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タブーだらけの事件でマスメディアが探してきた奇妙な”犯人”

橘玲作家

神奈川県相模原市の福祉施設で19人が刺殺された事件は日本じゅうに衝撃を与えると同時に、報道・ジャーナリズムの限界をも示しました。なぜならこの事件が、「言ってはいけない」ことばかりで構成されているからです。

事件を起こした26歳の元職員は、衆議院議長公邸を訪れて重度の障がい者の「安楽死」を求める手紙を渡すなどの異常な行動で精神科病院に措置入院されたあと、「他人に危害を加える恐れがなくなった」との医師の診断で、家族との同居を条件に3月に退院を許可されていました。

しかし、容疑者の精神疾患を強調した報道は、精神障がい者への偏見を煽るとして強く自制を求められます。本人の意思に反して強制的に病院へ収容する措置入院は人権侵害と背中合わせで、退院を許可した医師への批判は「おかしな奴はみんな病院に入れておけ」ということになりかねません。

報道によれば容疑者は両親と別居したまま生活保護を受給しており、これは退院時の条件に反するほか、父親は公務員で経済的には子どもを援助できない理由はありません。とはいえ、別居を余儀なくされたのは子どもの異常行動が原因でしょうから安易に親の責任にすることはできず、さらには生活保護の問題を追及すると他の受給者への偏見を煽ることにもなってしまいます。

この事件の特異な点は、被害者の顔写真はもちろん氏名すら公表されないことです。これはもちろん、本人が特定されることで障がい者やその家族への差別や偏見が助長されるおそれがあるからでしょう。

容疑者が4年前に施設に就職したときは「明るく意欲がある」と思われており、その後急速に、入居者への暴言や暴行を繰り返すようになったとされます。この極端な性格の変貌をジャーナリズムの手法で検証しようとすれば、彼が施設でどのような体験をしたのかの取材が不可欠でしょうが、こうした報道もいっさいできません。

以前、リベラルな新聞社の若い記者から、「“偏向”の理由はイデオロギーではなく、わかりやすさなんです」という話を聞きました。デスクは「むずかしい話は読者が読まないからとにかくシンプルにしろ」と要求しますが、複雑な事情を限られた行数でわかりやすく書くことのは困難です。こうしてリベラル系は「反安倍」、保守派は「反日叩き」の善悪二元論になっていくというのです。

その意味で相模原の事件は、さまざまな制約から単純な善悪二元論があらかじめ封じられており、そうかといって事件の重大性から報じないわけにもいきません。こうしてマスメディアは、きわめて奇妙な「犯人」を探し出してきました。それは大麻です。

容疑者が大麻を使用していたことが事件と関係あるかのように大きく報じられていますが、これにはなんの医学的な根拠もありません。オランダは1970年代から大麻が合法化されており、近年はアメリカ各州が続々と大麻合法化に踏み切っています。「大麻精神病」が凶悪犯罪を引き起こすのなら、とっくに海外で大問題になっているでしょう。

タブーを避けながらわかりやすさに固執すると、結果としてデタラメな報道が垂れ流されることになってしまうのです。

『週刊プレイボーイ』2016年8月22日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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