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現代が「ストレス社会」ってホント?

橘玲作家

現代はストレス社会だといわれます。メンタルヘルスのクリニックや診療科は増えつづけ、カウンセリングを受けたり、日常的に向精神薬を服用するひとも珍しくなりなりました。

ストレスを感じるのは、世の中がどんどん悪い方向に向かっているからです。経済格差は拡大し、国際金融資本主義は破綻寸前で、中国は軍事的攻勢を強め、安倍政権は戦争の準備に余念がありません。これでは将来のことが不安にならない方がどうかしています……。

しかし、いちど冷静になって考えてみましょう。

客観的なデータを見れば、日本人がものすごくゆたかになったのは間違いありません。昭和30年代を描いた映画がヒットしたことがありましたが、あの時代にはインターネットもゲームもディズニーランドもなく、車を持っているのはごく一部で、海外旅行など夢のまた夢でした。

それと同時に、日本人はずっと長生きになりました。昭和30年代の日本人は60代半ばで死んでいましたが、いまではさらに15年も人生を楽しむことができます(80歳時点での認知症の発症率は8%程度)。労働時間も、『女工哀史』の時代は年間3500時間が当たり前で、みんな土曜も日曜もなく朝から深夜まで働いていました。厚労省が定める過労死の基準が月80時間残業で、月20日勤務なら労働時間は合計240時間、これを1年間続けても2880時間ですから、戦前や終戦直後の労働がいかに過酷だったかわかります。

高校進学率はほぼ100%になり、大学も希望すればほぼ全員がどこかに入れます。治安の悪化が憂慮されていますが、「古きよき」昭和30年代の人口当たりの殺人件数は現在の2~3倍でした。

こうした変化を総合すれば、わたしたちが人類史上もっとも自由で安全な、とてつもなく幸福な時代に生きていることは明らかです。それなのになぜ、ストレスを感じるのでしょうか。

現代の脳科学はその疑問に、「ヒトがそのようにつくられているから」と答えます。

人間の脳は、快適なことにはすぐに慣れてしまいますが、不快なことはものすごく気にします。これをネガティブバイアスといいますが、なぜこのような歪なことになっているかというと、長い進化の歴史のなかで、その方が生き残るのに有利だったからです。こうしたネガティブバイアスは、ネズミのような哺乳類だけでなく、アメフラシにすらあることがわかっています。

ヒトはよいニュース(乳幼児死亡率の低下)を無視して、悪いニュース(自殺件数の増加)だけに反応します。メディアはそのことを熟知しているので、悪いニュースを大袈裟に報じてひとびとの関心をかきたてようとします。人類はいつの時代も、世界の終わり(終末)を生きてきたのです。

だったらどうすればいいのでしょうか。

ネガティブバイアスを克服する方法として、ポジティブシンキングや「嫌われる勇気」が唱えられています。こうした自己啓発もいいでしょうが、じつはもっと効果的な方法があります。

ストレスの原因のほとんどは家族や職場での人間関係です。だったら、「嫌いなひと」とつき合わないように自分の人生を設計できれば悩みの大半はなくなるはずです――もっともこれでは、ベストセラーはとうてい無理でしょうけど。

『週刊プレイボーイ』2014年10」月6日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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