新型Mac Proが"デスクトップ型"パソコンにもたらすイノベーション
先日、いよいよデリバリーが開始された新型Mac Proは、はやくも3ヶ月待ちという待ち行列が生まれているという。2006年以来のフルモデルチェンジということもあるだろうが、新型Mac Pro最大の魅力はデスクトップ型パーソナルコンピュータの概念を変える新たな設計コンセプトだろう。
その基本構成が昨年6月にアップルが開催したWWDCで発表されて以来、その斬新な内部構成とデザインは様々な媒体で紹介され、またアップル自身も情報発信を行ったことで、すっかりファンの間には知れ渡っている。レビュー記事をチェックするまでもなく、ハードウェア設計のコンセプトを知りたいのであれば、アップル自身の商品紹介ページがもっとも詳細で正確だ。
筆者が試用した製品は、Xeon E5を搭載する3.0GHz 8コア、25MB L3キャッシュ(すなわちXeon E5-1680 v2)搭載モデルで、32Gバイトメインメモリ、デュアルAMD FirePro D700 GPU(6GB GDDR5 VRAM)、512Gバイトフラッシュストレージの構成(税込み73万1700円)となっていた。
数字を見るだけでも十分に高性能であることが理解できるだろうが、ここで仔細なベンチマークをするつもりはない。いずれにしろ、このコンピュータのパフォーマンスを引き出すには、アプリケーションそのものをかなり使い込まねばならず、現状、それを完全に引き出せるソフトウェアも限られている。
しかし、それでもアップルがMac Proに施した久々のフルモデルチェンジが、一過性の流行を追ったものではなく、これからの10年を見据えて作られたことはわかる。ノート型が高性能化し、パーソナルに使いこなす端末としてタブレット型が急拡大している中、デスクトップ型のパーソナルコンピュータはその立ち位置を失いつつあるように見えるが、Mac Proは”現在”という時間軸の中で、これからのデスクトップ型パーソナルコンピュータの方向を指し示している。
ベンチマーク結果より重要なこと
Mac Proに関しては、すでにGeekbench、Xbench、Cinebench、Blackmagic Disk Speed Testなど、多様なベンチマークが出ている。それらの結果はMac Proがひとまず”最新のプロセッサとGPUを搭載した、最新アーキテクチャのパーソナルコンピュータ”であることを示してはいる。気になる方は、モデルごとのベンチマーク情報がまとめられている、Macお宝鑑定団のリンクを見るといいだろう(掲載記事は昨年末のもの)。
アップルの場合、新たなハードウェアプラットフォームを世に送り出す際には、MacOS Xの性能チューニングや機能強化もセットで行うことが多い。今回もその効果が出ているのかもしれないが、サーバ/ワークステーション向けに開発されたXeon E5 v2と相まって、マルチプロセッサの処理効率は十分に高く、プロセッサのコア数に応じてきれいにパフォーマンスが伸びていることが確認できる。
3Dグラフィックスのレンダリングや動画処理など、高性能なアプリケーションにMac Proを必要としている人たちには、それぞれのプロセッサの性格や選ぶべきポイントは心得えていると思われるので、ここでスペックについてあらためて論じる必要はないと思う。
なお、シングルスレッドのパフォーマンスで、クロック周波数が3GHzの8コアモデルがもっとも高いGeelbenchのスコア値を示しているのは、3次キャッシュメモリ容量が6コアモデルの2倍以上あるためだと考えられる。局所性の高いアプリケーションならば、クロック周波数の差(6コアなら3.5GHz、4コアなら3.7GHz対3GHz)が効いてくるはずだ。
個人でのMac Proを購入を考えるのであれば、シングルスレッドの速度で上位製品とも同等になる3.7GHzクアッドコアモデル、あるいは3.5GHz6コアモデルを選ぶのが正解だろう。両者の価格差は5万300円。GPUに関しても同じことが言え、ローエンドのFirePro D300でも十分な性能だが、GPUを活用するアプリケーションに何を想定しているかによって最適な選択肢は変わってくる。
おそらく筆者が個人的に書斎にMac Proを招き入れるならば、6コア、32Gバイト、FirePro D500、1Tバイトフラッシュストレージという構成を選ぶと思う。この場合の価格は税込み54万2800円。外部にThunderBolt 2対応のHDDなどを接続するのであれば、さらに予算を上積みせねばならない。
筆者が扱う2000万〜3000万画素程度のデジタルカメラRAWデータでひと通りの作業を試したところ、RAWパラメータの調整も、現像処理も十分に高速で応答性がよく、思わず苦笑いするほどのものだった。数100枚単位の現像処理を行っても、まるで”JPEGを外部HDDかNASに書き出しているだけ”というぐらいに素早く処理が行えてしまう。
静止画向けの操作は、どんな処理を行う場合でも余裕があり、”Mac Proの導入”は長期間使うための、将来への投資と考えるべきだろう。筆者の場合、2006年に発売された初代Mac Pro(3GHzデュアルコアXeon)を昨年まで使っていたが、余裕のある冷却機構や電源設計などもあってか、その間、リプレースを考える必要はなかった。
もちろん、コンピュータ性能への要求は常にに上昇していくものだ。おそらく時が来れば、Mac ProにはXeon E5 v3が搭載され、コア数も処理能力も、メモリ帯域も大きく向上する。将来、アップデートされた新モデルが登場する際には、比較する上でベンチマーク結果も重要になってくるだろう。しかし今回の、大きくアーキテクチャが変化したモデルチェンジのタイミングにおいては、仔細なスペックのち外野ベンチマーク結果よりも、もっと根本的な部分に注目点を見つけることができた。
ハードウェア、ソフトウェア両面の考え方、アプローチを変えるMac Pro
Mac Proには従来のデスクトップパソコンの概念を変えるイノベーティブな提案がいくつか盛り込まれている。ひとつはディスプレイ一体型ではないモジュールタイプの”デスクトップ型パソコン”に対する既成概念を変えるイノベーション。もうひとつはデュアルGPUを標準とすることによる対応アプリケーションに対するイノベーションだ。
円筒形の筐体は上部に大径の冷却ファンを置き、三角形に組み上げた基盤の中にヒートシンクを配置。余った空間に電源部とI/Oボードを置く斬新な、しかし結果だけを見るとあきらかに合理的なメカニカル設計で、ベンチマークを何度も連続で回してみたぐらいでは、冷却ファンノイズを感じることはない。もちろん、耳を近づければ冷却ファンの動作は確認できるが、言い換えれば”その程度”でしかない。
その構造は、すでにアップルの紹介ページなどで承知だろうが、このような構成にできたのは、コンピュータの核となる機能だけを筐体内に収め、ほとんどの拡張性、ハードウェア構成の柔軟性を外部に求める設計としたからだ。これは内部接続に対して性能ロスなく外部へと伝送路を延長できるThunderbolt 2の採用で可能になった。
つまり、PCI Expressなどによる内部拡張スロットやシリアルATAによるHDD接続をしなくとも十分になったから、ハードウェアの形を変えることができた、というわけだ。アップルがThunderbolt 2への切り替え時期を狙って、Mac Proの形を変えたのかどうかはわからない。
しかし、この構成の転換によってMac Proは拡張カードや増設ドライブ内蔵の空間を確保する必要がなくなり、将来、増設する可能性があるハードウェア分の電源容量を考慮しなくてもいい分、電源モジュールもコンパクト化できている。その結果、大幅な高性能化と小型化、それに静音動作という相反する要素を並び立たせるハードウェア設計を実現したわけだ。
そしてもうひとつの大きな決断は、全モデルをデュアルGPUとした点にある。アップルはOS自身、そして自社製アプリケーションなどでGPU処理を積極的に導入してきた。映像処理アプリケーションなど高いメディア処理能力が必要なアプリケーションは、すでにGPU処理が幅広く使われている。
複数のGPUを用いて分散処理するには、アプリケーション側の対応が必要だ。将来はGPUを扱うためのライブラリセットであるOpen CLがアップデートされて、あるいはMacOS X自身の改善によって、アプリケーションに対して透過的に複数GPUへの負荷分散を行う機能が組み込まれるかもしれない。しかし、現時点では複数GPUの使いこなしはアプリケーション側の実装に任されている。
本記事を執筆している時点でデュアルGPUに対応しているアプリケーションは、筆者が把握している範囲ではアップル自身が提供している動画編集ソフトのFinal Cut Pro Xと、Pixelmator Teamが開発するフォトレタッチソフトのPixelmator 3.1のみしかない。
このように書くと、それならばローエンドモデルにはシングルGPUでも良かったのでは……という話が出てくるだろう。しかし、ベースモデルにもFirePro D300を2枚おごることで、アップルはデュアルGPUを活用するアプリケーションの増加を意図しているのではないだろうか。それはコンピューティングトレンドの変化を見据えてのものだ。
”これからのデスクトップ型パソコン”を見据えたアップデート
今や個人のための、生産性を高めるコンピュータに必要なプロセッサパワーは、モバイル向けの低消費電力型プロセッサでさえ十分な領域に達している。無論、同じ所にとどまっていれば、いずれデータ量の増加やアプリケーションの進化についていけなくなるだろうが、以前に比べればCPUパワーが陳腐化していく速度は落ちている。
と同時に、電力効率や絶対的な発熱量(熱密度)など技術的な問題もあり、処理性能を向上させる方向性が変化している。当然ながら、コア数の増加は処理容量を高めるが、順次処理が必要なひとつのプロセスを高速化することはできない。
しかし、一方で用途を限ってアプリケーションを絞り込むと、処理性能はまだまだ不足している。しかし、足りないといってもジェネラルなアプリケーションの速度ではなく、4Kの映像処理に代表されるようなメディア処理が中心だ。こうした処理にもGPUの活用が広がってからは、市販アプリケーションが対応を進めてきたのはもちろん、独自開発ソフトウェアで演算性能を引き出している場合も少なくない。
デスクトップ型という形状、そしてその上で動かされると想定するアプリケーション。これらを考えた時、これからさらに高性能化を狙っていく上で、GPU性能をスケールアップしやすいハードウェア、OS、アプリケーションなどの環境を整えることが重要だとアップルは考えたのだろう。
筆者がテストで使ったMac Proに搭載されるGPUはアップル向けの専用バージョンだが、FirePro D700は2048個のストリームプロセッサを持ち、総合演算性能は3.5テラ・フロップスを発揮する。このGPUを2個搭載するMac ProでFinalCut Proを用い、4K映像を編集し、映像エフェクトをかけてみたが、まるで静止画を扱うように4K映像を操れた。
好みのカラーLUTを割り当て、全体にグレインノイズを付与し、周辺部をぼかしながら明るさを落とし、さらに他の4K映像へとトランジションさせる。そんな設定でプレビューさせても、コマ落ちも処理待ちもなく作業を進められる。
デュアルGPUを標準としたことで、Mac Proユーザーをターゲットとしたアプリケーションは、こぞって複数GPUに対応できるようアプリケーションの組み方を変えてくるのではないだろうか。デュアルGPUを活用するためのツールやライブラリ、ミドルウェアも出てくるだろう。
複数GPUの使いこなしがMacOS X向けソフトウェア開発のトレンドを変えるなら、CPUがコア数増加の方向へと向かい、ソフトウェアもそれに対応するようになったのと同じように、GPUコア数に対して素直な性能上昇を期待できるようになるのではないだろうか。
無論、FinalCut Proはすべての人にとって必要なアプリケーションではない。今後も当面は、プロフェッショナル向けアプリケーションが主たる応用分野となるだろう。しかし、いずれ応用の範囲が広がっていくと考えるなら、GPU2個搭載を標準とした新型Mac Proは、コンピューティングトレンドの変化を促した製品として、後に振り返られるものになっているかもしれない。