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『Holz』という、まちの風景に誘われて。

水野ひろ子ライター/編集者
盛岡市菜園の路地沿いにある『Holz』(画像提供 Holz)

盛岡のらしさは、まちに居る人、そこから生まれる事象によって、緩やかに育まれていく。ここでは、まちなかで営みが続く場、そこに居る人の話を通して、盛岡らしさの気配を少しずつ届けていきたい。

盛岡市菜園に店を構える、家具屋『Holz(ホルツ)』。国内外の家具やインテリア品を揃えるほか、オリジナル家具や生活雑貨のプロデュースも行う。店内に並ぶ美しいフォルムの家具一つひとつは、店主の平山貴士さんが惚れ込んだモノたちだ。

『Holz』店内(筆者撮影)
『Holz』店内(筆者撮影)

店舗は、築80年ほどの民家を店主自ら手がけて改装した。ほどよいスペースに配置されたモノが客を出迎えてくれる。店名『Holz』は、ドイツ語で木、木材を意味する。木という素材に深い愛情を寄せる平山さんは、ネーミングについて「木が生活に必要不可欠であるよう、誰かにとってそんな存在でありたいという想いもある」と、かつての取材で語っていた。

店主の平山貴士さん(筆者撮影)
店主の平山貴士さん(筆者撮影)

店がオープンした2004年、平山さんは26歳だった。出身地の宮古で過ごした少年時代から古着や古い家具に興味を持ち、高校生の頃には雑誌『BRUTUS』のイームズ特集に心を奪われた。それをきっかけにインテリアへの関心を深め、盛岡市内の百貨店家具フロアでアルバイトし、東京の目黒通りにある『MEISTER』に4年間勤めたそうだ。日本でイームズをいち早く取り扱った『MEISTER』は、古い日本家屋を改装した佇まいもスタイリッシュで多くの雑誌に取り上げられ、名前も広く知られていた。

2000年代前半、時流の中心にいた人やモノと出会い濃厚な時間を過ごし、岩手へ戻った平山さん。自らつくったオリジナル家具を車に積んで全国各地へ出向くなどアグレッシブに動いていたが、現在の場所と出合ったことで、一気に店舗オープンの段取りが進み、開業に至ったという。

店を構える一方、平山さんの視点で集めた岩手のモノを出張販売する『いわてんど』や、東北発の合同展示会『entwine(エントワイン)』など独自の企画を展開し、それぞれ継続している(2024年6月『entwine』開催)。

また、オープン以来続けてきた『Holz』オリジナルアイテムのプロデュースも平山さんのライフワークだ。最初に手がけたのは南部鉄器のペーパーウェイト『IEMONO(イエモノ)』(現在生産休止中)。そして、2017年に販売開始以降、定番品として歩き出している『kasane kop(カサネコップ)』等々である。

普通のコップをイメージした『kasane kop』は、名前の通り重ねて収納できる。形状は同じでも、木目の違いを選ぶ楽しさがある(画像提供 Holz)
普通のコップをイメージした『kasane kop』は、名前の通り重ねて収納できる。形状は同じでも、木目の違いを選ぶ楽しさがある(画像提供 Holz)

そして、2024年3月27日に丸20年を迎えた『Holz』。20周年を機に、『kasane kop』制作のパートナーである木地師『horimoku』とコラボしたシンプルな椀『HH WAN』もお披露目した(Hは平山さんのHと木地師の堀さんのH)。

2024年に20周年を機に制作したオリジナル椀『HH WAN』は、径の大きさのみを変えることで、異なる印象と容量を生む2種を展開。その思考が面白い(画像提供 Holz)
2024年に20周年を機に制作したオリジナル椀『HH WAN』は、径の大きさのみを変えることで、異なる印象と容量を生む2種を展開。その思考が面白い(画像提供 Holz)

新しいデザインをゼロから生み出すことだけにとらわれず、身近に存在するアノニマスなモノをさらに検証し、自身でカスタマイズしていく。その過程で行われる作り手とのやり取りは平山さんにとっても楽しい時間のようであり、その過程を平山さん自身の口から聞く時間は、訪れた者にとっても楽しい。

定位置のカウンターから(筆者撮影)
定位置のカウンターから(筆者撮影)

「20年という時間はそれなりに長いけど、自分自身がすごいことをやってきたわけではないんです。ただ、やる気があるだけ。まさに周年=執念があるだけなんです。執念という点では、オープン当初から続けているブログは執念のカタチかもしれないですね。当時ホームページをつくるスキルがない自分でも比較的簡単に発信できるブログは、店舗情報などを随時更新していくのに便利でした」。

開店から10年あまり、平山さんが毎日続けたことの一つがブログで、現在も続けている。それは、新商品の知らせや発信に留まらず、自身の考えを整理し、文字として記録しておく日記のようなものだ。それを継続的に発信していくことで、地層のように言葉は重なり、『Holz』らしさを届ける役割を果たしてきた。http://blog.livedoor.jp/holz/

モノが配される空間とのバランスにも目を配る(画像提供 Holz)
モノが配される空間とのバランスにも目を配る(画像提供 Holz)

店内に掲示されたサンゴのオブジェが美しい(画像提供 Holz)
店内に掲示されたサンゴのオブジェが美しい(画像提供 Holz)

店主はいうならば、アイテムを取り巻くストーリーを届ける媒介(メディア)でもある。モノへの思いにあふれる平山さんが、お客さんを迎える側として心がけることはないか尋ねてみた。

「特に気負ったものはないけれど、唯一あるとしたらやはり、“迎える人が、いつも自分”ってことですかね。店にいるのは100%、自分(笑)。何かを聞かれた時、知っている限りの情報を伝えられるし、その場で問題も解決できる」。

モノを手に入れるだけが目的なら、今の時代はオンライン販売でも済ませられる。が、訪れる人にとって「店」を訪ねる喜びは、モノを介して出会う人、そこで広がる話題、流れる時間の心地よさにもあるだろう。

(画像提供 Holz)
(画像提供 Holz)

「自分の場合、店はあまり大きくせず、責任を持てる領域でやりたいという気持ちがありますね。常に現場にいたいタイプだから(笑)。そう考えると、この店のサイズはちょうどいいんです、本当に。“箱”の強さは、店として大事な部分。20年やってきた今だからいっそう感じますね。建物としての箱そのものをシンプルに気に入っていて、純粋に好きなんです」。

オンラインによる販売が普及しつつもリアルな店舗があり続けることの意味、その店へ足を運ぶ理由の一つは、店主を含む店をまちの風景として体感したいのかもしれない。来店した人と空間を共有し、自身の思いを淡々と届けてきた20年を経て、『Holz』は、盛岡の日常風景に溶け込んでいる。

冒頭で記載したように、「まちに居る人、そこから生まれる事象」が盛岡のらしさを育んでいくとしたら、『Holz』はきっとらしさの一つ。店の奥に広がる景色は行き交う人をほどよく誘う。

■Holz Furniture and interior(ホルツ ファニチャー アンド インテリア)

■営業時間 12:00-19:00

■定休日 水曜、木曜

■所在地 〒020-0024 岩手県盛岡市菜園1-3-10

■tel&fax 019-623-8000

http://www.holz-raum.com

■第8回「entwine」開催予定

entwineサイト

日時:2024年6月6日(木)-8日(土)

場所:旧石井県令邸(岩手県盛岡市清水町7ー51)

(画像提供 Holz/2024年で8回を重ねるentwine)
(画像提供 Holz/2024年で8回を重ねるentwine)

ライター/編集者

岩手県在住フリーライター・エディター。地元デザイナーやフリーライターと運営する「LLPまちの編集室」にて、地域雑誌『盛岡の「ふだん」を綴る本 てくり』、『いわてのうるし』『岩手のホームスパン』など、盛岡を中心に県内のクラフトや地域文化を題材にした冊子を発行。/(株)クラシカウンシル代表。 伝統工芸を生かした商品開発や企画販売、手紡ぎ・手織りの学校「Looms」運営など、地場産業振興に関わる。

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