英労働党に反緊縮派党首が誕生:次はスペイン総選挙だ
こういう見出しを書いていることさえ数カ月前を思えば信じられないが、「マルクス主義の爺さん」と揶揄されたジェレミー・コービンが、下馬評どおりに労働党党首に選ばれた。第一ラウンドで59.1% という圧倒的な得票率は、トニー・ブレアが党首に選ばれた時よりも高いという。
党首発表の会場の後方に座っていた地べた党員は大喜び、前方に座っていた幹部議員たちは目が笑ってない、と、これほど党内の「上」と「下」で反応が違う党首発表もなかった。
しかし、第一ラウンドで59.1%という圧倒的な数字を鑑みれば、いますぐに労働党議員たちが画策してコービンを失脚させることはできないだろう。アンディ・バーナムを推していたブレア時代の副党首ジョン・プレスコットも、BBCニュース24のアナウンサーに会場でつかまると「これは素晴らしい日だ」「伝統的な労働党の価値観が勝利した」と答えていた。あれを見ていると、この人たちはこの勢いを利用こそすれ、イデオロギーのために分裂するようなタマではないんじゃないか。と思えてきた。
「反緊縮」「反核」「反武力行使」「反新自由主義」といろんなことに反対しているコービンは、「強い野党」の顔にはなるだろうが、「与党」の顔になれる人材ではない。というのが労働党議員たちからのバッシングの焦点だった。彼が野党のリーダーとして国会で発言し、与党議員たちから凄まじい野次を浴びても、背後のベンチに座っている同胞たちは総スカンするのではないか。という点が取り沙汰されていたが、そこは労働党議員の群れである。「この方向性がトレンドなんだ」と思ったらやがて彼らもコービンと似たようなことを言いだすのではないか。すでにそれは、党首選でアンディ・バーナムやイヴェット・クーパーがやっていたことだ。
そもそも、労働党議員がそういう人々の集まりになっていたからこそ、「ぶれない」コービンへの人気が熱狂的に高まったのであり、実際、コービン効果で労働党の党員数は3倍に膨れ上がっている。もし「強い野党」に与党になれる可能性がないとすれば、「弱い野党」が与党になれる可能性はどれくらいあるのだろう。
党首に立候補した直後の謙虚すぎるコービンとは違い、彼の党首就任スピーチは、声も大きく、自信に満ちていた。
実際、彼はほんの数週間でリーダーとして飛躍的に成長した感がある。例えば、SKYで放送された最後の党首候補討論では、欧州への難民危機問題について質問され、「英国は何人の難民を受け入れるべきか」という質問に、けっして数を明言しなかった。司会者は、極左と呼ばれるコービンにどうしても数を言わせたいらしく、執拗に質問を反復したが、コービンは「人道的で心優しい対応が何より重要」としながらも、「国連がイニシアティヴを取って国際的に解決すべき」という点を強調した。このあたり、右翼政党UKIPの支持に回っていた労働者階級の人々がコービン効果で再び労働党に魅力を感じていることを明確に意識した発言だ。彼は一人のアクティヴィストから、指導者へと変貌しつつある。
さらに、以前からEUを公に批判していながら、党首選では「僕はEU離脱派ではない」と明言していたコービンが、土壇場になって党首候補討論で痛烈なEU攻撃をしていたのも興味深い。
「僕は彼らがギリシャにしたことに関して、EUに強い懐疑心を持っている」
「EUは欧州全体の労働者階級や労働者の権利を破壊するフリーマーケットのように運営されている」
「EUが許可されたタックス・ヘイヴンを設けていることを真剣に追及せねばならない」
と彼が言った時、オーディエンスの拍手は鳴りやまなかった。
これも最近の世論がEU離脱に傾いていることを知っている発言だ。
意外と、この人は化けるかもしれない。
*****
一方、年内に総選挙を控えたスペインでは、話題の反緊縮政党ポデモスの経済政策アドバイザーに『21世紀の資本』のトマ・ピケティが正式に就任したことが発表されたばかりだ。
ピケティはドイツ率いるEUの緊縮財政の「押し付け」を公に批判してきた。彼はポデモスにギリシャのシリザと同じ道を歩ませたくないのだ。ギリシャ問題の影響でポデモスが支持率を落としていると聞けば尚更だろう。「ピケティは大ベストセラーになった2013年の著書のテーマでもあった『格差』と闘う政策を編み出すために左派政党ポデモスと共に働く」とガーディアン紙は書いている。
ポデモスのパブロ・イグレシアスは、英国のジェレミー・コービンについてこう発言している。
****
わたしはブライトンの失業者・低所得者支援施設のキッチンでサンドウィッチを作りながら労働党首発表の生中継を見ていた。
わたしが最も感銘を受けたのは、実はコービンその人の党首就任演説よりも、トム・ワトソンの副党首就任演説だった。ブラウン元首相の盟友である彼もコービンの党首就任にはかなり複雑なものがあるんだろうが、彼はこう言った。
「僕は新党首を100%サポートすることを誓う。そしてあなたがたにも同じことをして欲しい。僕たちは結束しなければ保守党とは闘えないからだ。ニ期目の保守党政権下の英国で、労働党はこの国の人々の最後尾に立ち、保守党に苦しめられている後方の数百万人を守る」
一緒に仕事をしていたキッチンのおばちゃんは「コービンじゃ労働党は駄目になる」を繰り返していた人だが、これを聞きながら目を潤ませて言った。
「そうだね。労働党は、そういう政党だったね」
英国労働党が「ルーツに立ち返る」ことが欧州を「前進させる」ことに繋がるのかは、まだわからない。
だが、欧州には新しい風が確かに吹いている。
英国に暮らすようになってもうすぐ20年になるが、この風はこれまで吹いたことがない風だ。