日本にとっての音楽ストリーミングとは?アマゾンジャパン音楽責任者が語る
いま世界の音楽市場で、最も多角的な音楽ビジネスを展開するのはAmazonだろう。
近年Amazonは、Prime Music、Amazon Music Unlimitedなど音楽ストリーミングサービスを積極的に展開して、多種多様な音楽コンテンツへのアクセス手法を消費者に提供している。
Amazonは全世界で3番目に巨大な音楽サブスクリプション・サービスであると、音楽市場のリサーチ会社MIDiAは報告するなど、サブスクリプション型音楽ストリーミングが中心となった世界の音楽業界において、Amazonを抜きに語ることはもはやできないはずだ。
そんなグローバル市場の中、アマゾンジャパンは日本の音楽市場でどこを目指しているのだろうか。
今回、2018年9月からアマゾンジャパンのデジタル音楽事業本部長に就任した、レネ・ファスコ(Rene Fasco)氏に話を聞いた。
ファスコ氏は来日前まで、ドイツの音楽事業責任者を長く務めた経歴を持ち、音楽ストリーミングのローンチや拡大戦略を統括してきた。音楽業界の経験が豊富なファスコ氏のキャリアと合わせて、現在のAmazonの音楽戦略を探る。
レネ・ファスコ
2018年9月よりアマゾンジャパンのデジタル音楽事業本部の事業本部長に就任。来日前はドイツにて Amazon Musicのディレクターとして、ドイツ、オーストリア、スイスにおける事業責任者を務めた。入社以降、Amazonにおいての音楽配信事業への進出を引率し、2015年に提供を開始したPrime Musicや、Alexaを搭載した、6,500万以上の楽曲数を誇るプレミアムな定額制音楽配信サービス、Amazon Music Unlimitedのローンチに携わった。ドイツでは、Amazonがスポーツコンテンツのライブ事業へ参入する際にも指揮を執り、ブンデスリーガの放映権の取得や、サッカーの革新的なオーディオ配信の立ち上げに従事。また、現在までに6シリーズ122エピソードを配信してきた、受賞歴のあるAmazon Originalの子ども向けラジオプログラム制作の主任を務めた。Amazon入社前は、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてMedia & Entertainment Practiceのドイツおよびアメリカ支社で10年間勤務。ヴォルムス(ドイツ)の The University of Applied Sciencesとマドリード(スペイン)のThe University Complutenseで、ヨーロッパ経営学の学士号を取得している。
コウガミ:Amazonは2014年に音楽ストリーミングビジネスへ本格参入して、日本でも2015年にサービスを開始しました。ドイツで音楽サービスの立ち上げに携われたファスコさんから見て、これまでの成功をどうご覧になっていますか?
ファスコ:ドイツもですが、日本のAmazon Musicも予想以上の結果を達成してきました。お客様からもポジティブなフィードバックが増えています。日本でAmazon Music Unlimitedを2017年11月にローンチして1年が経ちましたが、堅調に成長しており、2019年も引き続き成長できることを狙っています。
コウガミ:競争が厳しい音楽ストリーミングの市場で、Amazonが提供する差別化要因はどこにありますか?
ファスコ:まずは「Prime Music」をローンチしたことです。Prime Musicはそれまでの音楽業界には存在しなかったサービスで、潜在的な音楽リスナーのニーズを喚起したと思っています。
コウガミ:具体的にはどのようなニーズですか?
ファスコ:Prime Musicローンチ以前の音楽ストリーミングは、広告付きのフリーサービスか、月額980円(世界では9.99ドル/9.99ユーロ)のサブスクリプションサービスしか選べませんでした。
ですが、音楽リスナー全員が、毎月980円を払いたいのでしょうか? 音楽ストリーミングは、毎週新譜を聴き込んだり、過去作を掘ったりするハードコアなリスナーだけが使うサービスではないはずです。
Prime Musicは、それまで音楽業界がターゲットとしてこなかったリスナーに向けたサービスとしての価値を提供しています。Prime Musicを始めたことで、世界の音楽業界は音楽サブスクリプションが「980円」だけでないことに初めて気が付いたのです。
若者層を狙いがちな音楽ストリーミングとAmazonの違い
コウガミ:人気の音楽の傾向も幅広いことがAmazonの音楽ストリーミングの特徴の一つですよね。
ファスコ:音楽ストリーミングが普及し始めた頃から今でも、音楽業界は若者層をターゲットしがちです。ですが、AmazonではPrime Musicをローンチ当初から若者だけでなく、30代以上のリスナーや、子供がいる家族層まで幅広いリスナーに向け提供してきました。ですので、Prime Musicでは子供向けのコンテンツが非常に人気です。
日本でも同じ傾向があります。例えばビデオゲームやアニソンは日本でも非常に人気ですね。
アメリカのPrime Musicでは、カントリーミュージックが非常に人気のジャンルです。カントリーミュージックは、音楽ストリーミングサービスの中でもこれまであまり注目されてこなかったジャンルでした。
ドイツのPrime Musicでは「シュラガー」(Schlager)がとても人気を集めています。私たちAmazon Musicチームが掲げるゴールの一つは、アーティスト支援です。あらゆるジャンルのアーティストへ、ファンやリスナーとつながる場所を提供し続けるサービスを目指しています。
(後列中央:レネ・ファスコ)
コウガミ:Amazonにジョインする以前からも音楽には関わっていらしたそうですね。
ファスコ:Amazonには約8年半在籍しています。それ以前は、マッキンゼーでニューメディア業界やエンタテインメント業界に関わるプロジェクトを統括していました。私のキャリアは、Amazonの中でも非常に特殊だと思います。社内で部署移動をする方が多くいるなか、入社から今まで常に音楽ビジネスに携わってきましたから。
CDから音楽ストリーミングへシフトするドイツ音楽市場
コウガミ:CDやパッケージが強いドイツの音楽業界の変化を振り返ってみていかがですか?
ファスコ:音楽業界で起きた複数の変化に立ち会えたことは、本当に刺激的でした。8年前のドイツは、CD中心の音楽市場でしたから。そこからドイツの音楽シーンは、CDからダウンロード、ストリーミングへ進化を続けてきました。とても興味深い時代でした。
コウガミ:ドイツと日本の音楽市場は、似ている点が多いと業界では言われています。
ファスコ:ドイツでも、いくつかの共通点があることで知られています。例えばCDビジネスの規模の大きさ。8年半前、私がAmazonに入社した当時、ドイツ国内では音楽市場の約80%がCDからの売上だったと思います。その後も長年にわたってドイツの音楽業界はCDを重要視してきました。
ですがドイツ人の音楽消費はフィジカルからデジタルへ緩やかに移行して、ついに2018年には音楽ストリーミングからの売上がフィジカルを初めて上回りました。最近ドイツでは、小売店がCD販売を止めたり、在庫数を減らし始めました。以前のように音楽販売で集客や購買に繋がらなくなってきたのです。
コウガミ:ドイツの音楽市場は現在、どのような状況にあると思われますか?
ファスコ:ドイツの音楽市場は、音楽消費の転換期は終わったと思います。今までは、CDの衰退と音楽ストリーミングの成長が緩やかに進んできました。ですが、この数年で音楽消費の変化は加速してきました。その結果、2018年にCDセールスは大きく下落し、音楽ストリーミングは売上が50%以上も成長できたのです。
ヒット依存だけでは音楽ストリーミングを普及できない
コウガミ:ドイツでは、音楽ストリーミング利用が広がった要因は何ですか?
ファスコ:ドイツの音楽シーンでは特定のアーティストや作品、ヒット作がストリーミングの普及に貢献したわけではありません。アーティストからメディア、一般ユーザーまでが音楽ストリーミングを話題にし続けたことが、音楽業界の常識を徐々に変えてきたのです。ストリーミングは、かつてのCDと同じで、新しい音楽商品です。ドイツの音楽業界は、ストリーミングを受け入れ啓蒙活動を行い、アーティストたちから支持を集めてきたことで、成長へとつなげたという事情があります。
コウガミ:ではドイツの音楽業界は今、音楽ビジネスの中心はストリーミングなのでしょうか?
ファスコ:ドイツの音楽業界はそうは言わないでしょうね。私も同意見です。重要なことは、お客様の消費行動を、企業や業界が強制することはできないということです。音楽ストリーミングを選ぶのはお客様であることを忘れてはいけません。
例えば、長年CDを買い続けてきたお客様に対して「これからはストリーミングで聴いてください」と言っても、納得してもらうのは難しいのです。
ドイツでもお客様の中には、特定のアーティストはCDを購入したい、別のアーティストはストリーミングで再生したい人もいます。Amazonも、ドイツの音楽業界も、音楽にアクセスする選択肢が多いことを良しと考えています。
こうした市場では、AmazonはCDもダウンロードもストリーミングも提供できるという強みがあります。お客様には新しい音楽体験へ移行した時に、あらゆる面でポジティブな体験を提供できることがAmazonの音楽サービスでは重視しています。
音声コンテンツとAmazon Musicの組み合わせ
コウガミ:ドイツでは、音楽以外のオリジナルの音声コンテンツの制作も統括されたそうですね。どのような音声コンテンツの取り組みだったのでしょうか?
ファスコ:ドイツのAmazon Musicでは、スポーツのオーディオストリーミングを始めました。Amazon Musicでサッカーの「ブンデスリーガ」の試合をリアルタイムで聴くことができるように配信しました。これは全世界のAmazonでも前例のない取り組みでした。私たちは配信の権利を獲得する一方で、ライブストリーミングの技術と、実況チームをゼロから開発しました。サッカー解説者やリポーター、アナウンサーなどを揃えました。
シーズン開幕までに全ての作業を完了させなければいけなかった時期は大きな挑戦でしたが、刺激的なプロジェクトでした。
ブンデスリーガは4年毎に配信権のオークションを行います。私たちはこれまでスポーツの権利のオークションに参加したことはありませんでした。ですので、決まるまではとても緊張していました。ですが、Amazonに決まったという連絡を受けた時は感無量でしたね。
Alexa、Echo、スマートスピーカーのこれから
コウガミ:これまでAmazonの音楽チームを統括する上で、音楽ストリーミングのビジネスに参入する時にどんなチャレンジがありましたか?
ファスコ:ドイツで私が見てきたのは、CDやダウンロードを売ってきた音楽業界が、サブスクリプション型の音楽ストリーミングに移行する音楽市場の大きな動きでした。CDやダウンロードのビジネスでは、価格設定や店頭プロモーションが重要ですよね。音楽ストリーミングでは、エンゲージメントの継続性が最も重要な要素に変わります。私たちのチーム自体も構造を変えなければいけなかったことが大きなチャレンジでしたね。
コウガミ:音声AI、スマートスピーカーについても、お聞きしたいと思っていました。Alexa及びEchoデバイスは日本でも2018年に正式販売が始まりました。音声AIやスマートスピーカーで、今後音楽ビジネスや音楽業界はどのように変化するとお考えですか?
ファスコ:音楽再生はAmazon Echoシリーズのユーザーの中では最も人気のスキルの一つです。音声とスマートスピーカーは、すでに音楽消費の形を進化させました。
Echoシリーズは日本では、2018年に一般発売が始まりましたね。日本のAmazon Music Unlimitedユーザーの29%が、音声サービスAmazon Alexaを介して、Alexa搭載デバイスで音楽再生を行っているというデータがあります(2018年9月集計)。Echoシリーズのローンチから短期間でここまで音声操作の活用が広がるのは素晴らしい結果です。
ここ数年、音楽再生はスマートフォンとイヤホンに集約され、外出先で楽しむ個人的な体験となりました。Echoシリーズを始めとしたAlexa搭載デバイスの導入は自宅での音楽再生を復活させました。家族で音楽を一緒に聴く機会が増えたことは、音楽業界にとって新しいビジネス機会を生むでしょう。
コウガミ:音楽業界が音声ビジネスを考える時、どの領域に可能性があると思われますか?
ファスコ:自動車は音楽業界にとって次の成長市場でしょう。音楽再生は、スマートフォンから自宅に広がり、これからは自動車体験が増えるはずです。
日本の自動車市場やライフスタイルを理解出来るほど日本の生活が長くありませんが、車内ではスマートフォンを一切使わず、Alexaから音声だけで音楽再生ができるようになれば、安全性も高まりますし、音楽消費も激増するでしょう。
すでにアメリカではフォードとAlexa連携を進めていますし、その他のメーカーとも協議を進めています。Alexaを車載システムと連携できるように、自動車業界と良いパートナーシップを築くことが、Amazonと音楽業界にとって重要となると思います。
- 2019年1月、Amazonはラスベガスで開催された家電ショー「CES 2019」にて、Alexaの自動車業界向けプラットフォーム「Alexa Auto」の展示を行った。
参照:
Amazon Music JP (@amazonmusicjp)
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