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盛岡のまちに佇む、小さなアートのコミュニティ「彩画堂」

水野ひろ子ライター/編集者
(筆者撮影)

盛岡を表現するとき、時折「文化的なまち」というフレーズが使われる。そもそも、文化的ってなんだろう?もし、それが生活者の美意識によって育まれるものだとしたならば、まちなかで営みが続くアートショップ「彩画堂」は、芸術を土地の文化として楽しみ共有する、外に開かれた縁側のような存在だ。

豊富な画材は誰もが心躍る(筆者撮影)
豊富な画材は誰もが心躍る(筆者撮影)

盛岡市は、画材が多く売れるまちと評された時期もあったそうだが、2023年春、本町通りにあった老舗画材店「虹画堂」が店を閉め、盛岡市内で額縁や画材を専門的に取り扱うのは、「彩画堂」のみとなった。同店を訪ねた夏、店主の伊山小枝子さんは、秋の岩手芸術祭に向けた画材や額縁対応もあってか、忙しく動いていた。

彩画堂店主・伊山小枝子さん(筆者撮影)
彩画堂店主・伊山小枝子さん(筆者撮影)

「忙しいけれど、楽しいんですよね。画材って一見かっこよく見えることもあり、文具店でも画材がすらり並んだ時期がありました。でも、専門分野ですので常に接客できるスタッフが常駐していないと、なかなか売れないんですよね。当店はもちろん画材が多数揃っていますが、私自身の額縁への思い入れが強くて。気に入った作品を額装することは作家へのリスペクトがあると思います。一つの額を売るにしてもお客さんと相談しながら、あの絵にはあれが合うんじゃないか、いやこれが合うんじゃないって。いろいろ話していると接客時間がずいぶん長くなっちゃいます(笑)。額縁を見てお客さんが選ぶというより、持ってきて頂いた作品を拝見してそれに合う額縁を一緒に考え提案していく。その時間が楽しいんです」。

朗らかにテンポよく伊山さんは話しだす。

さまざまな画材が並ぶ店内は心が躍る(筆者撮影)
さまざまな画材が並ぶ店内は心が躍る(筆者撮影)

伊山さんが同店で働くようになって32年。大学4年時の就活で偶然、社員募集広告を目にして応募した。

「え、彩画堂って画材を売るの?面白そう。最初は軽い気持ちで。当時は小売店だけでなく流通センターに卸問屋があり、私はそちらに勤務していました。もともと彩画堂は山形県発祥です。各地に暖簾分けする形で店舗が増えました。盛岡彩画堂は20年ほど前に色々あり、『一関彩画堂盛岡店』として営業してきました」。

昭和40年代半ば、山形を起点に東北各地に展開した彩画堂。盛岡の彩画堂は平成15年頃から時代の流れと共に事業規模を縮小。一時は20〜30人の社員がいたと聞くが徐々に減っていった。現在の店舗になってから3人体制で営業してきたが、令和3年に前代表が亡くなり、実質的に長く店を守ってきた伊山さんが、あとを引き継ぐことになったのだ。現在東北には盛岡の他、山形彩画堂と八戸彩画堂がある。

店の先に続くギャラリースペース(筆者撮影)
店の先に続くギャラリースペース(筆者撮影)

店の奥にはギャラリーがあり、一年を通してさまざまな企画展示が行われる。ちょうど訪れた日は、「短歌と写真出版記念 柴田有理作品展」の開催期間だった。在廊していた作家の柴田有理さんは、ここ数年で彩画堂の企画に関わる機会が増えたそうだが、その理由をこんなふうに話してくれた。

柴田有理さん(左)(筆者撮影)
柴田有理さん(左)(筆者撮影)

「以前から、『彩画堂』は画材店として知っており、時々買い物に来ていましたが、企画展参加を機にグッと距離が近くなった場所です。間近に居る一人として感じるのは、いい『気』が流れているということ。何かしら、面白い話をしていたり、企画がポッと生まれたり、ここに入ってくると、よい風が吹いていて何かが起こる、そんなふうに感じています」。

柴田さんは、盛岡市不来方高校で美術系コースを卒業後、制作活動を継続。県内外で企画展や個展を開いてきた。同店で開催されていた「第3回F0公募展ミニアチュールzero 2017」への出展で大賞を受賞。そこから徐々に「彩画堂」との距離感が近くなっていったそうだ。zero大賞で個展開催の権利を得て、2022年に個展「柴田有理展 短歌と写真」(盛岡市・彩画堂S-SPACE)を開催。それをきっかけに伊山さんと公募展「クリスマス金の板展」を企画し、2023年8月の個展開催へと続いている。

柴田さんの著書「短歌と写真」(筆者撮影)
柴田さんの著書「短歌と写真」(筆者撮影)

いい『気』が流れているー。作家にそんな感覚をもたらす彩画堂。それは、店主である伊山さんの空気感そのものかもしれない。

「小枝子(伊山)さんとお喋りしにくる人が多いんです。ただ、人生相談に来る人もいたりして」と柴田さん。それを受け、「喋ってるだけの時もありますね。普通に。だって、そういう場所って、ホントは必要じゃないですか。用がなくても、行ってもいいっていう場所。若い子とか作家さんも、大変な時は手伝ってくれるし、だから、ここはみんなでやっている感じですよね」と伊山さん。

かつて、盛岡市内には小さなアートギャラリーが多く点在し、そこは作家が発想や時間を共有するサロンの役割も果たしていた。同店は画材店という入り口を持ちながら、作家や生活者が交流できる、アートサロン的な場のようでもある。

「ギャラリーの緊張感がないから、皆、気軽に来るんですよね。それが大事」と伊山さん。出会うことで、何かが生まれていくのだとも。実際に企画展への出品を機に、小さな個展開催につながったケースもあり、「何かが、私の目の前で起きていくことがすごく面白いし、嬉しい」と微笑んだ。

柴田さんが同店と関わるきっかけになった「ミニアチュール zero」は、2023年で9年目の開催を数え、「彩画堂」の定番企画となりつつある。タイトルに使われるミニアチュールは、彩画あるいは細密画と訳され、古代・中世の絵付き写本に収録された挿絵を意味するものだという。転じて、「小さいサイズの絵画」を指すようになり、巷でもさまざまなミニアチュール展が開かれる。同店の場合は、F0号サイズのキャンバスやベニヤに制作する絵画展で全国から公募を募る。

全国からの公募展「ミニアチュール zero」は有志展を含めて10回目(筆者撮影)
全国からの公募展「ミニアチュール zero」は有志展を含めて10回目(筆者撮影)

小さな世界だからこそ誰もが参加しやすいという間口の広さもあり、今年は最多279点の応募があったそう。高校美術部の参加も多く、「プロの作家だけでなく、少し発表の場が欲しい人が描きたい時に参加できる。ミニアチュールはそれでいい受け皿。ただ見るだけではなく、自分も制作側に入り込めるワクワクもありますよね」と伊山さん。

今年のミニアチュール展初日の様子。プロアマ問わず参加できる間口の広さ、4人の審査員による視点の違いが特徴(写真/彩画堂)
今年のミニアチュール展初日の様子。プロアマ問わず参加できる間口の広さ、4人の審査員による視点の違いが特徴(写真/彩画堂)

先のことに話を向けると、来年のゴールデンウィークあたり、面白いことをやる目論見がすでに始まっているようだ。「思いついちゃって」とほくそ笑む伊山さんと柴田さん。訪れる人が、「いい風が吹いている」と感じる同店で、店主と作家のあいだに育まれるアートの企画。ゆっくりと土に染み込む水のようであり、それこそが盛岡らしいペースであり、盛岡らしい文化の速度なのかもしれない。 

道路沿いの店舗。柔らかな灯が人々を待つ(筆者撮影)
道路沿いの店舗。柔らかな灯が人々を待つ(筆者撮影)

■アートショップ彩画堂

岩手県盛岡市材木町4-30

tel 019-622-7249

ライター/編集者

岩手県在住フリーライター・エディター。地元デザイナーやフリーライターと運営する「LLPまちの編集室」にて、地域雑誌『盛岡の「ふだん」を綴る本 てくり』、『いわてのうるし』『岩手のホームスパン』など、盛岡を中心に県内のクラフトや地域文化を題材にした冊子を発行。/(株)クラシカウンシル代表。 伝統工芸を生かした商品開発や企画販売、手紡ぎ・手織りの学校「Looms」運営など、地場産業振興に関わる。

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