観光研究者が見た「VTuber「周央サンゴ」×志摩スペイン村コラボイベント」の面白さ
シリーズ「コンテンツツーリズムの現場」①
筆者は博士号を観光学で取得した研究者です。とりわけ、アニメやマンガ、ゲーム等のコンテンツを動機とした旅行行動や、コンテンツを活用した地域振興、すなわち「コンテンツツーリズム」を専門にしています。
コンテンツツーリズムの中でも「アニメ聖地巡礼」は注目度が高く、研究も数多くなされてきました。ただ、コンテンツは当然アニメだけではありません。今回は2回シリーズで「コンテンツツーリズムの現場」を見ていきたいと思います。1回目の今回は「VTuber」のコンテンツツーリズムです。
1.志摩スペイン村とVTuber「周央サンゴ」と観光研究者
2023年3月19日(日)大安吉日。筆者は、とあるテーマパークに一人たたずみ、チュロスを求めて店頭に並ぶ人々の列の長さに圧倒されていました。そのテーマパークは「志摩スペイン村 パルケエスパーニャ」(以下、スペイン村)。スペイン村は、1994年開園の近鉄レジャーサービス株式会社が運営するテーマパークです。
私事で恐縮ですが、私は奈良県奈良市の近鉄沿線で育ちました。駅に行くと常に「エスパ~ニャ~♪太陽と歌を求め~て~♪」というテーマ曲「きっとパルケエスパーニャ」が流れており、おなじみのテーマパークです。しかし、大変失礼なことに、今回お邪魔するまでは、一度も足を踏み入れたことがありませんでした。
齢39にして、初めて訪れたのにはわけがあります。そう、VTuberの周央サンゴさん(以下、ンゴちゃん)とのコラボイベントが2023年2月11日(土)から4月2日(日)の日程で開催されたからです。
なぜ観光研究者が突然VTuberに関心を持ち始めたのか、これにも理由があります。実は、筆者も大学に勤めながらもVTuber「ゾンビ先生」として、日々動画を投稿したりライブ配信を行ったりしているのです。コロナ禍で遠隔授業を実施するにあたって、学生たちになんとか楽しい授業を提供できないかとはじめました。
VTuberとはいかなるものかを知るべく、様々なVTuberのライブ配信を研究しました。これがとても面白く、すっかりVTuber文化のファンになってしまうとともに、その独自のコミュニケーションの仕方や文化のあり方が面白く、研究としても取り組み始めていました。そんな中、VTuberとテーマパークがコラボイベントを行うと聞き、「自分が調査せねば誰が調査するのだ!」と使命感にかられたのです。
以下では、自分自身が現地を見て、また、志摩スペイン村のスタッフへのインタビュー調査から得られた知見を、研究者の目線から分析していきたいと思います。コラボイベントの経緯やその詳細、成果については以下の記事で詳細に語られていますので、そちらをご覧ください。
「来場者23万人超…志摩スペイン村×周央サンゴさんコラボ、なぜ大成功した?企業担当が知っておくべき「愛」と「リスペクト」のあり方」
https://www.businessinsider.jp/post-268602
2.コラボイベント中の現地の様子
まずは、皆さんに現地の様子を知っていただくべく、現地調査で撮影した写真とともに、コラボイベントをふりかえりたいと思います。志摩スペイン村の最寄り駅は近鉄「鵜方駅」。改札を出ると、早速「ンゴちゃん」が出迎えてくれました。「来て!」の圧力がすごいです。
こちらも改札を出たところですが、等身大パネルと一緒に撮影ができます。VTuberは、大変人気の文化ではありますが、まだまだご存じない方も多いものです。今回のコラボイベントに関してNHK津が番組を制作し、筆者はそれにかかわらせていただいたのですが、その時もディレクターは「VTuber文化を知らない方にどのように伝えるか」に心を配っていました。そうした状況の中で、こうして現実の空間にンゴちゃんが大きく展開されていることは、素朴にとても嬉しく思いました。
3.周央サンゴのわくわくスタンプラリー
スペイン村に着くと入り口で、「周央サンゴのわくわくスタンプラリー」(チュロス引換券付き)を1500円で購入します。このチュロスはンゴちゃんが「世界一うまい」とオススメしていたものですから、ファンは(研究者としても)食べなければなりません。
まず、このスタンプラリーが非常によくできていました。スタンプラリーの台紙には、スタンプを押すためのページのみならず、「志摩スペイン村周央サンゴ ゆかりの地MAP」と書かれたページがあります。つまり、聖地巡礼マップです。
このMAPを見ながらスタンプを押していき、すべて揃えて総合インフォメーションに行くと、特製ステッカーがもらえます。
一般的に、スタンプラリーの効果は、旅客にスタンプのある場所を巡ってもらうことです。特に景品が豪華なものになると、その景品が欲しい人はスタンプのある場所をすべて巡り、その身体的移動に伴って様々な消費行動を行います。ただ、今回のスタンプラリーには独特のホスピタリティにあふれた仕掛けがなされていました。
それは、スタンプが設置されている場所が、すべて周央サンゴさんがライブ配信で紹介したところばかりであることです。ここで結論めいたことを言ってしまうと、今回のコラボイベント全体がファンから非常に好意的に受け止められたのは、全体を通して「コンテンツへの敬意」にあふれていたためなのです。
コンテンツツーリズムをはじめとした、ファンの愛が強い対象に関する観光では「あざとい仕掛け」が嫌われる傾向にあります。たとえば、今回の場合でも、スペイン村は、ンゴちゃんのファンが数多く訪れることを見越して、ンゴちゃんとは直接関係のない場所にもスタンプを置き、巡ってもらおうとすることもできたわけです。しかし、それをせず、ンゴちゃんが紹介した場所にスタンプを配置したのです。
このことは今回のコラボイベントの成立経緯にも表れています。ンゴちゃんは、VTuberグループ「にじさんじ」に所属しています。ンゴちゃんは、2021年12月11日に自身の「雑談配信」の中で、三重県志摩市にあるテーマパークである「志摩スペイン村」を訪れた際の感想を語り、2022年5月7日の配信では再度訪れた際のことを語りました。その内容はスペイン村へのリスペクトにあふれたものでした。これが話題になり、5月16日から17日にかけて、「志摩スペイン村」という語がTwitterのトレンドに入ったのです。トレンドというのは、Twitter上で数多くの言及があった言葉を表示する機能で、それだけ話題になったということです。
これらの交流を通じて、2022年12月27日には、志摩スペイン村の公式ホームページや公式ツイッターで「周央サンゴ × 志摩スペイン村 コラボイベント開催決定」の告知がなされ、特設サイトが立ち上がりました。それが、今回のコラボイベント「みなさま~(広報大使)志摩スペインゴ村へ、来て!」の告知でした。そうしてンゴちゃんは2023年2月11日から4月2日のコラボイベント期間中に「バーチャルアンバサダー」に就任することになりました。
こうした自然な流れの中で成立したイベントであったことも、多くのファンが好意的に受け止めた要因になっています。コンテンツツーリズムを行う際に重要なことの一つは、この「コンテンツや地域に対する敬意」なのです。
4.VTuberを現実空間に顕現させる
4か所のスタンプラリーのスタンプの傍らにはそれぞれに異なるンゴちゃんのパネルが設置されており、自由に写真を撮影することができました。VTuberという、普段はYouTubeを通してコミュニケーションをとっている相手が、現実空間上に形を成し、一緒に写真が撮影できるのはとても楽しい体験でした。
VTuberとファンは、普段はYouTube等の配信サイトやTwitter等のSNS越しのコミュニケーションが主です。これはいわば、情報空間上での出会いと言えるでしょう。VTuberのファンは、YouTube等の配信サイトのチャット欄やコメント欄に書き込むことによって、参画感を得ます。
VTuberは、人が楽しみを得ることができるもの、まさに「コンテンツ」です。ただ、アニメ聖地巡礼と大きく異なる点があります。それは、アニメのような物語を持たないこと、そして、地域とのかかわりが希薄であることです。アニメ聖地巡礼の場合は、アニメという物語を持ったものの背景として現実の場所が用いられることによって、ファンは、そのストーリーやビジュアル、キャラクターに対する愛着を形成し、その物語の舞台として地域を訪れます。
一方で、VTuberは、キャラクターの設定はありますが、物語は無いか希薄なものが多くなっています(一部、アニメキャラがVTuberになった例やVTuberが映像作品になった例もありますが)。VTuberにとっての物語は、「ファンとともに紡いできた時間の積み重ね」であると考えられます。ファンは日々、ライブ配信や動画視聴を通じて、VTuberと、そして、リスナー同士でのコミュニケーションを行い、そのことそのものが「自分にとっての物語」として機能しているのです。
VTuberは、普段の活動の中で「雑談」や「ゲーム実況」、「歌ってみた」など、様々なコンテンツでリスナーを楽しませてくれます。今回は、ンゴちゃんがスペイン村という「場所」と、リスナーという「人」を結びつけました。これはVTuberの「メディア的機能」が発揮されたと説明することができるでしょう。
5.志摩スペイン村の「本物」の魅力が伝わった
ンゴちゃんが発揮した「メディア的機能」は、さらなるつながりを生み出します。筆者は、スペイン村のスタッフに園内をご案内いただいた際、次のような話を聞いて驚きました。
今回のコラボイベントの目玉の一つとして、スペイン村内でのオリジナルコラボグッズの販売がありました。今回のコラボグッズも大変クオリティの高いものでした。こうしたグッズ展開をする際は、新規のイラストが何種類あるかは、ファンにとって重要なことです。
これはファンとしても研究者としても、全種類を購入して帰らなければなりません。一種類でも売り切れてしまっていたら、コンプリートすることができないのです(おそらくその場合は喜んで再訪することになりますが)。できれば今日全て購入したいのがファン心理というもの。
筆者のただならぬ気配を察してか、スペイン村のスタッフは「岡本さん、今日はまだ十分な量のグッズがありますので、大丈夫ですよ。ファンの皆さんもそのことをご存じで、今の時間はカルメンホールに行っておられるはずです」と微笑みながら教えてくださいました。私もホッとしたのですが、その一方で、なぜそんなに正確にファンの行動を把握しているのか不思議に思いました。
カルメンホールとは、本場スペインのフラメンコショーを見ることができるホールです。ショーのチケットの数には限りがあり、ファンはグッズには十分な数があることを知った上で、まずはこのチケットを購入しに行っているというわけです。
なぜ、スペイン村スタッフはファンの動きを正確に把握していたのでしょうか。それは、Twitterのおかげでした。ファンはTwitterで、ハッシュタグ「志摩スペインゴ村」などをつけて志摩スペイン村での体験について発信をしていました。スペイン村のスタッフもそれを見てファンの行動を把握し、人員配置の参考にしているのです。
実は、そもそもこのカルメンホールについては、スタンプラリーの設置対象地になっているわけでも、スタンプラリー台紙のマップに載っているわけでもありません。なぜ、ここがンゴちゃんファンにとって目指すべき場所になっているのでしょう。
その理由は、ファンによるTwitter上での口コミです。ンゴちゃんのコラボイベントをきっかけに訪れたファンの中に、カルメンホールのフラメンコを見た人がいました。そのショーの素晴らしさを実感したファンは、Twitterにその感動を書き込みます。それを見たファンがショーを見て…という連鎖によって広がっていったのです。
それは、「コラボキャンペーンの初期には、フラメンコショーのチケットの売れ方は例年の同時期の営業時と変わらず、開園1時間で売り切れてしまうようなことはありませんでした」というスタッフの証言からも明らかです。通常時でも、売り切れることはあるようですが、「開園1時間で」ということは珍しかったようです。これはすでに、ンゴちゃんからの直接的な影響の範囲を超えていると言えるでしょう。
ンゴちゃんのメディア的機能によって、ファンとスペイン村がつながり、さらに、ファンのメディア的機能によって、他のファンとカルメンホールがつながったのです。つまり、これは、メディア的機能そのものがVTuberからファンに伝播したと考えることができます。その結果、スペイン村のもつ観光資源の中でも、特に本物性の高いスペイン文化に、旅客がアクセスすることにつながったのです。
6.閑散期に新規顧客の誘客に成功
今回の取り組みの効果として、来場者数の増加と経済効果が目立ちます。ただ、実は単に増加したこと以上に、観光振興の観点から効果的なことが起こっていました。それは、今回のコラボイベントの期間が、スペイン村にとって閑散期であったことです。
スペイン村は都市部からの交通アクセスが良いとは言い難い立地ということもあり、周辺のリゾートホテルに宿泊してスペイン村を利用する人が多かったのです。つまり、連休や長期休暇の期間は旅客でにぎわいますが、それ以外の時期はなかなか誘客が難しい時期もあるのです。
今回のコラボイベントの期間は、スペイン村の開園時間が短い時期でした。繁忙期は9:30に開園し、20:00閉園なのですが、2月は17:00で閉園です。これはつまり、その時期は20:00まであけていてもなかなか来客が見込めないということを意味します。
こうした閑散期に、しかも、これまでスペイン村に来たことが無い新規顧客が大量に訪れたのです。コンテンツツーリズムはコンテンツに対する愛着の強い人々に働きかけるものです。魅力的な取り組みであれば、交通アクセスの悪さというハードルを越えて現地を訪れてくれます。観光地の中には、入り込み客数の季節変動が激しい地域もあります。そうした地域にとっても、今回の事例からは学ぶところが多いでしょう。
さて、このような体験をした筆者は、二度目の調査を計画します。学ぶことも多い事例ですし、何より楽しい時間ですから、誰か誘っていこうと考えました。ゼミ生たちに、コラボイベントの話をしたところ、4人の学生が興味を持ってくれました。
このように、素晴らしい体験をした人は、他の人に話したくなります。そして、是非その人にも素晴らしい体験をおすそ分けしたくなります。コンテンツツーリズムの利点は、旅客がコンテンツに対して愛を持っている点です。その愛を裏切らない形で、その愛に応える形で取り組みをすれば、コンテンツを愛する多くの人々が訪れ、その人たちが地域の魅力を発見し、発信してくれます。それは、地域への愛にもつながっていき、持続可能性を持つのです。
*最後までお読みいただき、有難うございました。「シリーズ「コンテンツツーリズム研究」②」は、2023年5月21日(日)を予定しています。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】