【余白が怖い】残業代ゼロ法案を図示するとこうなる
残業代ゼロ法案=過労死促進法案がいよいよ閣議決定され、統一地方選挙後にも審議入りする情勢です。
このことを伝えるマスコミ報道は、朝日新聞を除き、相変わらず「時間でなく成果」「脱時間給」などという言葉が溢れています。もう言い古されたことですが、現行の法定時間の内部で、最低賃金法を守りながらであれば、成果主義賃金とか、時間と切り離された賃金とか、そういうものはいくらでも可能です。というか月給制の賃金は最初から時間と賃金の関係が薄いので、28日しかない2月でも、31日まである7月でも、ゴールデンウィークがある5月でも、同額の賃金が支払われるのです。百歩譲っても、マスコミ報道で言うところの「時間でなく成果」「脱時間給」というのは、法定労働時間外の残業時間帯のことを言っているはずです。
労働時間規制の枠組み
現在の労働基準法は、非常に大ざっぱに言えば、(1)三六協定+刑事罰と(2)残業代+未払の場合の付加金という枠組みで労働時間の規制をしています。しかし、(1)は多くの職場では使用者と労働者が対等に労働時間について話し合う「労使自治」が機能していないのと、労働基準監督官の数が少なすぎて処罰できないので、ほとんど機能していません。(2)の間接的な規制に頼るしかないのが現在の日本の労働時間規制です。
このような現行の労働時間規制について、よくある「所定労働時間は一日7.5時間、週37.5時間。9時始業、昼1時間休憩、17時30分終業。法定休日は日曜日、法定外休日は土曜日。」の職場で図示すると以下の通りになります。
使用者が労働基準法の規制を受けずに働かせることができるのは青い部分と水色の部分だけで、水色の部分についてもほとんどの場合は(法ではなく)労働契約による残業代が発生します。他の部分については制裁である割増の時間給を払わなければそもそも働かせることはできません。
残業代ゼロ法案だとどうなるのか
残業代ゼロ法案は、ここの青色以外の部分について規制緩和する法案です。この法案が「多様な働き方」「仕事が終われば早く帰れる」などという政策宣伝用の美辞麗句とは異なり、政府の政策の上で規制緩和の一環として位置づけられていることは、日経新聞の記事がよく表しています。人の命を守る規制を岩盤規制として緩和するのです。
残業代ゼロ法案が実現すれば、これらの青くない時間帯に対して1円も賃金を支払わない(すなわち従前1075万円の基本給だった人をそのままの賃金で新制度に移行させる)ことも理屈上は可能です。なので、「時間でなく成果」はこれらの時間帯との関係でもウソということになります。読売新聞や日経新聞が使う「脱時間給」については、この時間帯について賃金を1円も払わなくても合法という意味では的を得ていますが、その言葉からイメージされる世界とはほど遠いですよね。
結局、「時間でなく成果」「脱時間給」というのは最初から法定労働時間より沢山働くことを想定した言い方なので、推進派の立場に立っても、「多様な働き方」「仕事が終われば早く帰れる」というのはますます根拠がなくなります。
図示するとどうなるのか
この法案の推進派の八代尚宏教授などは、今までの労働時間規制を「残業代さえ払えば、事実上、際限なく労働者を働かせても良い現行制度」といい、残業代ゼロ法案を「過労死防止法案」などといいます。この点はダイヤモンドオンライン「「残業代ゼロ」法案=過労死法案の誤解を解く」をご参照下さい。
たしかに、現行の規制だけで過労死を防ぎきれない、という指摘は的を得ているでしょう。しかし、実際に過労死が起きている職場で、残業代がまともに支払われている事例はあまりないのも現実です。一方、本気で過労死を防ぎたいのなら、労働基準監督署の監督官の大幅増員をするとか、残業代の割増率を高めるとか、三六協定で設定できる残業時間について刑罰付きの上限規制を設けるとか、方法はいくらでもあるでしょう。残業代をゼロにする必要は全くありません。
一方、残業代ゼロ法案においてはどのような措置がとられるのでしょうか。同法案では、残業代ゼロが適用される労働者に対する健康確保のための措置は以下の三つから一つを選択すればいいことになっています。
(1)終業から翌日の始業まで一定の休息時間を設定(インターバル規制)
(2)労働時間の上限規制
(3)年間104日の休業日数を与える使用者の義務
(1)と(2)については現在では数字すら明らかになっていません。これらは後で決まります。「一定時間」は8~11時間のどこかになると思われます。労働時間の上限規制は、現在の法定時間外労働との関係では月80~100時間の過労死ライン超えの時間が設定されると思われます。また、過労死は60~70時間程度の残業が続くことによって起こる場合もあります。
まず(1)のインターバル規制について図示すると以下のようになります。
図が白いですね。白い部分は「どのように働かせても使用者の自由」ということです。インターバル規制が一日8時間の場合、理屈上は月300時間くらい残業をさせることができます。インターバルが11時間でも理屈上は月220時間ほど残業させることができます。
次に(2)の労働時間の絶対的規制について図示すると以下のようになります。
真っ白ですね。白い部分は「どのように働かせても使用者の自由」ということです。この上に過労死ライン超えの数値を設定されて「過労死防止法」と自慢されても、戸惑うばかりです。
最後に(3)の休日付与義務について図示すると以下のようになります。
これも白いですね。白い部分は「どのように働かせても使用者の自由」ということです。理屈上は月350時間ほど残業をさせることができます。
この余白こそ、残業代ゼロ法案の怖さなのです。
使用者が規制を守らないとどうなるか
しかも、これらの規制を超える労働については持ち帰らせて「労働者が勝手にやった」と言うことも可能です。今でも持ち帰り残業の問題は深刻ですが、労働時間規制がはずれれば、今よりも多くの仕事を押しつけられる職場も増えるでしょう。そのような場合、現状では、持ち帰り残業について労働時間と認定するのは非常に困難があります。さらに、八代氏が自慢する規制を使用者が守らなかった場合、使用者に対する刑事罰はありません。八代氏が「残業代さえ払えば」と馬鹿にする現行法の規制に戻るだけ=残業代を支払う義務が発生するだけなのです。
労働時間が世紀末状態になってもいいのか
また、今回の残業代ゼロ法案については、ほぼ残業代ゼロと同じ効果を生む「裁量労働制」を、法人営業や中間管理職、現場管理職に導入する法案もセットになっています。これについてはまた原稿を書きたいと思いますが、こちらについては法定の健康確保のための措置すらありません。
この法案を通したら、労働現場は「201X年 労働現場は残業代ゼロの炎に包まれた。」から始まる世紀末の世の中になっていくことは目に見えています。ヒャッハーな労働現場がこれ以上はびこるのは御免こうむりたいです。