【性犯罪刑法・2020年までに】更なる改正に向けて当事者団体がキックオフイベント
9月23日、東京・文京区で性暴力被害者らの当事者団体、一般社団法人「Spring(スプリング)」のキックオフイベントが行われた。イベントでは、今年改正された性犯罪に関する刑法について「まだ救われない被害者が多くいる」ことを訴え、3年後の見直しに向けての活動指針が示された。また、今年5月に準強姦被害について記者会見を開き、検察審査会に不服申し立てを行った詩織さんも出席した。※筆者はSpringの会員。イベント当日はスタッフとして参加した。
■110年ぶりに大幅改正されたが、「まだ不十分」
今年、110年ぶりに大幅に改正された性犯罪に関する刑法。「強姦罪」が「強制性交等罪」に変更され被害者の性別を問わなくなったことなどに一定の評価はあるが、被害者や支援団体からは内容の不十分さを指摘する声が上がっている。
実際のところ、改正のための検討会で議論された9つのうち改正法案に盛り込まれたのは半分以下。改正にあたっては「附帯決議」がつき、改正後の状況を検討してさらなる改正が行われるべきか3年後を目途に検討を行うことが予定されている。Springでは3年後の2020年に向けて、更なる改正を求めるための活動指針を立てている。※改正見送りとなった論点についての詳細はこちら。
■改正見送りとなったのは「時効の撤廃」など
キックオフイベントで重点を置いて説明があったのは、「時効」「パートナーからの被害」「暴行脅迫要件」の3つ。イベントではそれぞれのケースについて、被害を立件することが叶わなかった被害者のエピソードが読み上げられた。
・時効(エピソードのリンクはこちら※性暴力被害の具体的な描写があります)
時効については、現状では強制性交等罪(旧・強姦罪)には10年、強制わいせつでは7年の公訴時効がある。しかし幼少期に被害を受けた場合など、被害者が被害を認識し、加害者を訴える心境になるまでに時間がかかるケースがあることから、時効の撤廃もしくは条件付き撤廃を求める声があった。「時間が経つと被害の記憶が曖昧となる」「証拠が散逸する」などの理由から改正が見送られたが、イベントでは、「過去の事件を捜査することの煩雑さから見送られたのではないか。被害者の声を反映していない」との声が聞かれた。
・パートナーからの被害(エピソードのリンクはこちら※性暴力被害の具体的な描写があります)
現行刑法では、パートナーからの性被害も立件することが可能。しかし現状では「配偶者や恋人からの性行為の強要は犯罪になる」という認識が薄く、訴える人が少ない。改正にあたって、配偶者間における強姦罪の成立についての明記が求められたが、「配偶者間の強姦が犯罪となることは裁判官の中では当然の前提と考えられていると思われる」という理由などから見送りとなった。イベントでは「DV被害については事件化されることが多いが、性行為の強要についてはまだ認識が薄い」という声があった。
■「助けを求められなかったのは不自然」と無罪判決
・暴行脅迫要件(エピソードのリンクはこちら※性暴力被害の具体的な描写があります)
解説を担当した村田智子弁護士が「日本の性犯罪の規定で一番の問題だと思っている」と語気を強めたのが、暴行脅迫要件について。エピソードでは、派遣先の経営者から強制わいせつを受けた女性が刑事告訴を行ったが、「激しく抵抗したとは言えない」という理由で不起訴となったケースが紹介された。
現状の刑法では、強制性交等罪(旧・強姦罪)は「暴行脅迫を用いて」という定義があり、相手に伝わるように抵抗したことの立証が求められる。
「強制性交等罪の定義には『暴行脅迫を用いて』としか書いていないけれど、最高裁判所の判例によって、暴行脅迫というのは、『被害者の抗拒を著しく困難ならしめる暴行』とされている。抗拒は反抗ということ。これは、被害者がどれだけきちっと抵抗したか。抵抗が足らなければ被害が認定されず、暴行脅迫の程度が非常に重すぎる。(性被害に遭いそうになった人は恐怖から体がフリーズしてしまうこともあるのに)強姦被害に遭ったことのない人の考えのもとに認定されているのではないかという批判があった」(村田弁護士)
村田弁護士は、暴行脅迫要件の弊害として2011年(平成23年)7月25日の最高裁判決を紹介。これは、通行中の女性が見知らぬ男性から「殺すぞ」と脅され、ビルの踊り場に連行されて姦淫された事件。一審と控訴審では有罪だったが、最高裁で無罪となった。※詳細は『逃げられない性犯罪被害者―無謀な最高裁判決』(杉田聡/青弓社)
「最高裁判決では徹底して被害者の供述は信用できないと。一例を紹介すると、被害者は強姦される直前に間近に通りがかった制服姿の警備員と目が遭った。涙を流しながら『助けてほしい』と目で訴えたが、それが不自然と認定された。声を出して積極的に助けを求めることはできたはずで、被害者の反応は不自然と決めつけられた。この判決が出た後、強姦が積極的に立件されなくなったと話す被害弁護士もいる」(村田弁護士)
撤廃もしくは緩和が求められた暴行脅迫要件がそのまま残った理由は、「疑わしきは被告人の利益」の原則や、現状でもケースバイケースで実態に則した運用が行われているという意見から。しかし、上記のような最高裁判決や、「裁判で立証できない」ことを見越して不起訴となるケースがあり、悔しい思いをしている被害者は実際に現在もいる。
Spring代表理事の山本潤は、「(改正にあたってのプロジェクトでも)それぞれのケースによって判断しているから問題ないと法律家の方からも言われた。でも、性暴力の実態をどこまで知っているかわからない裁判官や法律家の経験則という主観によって決まっていくのは納得できない。どういう実態があるのかを明らかにして、この状況を変えていきたい」と話した。
■詩織さん「3年後により良い司法のシステムになることを願っています」
イベントには、準強姦被害について5月に記者会見を開いた詩織さんも出席。前日の22日には、詩織さんの事件について検察審査会で「不起訴相当」と議決されたことが報道された。「大変な局面な中で来ていただいた」と紹介された詩織さんは、「今日はこの場にいられることができてうれしい」と挨拶。
今夏はヨーロッパで取材活動を行っていたといい、スウェーデンでは2015年から世界初と言われる男性のためのレイプ救急センターがあることや、同センターの調査では被害者の7割が被害の際に「擬死状態(フリーズ/体が凍り付くように動かなくなる状態)」になってしまったという結果があることなどについて話した。
「3年後の見直しに向けて、日本でも(性犯罪の被害者が)安心して治療できる場所、精神的不安が軽減される場所が増えることを祈っています。今日はこの一点をお話したかった。3年後により良い法律、司法のシステムになることを願っています」(詩織さん)
「イギリスでは不同意性交を性犯罪と定め、ドイツでも明示的な同意がないと性犯罪という規定が昨年できた。世界の潮流の中で日本がどう考えていくのか。(Springでは)調査やデータ収集、当事者の声を拾いながら、この状況を変えていくことを考えていきたい」(山本潤)
Springでは今後も、協力者を募りながら活動を続けていく。
■雪田弁護士「無罪を怖れて不起訴にする傾向、とても強い」
詩織さんの事件が「不起訴相当」とされたことについて、性犯罪事件に詳しい雪田樹理弁護士のコメント。※イベントとは関係なく、筆者が別途取材。
・「不起訴相当」について
「レイプドラッグを使用していなかったとしても、意識朦朧として女性と性行為をしたのですから、抗拒不能に乗じて性交をしたといえる可能性があります。ですが、密室での出来事であるため、抗拒不能の状態にあったかどうかを客観的に立証できず、また、『抗拒不能状態に乗じたつもりはない』『同意の上でのことと思っていた』と加害者が弁解すれば、『故意がない』ので不起訴にする。それが検察の現状だと思います。
今回は検察審査会も、検察の下した不起訴の判断に間違いがないとしたわけですが、性犯罪の捉え方にはジェンダーバイアスが強く影響するため、検察審査会のそのときどきの構成員に影響され、しかも審理が全て非公開であり、コメントがしにくい部分です」(雪田弁護士)
・性犯罪事件の立証の難しさについて
「集団強姦の事例で、複数人の男性に囲まれて体を押さえつけられた状況で、被害者が怖くて抵抗する気力を失い、強く抵抗することができなかった場合、『加害者が最初は多少嫌がっているように見えたが、そのうち大人しくなったから同意したと思っていた』と『誤信』の弁解をすれば、強姦の『故意』がないとして裁判所が無罪とした例がありますし、同様のケースで検察が不起訴にしたという例もあります。
検察は、被害者の抵抗が弱かった場合や、従前から顔見知りの関係にあった場合などに、『同意の上だと思っていた』とする加害者の弁解を排斥するだけの証拠がないとして、無罪になることを怖れて、不起訴にする傾向がとても強いと思います。
最近の不起訴事件に関する報道を見ていると、状況証拠がかなり整っていると思える事例でも、また、加害者の弁解が不合理だったとしても、加害者が否認していれば、客観的証拠がない限り、不起訴にするという傾向が強まっており、これでは性犯罪はほとんど起訴されないと危惧しています。
性犯罪専門の捜査体制をとって専門性を高めること。『同意』に関して『明確で自発的な合意』があったのか、加害者は同意をどうやって確認したのかなどをきちんと捜査し、同意の上だと思っていたとする不合理な『誤信』の弁解を許さない捜査官や裁判所の態度が重要と思います。また『無罪』を出した検事に対して、経歴上のマイナス評価がなされる検察組織を改善することも欠かせません。
これはあくまでも推測ですが、極端に『無罪』を恐れる検察組織のあり様が、このような状況を生んでいるのだと思います」(雪田弁護士)