下請けに性的関係を迫らないでほしいという簡単なお話
幻冬舎の有名編集者・箕輪厚介氏が、仕事を発注していた女性ライターに性的関係を迫っていたことが5月16日配信の文春オンライン記事で報じられています。
記事内では、箕輪氏が仕事を発注していたライターのA子さんに「Aちゃんち行きたい」「絶対変なことしないから!」「でもキスしたい」「ふれあいたい」などと送ったメッセージのスクリーンショットが公開されています。
出版界における、編集者から下請けライターへのセクハラ。私の周囲では、この件に関して嫌悪感をあらわにしている編集者やライターが多くいます。その理由は、「あるある」だから。
自分が似たような状況に置かれたり、知人がセクハラに遭った話を見聞きしていたり。大きな仕事を頼まれたばかりの若いフリーランスが、どれだけその仕事をつかみ取りたいか。そしてその気持ちをあわよくば利用しようとする人がいることも知っているからです。
箕輪氏は告発者が誰なのか当然わかっているわけです。箕輪氏でなくても、当事者に近しい人ならA子さんが誰なのか特定できる内容です。フリーのライターが大物編集者を告発するというのは、それなりの覚悟がないとできないこと。そこまでして告発を決めた気持ちを考えると胸が痛い……。
知人の編集者が、出版業界の中で誰がセクハラ野郎かを女性たちは共有している、とツイートしていました。実際そういう話はあります。ただ、だからこそ業界に入ったばかりだったり、まだそれほどネットワークを持たない(と思われている)人が狙われやすい……という構造があるのだと思います。
「口説くのがダメ」という話ではない
私は主に性暴力を取材するライターなのですが、この問題を取材するようになってから、一見理解がありそうな人からもこういうことを言われることがあります。
「小川さんが主張しているのは大事なことだよね。でも、男が女性を口説くのが全部ダメってことにはしないでほしいな」
うん、男性が女性を口説くのがダメなんて一言も言ってない。
ただ、発注する側が下請けに、仕事の延長かのように性交渉を迫るのはセクシャルハラスメントなのでやめてほしい。発注側が女性、下請けが男性の場合でも同様。関係性の強弱を考えよう。
下請けにとって発注側は権力を持っている人であり、機嫌を損ねたら仕事を切られるかもしれない相手。無下に断れません。その関係の非対称性を理解してほしい。
一見どんなにフランクに付き合っていようと下請けがクライアントに明確に拒否を示すのは難しい。それができるのは受注するはずだった仕事を諦めたときです。
これが「強引に飲酒させる」だったらアルハラだと理解できるのに、「強引に性交渉を迫る」の場合はセクハラだと理解できなくなる人がいます。性交渉の話になると、途端に「嫌なら嫌ってはっきり言えるでしょ」「はっきり断らない方も悪い」となるのはなぜなのか。
『壊れる男たち』(金子雅臣/岩波新書)や『部長、その恋愛はセクハラです!』(牟田和恵/集英社新書)には、恋愛だと勘違いしてセクハラをしてしまう具体例が詳しく書かれているので、「どこからがセクハラかわからない」などと思ってしまう大人は全員読んだ方がいいです。
仕掛けた側は「ちょっと迫っただけじゃないか」と思っているかもしれませんが、やられた側は強い抑圧を感じています。そして、何年経ってもなかなか忘れられるものではなく、ふとしたときに屈辱感がよみがえる。だから被害から時間が経ってから告発、ということがあるのだと思います。
フリーランスが多く、やり取りが1対1になりやすい業界
出版業界は、フリーランスが多い業界です。デザイナー、カメラマン、イラストレーター、ライター、翻訳者など。出版社や編集プロダクションの社員がフリーランスに発注する機会が多く、さらに編集者とフリーランスのやりとりが1対1になることが多くあります。
たとえば、ある媒体の編集者からライターに定期的に発注していたとしても、そのライターが編集部の他の編集者とは面識がない、というようなことはザラにあります。ライターからしてみれば、1人の編集者を通してしか情報を得られない。その編集者とトラブルがあったとしても、ライターが相談できる相手はいないという状況になりやすいのです。
箕輪氏の件にしても、A子さんが箕輪氏の上司(たとえば見城社長)に相談するというのは、ちょっと現実的ではなかったでしょう。フリーランスがそのような立場であることを発注側は意識しておかないといけないし、わかってやっているのだとしたら最低です。
文春オンラインの記事を読むと、結局企画がボツとなったことから2か月かけて原稿を書き上げたA子さんには報酬が支払われなかったようです。相手を軽んじ、いざとなれば黙らせられる相手だと思っているから、このような仕事の仕方や、強引な性的交渉になるのでは。A子さんの立場や意志を尊重する気持ちはあったのかと、箕輪氏に聞いてみたいです。
ひっそりと終わる被害者のキャリア
ちなみに日本で初めてセクハラ裁判を起こしたのは、出版社に勤めていた女性でした。彼女は上司から性的な中傷を2年半にわたって受け続けていましたが、裁判の直接のきっかけは性的中傷被害ではありません。
社内で被害を相談した末に退職に追い込まれたことが理由です。
「被害者からの告発で、築いてきたキャリアが台無しになる」というのはよく言われます。告発は派手なので、そちらばかりが注目されやすい。
けれど実際には、握り潰されてきた訴え、ひっそりと終わることになった被害者側のキャリアも無数にあります。それはほとんど見えていません。
3月に社員へのセクハラ行為が報じられたストライプインターナショナルの創業社長・石川康晴氏について、同社は今も事実を認めていません。発覚当時、石川氏のFacebookには著名人を含む「お友達」から激励の言葉が書き込まれていました。
複数の女性に性暴力を繰り返したフォトジャーナリストの広河隆一氏は、大物写真家たちに「守られている」と報じられています。記者会見での説明を求める被害者もいますが、広河氏は応えていません。
未成年への強制わいせつ容疑で書類送検された元TOKIOの山口達也氏は、そろそろ復帰するかもしれないと報じられています。
激励するな、守るな、復帰するなとは思いませんが、社会に大きな影響力を持つ立場であったからこそ自分の行った行為について説明しても良いのでは……。薬物使用の場合などは更生や反省が本人の口から語られるのに比べ、性的な加害行為の場合は、説明が免除される風潮がありませんか。それは社会の中に「男だからしょうがない」「ちょっとした出来心」という意識があるからなのでは。
文春オンライン記事によれば、取材を申し込まれた際の箕輪氏の回答は、「その件、すみません。僕話したいんですけれど、会社が弁護士立ててやってて、そういう取材がきても答えるなってだいぶ前から言われてて、すみません」。
聞けるのであれば、これまでも立場を利用して同じようなことをしてきた心当たりはないのかを聞いてみたいです。
【参考記事】
《絶対変なことしない》《でもキスしたい》幻冬舎・箕輪氏が不倫関係を迫った「エイベックス松浦自伝」出版中止の真相(文春オンライン)
特集セクハラ(1)平成がのこした宿題 日本初の“セクハラ”裁判を振り返る(NHK・ハートネット)
セクハラ報告、事実確認せず社長辞任で幕引き?(朝日新聞/2020年5月14日)
“性暴力”広河隆一氏が設立した“人権団体” 大物写真家たちはなぜ守ろうとするのか(文春オンライン/2020年4月28日)