隣国同士で悪口をぶつけ合うだけの平和な日本は素晴らしい
ヨルダンからレバノンの首都ベイルートに向かう前日、ホテルの部屋で荷物をまとめていると、テレビのニュースに爆発で崩れかけたビルが映し出されました。昨年12月27日に起きた爆弾テロで、反シリア派のレバノン元財務相を含む5人が死亡、70人以上が負傷しました。現場はベイルートの中心部、これからまさに行こうとしている場所です。
ベイルートでは昨年5月に南郊外の住宅地にロケット弾2発が射ち込まれ、7月に駐車場の車が爆発して50人以上が負傷し、8月にはやはり車爆弾で14人が死亡、212人が負傷しました。さらに11月にはイラン大使館前の路上で連続爆弾テロが起き、大使館職員を含む23人が死亡、140人以上が負傷しています。
ただし一連の爆弾テロは、これまでベイルートの南郊外で起きていました。それが今回は行政機関が集中し観光地としても知られる中心部――東京でいえば銀座や丸の内――が標的になったのです。
私はただの旅行者で危険な場所に行く気はなかったのですが、いまさら旅程を変えるわけにもいかず恐る恐るベイルート空港に降り立ちました。しかし到着ロビーに出ると、警官の姿があるわけでもなく、目につくのはタクシーの客引きばかりです。そのなかの一人と料金交渉がまとまると、彼は満面の笑みでいいました。
「ウエルカム・ベイルート!」
イスラエルとシリアに挟まれたレバノンはずっと苦難の歴史を歩んできましたが、近年のテロはシリア内戦をめぐるスンニ派とシーア派の対立が原因です。シリアのアサド政権はシーア派系統で、イランと(シーア派の)武装組織ヒズボッラーの支援を受けています。それに対して反アサド側はスンニ派で、サウジアラビアなど湾岸諸国が武器を提供しています。ベイルートの南郊外はヒズボッラーの拠点でイラン大使館もあるため、スンニ派とシーア派の代理戦争の舞台になってしまったのです。
その日の夕方、事故現場に近いダウンタウンに行くと、翌日の葬儀が執り行なわれるイスラム寺院のまわりは軍や警察が厳重に警護していました。兵士たちは自動小銃を持ち、戦車や装甲車まで出てまるで戦争のようです。
ところがそこから徒歩5分ほどの商業地区では雰囲気が一変します。
パリの街角のようなカフェで、シャネルやグッチなどのブランドものを身にまとった金髪碧眼の女性たちがワイングラスを片手に談笑し、イタリア製のスーツを着込んだ男性と腕を組んで高級車に乗り込んでいきます。ベイルートは近年、大規模な再開発ブームに沸いていて、海外で成功したキリスト教徒のレバノン人の投資により「中東のパリ」と呼ばれたかつての街並みが復活しているのです。
レバノンの人口の4割を占めるキリスト教徒は英語とフランス語を流暢に話し、イスラム教徒同士の殺し合いにはなんの興味も示しません。レバノンの運命は大国に握られていて、自分たちがなにをやっても無駄です。だったらテロなどなかったことにして、毎日を楽しく過ごした方がいいに決まっているのです。
そんな彼らの姿を見ながら、隣国同士で悪口をぶつけ合うだけの平和な日本がどれだけ素晴らしいか、あらためて思い知ったのでした。
『週刊プレイボーイ』2014年1月27日発売号
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