助」で何とかしてくれるから大丈夫、と安心できるくらいの充実したサポートである。

 僕自身は、Jリーグの存在意義は地方分権の推進であり、そのためにはクラブ自立こそ、と強く願ってきたから内心複雑な思いもないではないが、リーグ主導によるマネジメント力は「Jリーグのストロングポイント」と感じる1年でもあった。

川崎の独走は「?」

 さてオープニングマッチである。

 ビューティフルゴールの後にも、同じ右サイドから今度は田中がクロスを入れて、これを家長が点で合わせて追加点。フロンターレが2対0で勝利を収めた。

 絶対的優勝候補が盤石の白星スタート。連覇も確実か……となりそうだが、そう簡単にはいかない気もしている。

 実は「史上最強」の勝ちっぷりで制した昨シーズンも、終盤の10試合は5勝2敗3分。それまでが凄かったし、天皇杯も獲ったから、「勝ち続けていた」ような印象が残っているが、シーズン後半では失速、とは言わないが、”減速”くらいはしていたのだ。

 川崎とは逆に、前半戦で苦しんだものの尻上がりに調子を上げた鹿島方面から「序盤の躓きがなければ……」という声が聞こえてくるのも、そのあたりを感じているからだろう。

 勝負している当事者だからこその「敵わない相手ではなかった」というリアルな皮膚感覚なのだと思う。

 今年に入っても、スーパーカップは勝つには勝ったが、辛勝だった。特に後半はガンバ大阪に押し込まれ、2点差を追いつかれている。

 それでも土壇場で、小林のゴールで勝ち切ったのは勝者のメンタリティの発露(王者のメンタリティと言ってもいい)。昨季だけでなく近年の躍進でクラブが培ってきたプライドと執念が、劇的な歓喜をたぐり寄せる神通力になったのだ。

 しかし、昨シーズンのように相手を寄せつけない勝ちっぷりだったかといえば、そうでもなかった。

 それはこのオープニングマッチも同じで、前半2対0としたものの、後半はむしろマリノスの時間帯の方が長かった。

 前田に前線からプレッシャーをかけられ、ラインがやや間延びし始めると、連続攻撃を受ける場面もあったし、もし1点を許せば(たとえば64分のオナイウのポスト直撃のシュートがゴールインしていれば)ピッチの空気ががらりと変わりそうな危うさもあった。

 要するに、ゴールは美しかったし、結果も完勝なのだが、ゲーム内容的には決して圧勝ではなかったのだ。

 だから――少なくとも昨シーズンのような独走はできないのではないか。

 そう感じる開幕戦でもあった。

ACL、東京五輪……でも、やっぱり

 もちろん(もはやこの他の話題では定番だが)ACLとの兼ね合いもある。

 とりあえず4月の終わりから5月の初めまで、中2日で6試合を戦わなければならず、勝ち上がるとさらに9月、10月、11月とリーグ終盤戦と重なってACLが入る。

 加えてフロンターレは東京オリンピックの影響も受ける。川崎市がイギリスの事前キャンプ地となっているため、等々力競技場はイギリス(オリ・パラの陸上、サッカー、ラグビー)のチームが使用。7月、8月の丸々2ヶ月間、フロンターレはホームゲームがないのだ。

 6月26日を最後にアウェイ8連戦である。

 ……と書いてきておいてナンだが、我ながら苦笑している。やっぱり川崎は強いのだ。強いと思っているからハンデとなりそうな材料を探して並べたくなる(弱いチームにはこんなことはできない)。

 そもそも「独走はできないのではないか」なんて言い回しが、「優勝はするだろうけど」と背中合わせでもある。

 2021年のJリーグが始まった。

 19チームが川崎フロンターレに立ち向かう、いつもより少し長く重苦しいシーズンが始まった。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

誰がパスをつなぐのか

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