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煩雑きわまる美容系プレスの世界に、革命!働き方改革の好見本となるか?

齋藤薫美容ジャーナリスト・エッセイスト
(写真:PantherMedia/イメージマート)

●常軌を逸した美容系プレスに、『ビューティプレスボード』という革命

コロナ禍が世の中の無駄をありえない勢いで排除しているが、それを予期していたかのような大改革がメディアとコスメ業界の間で今まさに起きようとしている。それは「ハンコの廃止」くらいのインパクト。一言でいうなら、美容系プレスの世界が、アナログから一気にデジタル化へと切り替わり、双方の仕事が劇的に簡略化されることになるのだ。

そうした表現が大袈裟に思えるなら、聞いてほしい。美容業界は極めて特殊、毎年数千という新製品が生まれ、それに対し毎年数万本という記事が作られる。新製品発表会も毎日どこかで複数行われるほど。他の業界には見られない膨大な情報を、速さと量を競うようにメディアが発信。ブランド側は、書かれた記事のサイズを物差しで測って、毎月毎月数値化してPR効果を図るような世界なのだ。

更なる特殊事情は、昨今、一般人気ブロガーたちも新製品発表会に招待され、プロのライターより早く情報発信するような流れも生まれていたこと。ともかく情報を出すほうも伝える方も息つく暇もない、ちょっと常軌を逸した世界に始まる前例のない改革、そこにある悲喜こもごもまでを考察した。

2021年1月から開始されるサービスの名は『ビューティプレスボード』。PR会社大手、メディア・グローブが5年以上の歳月をかけてシステム化した壮大かつ緻密な計画で、商品やトレンド情報提供から、撮影用商品の貸出管理まで一括集約して行う“美容PR業務”支援プラットフォームである。

●編集者やライターが、化粧品PRが、嘘のように楽になる?

例えば、ある雑誌の編集部が「花をテーマにしたメイクアップ」というテーマを企画したとする。編集者やライターは、そのテーマ (キーワード)だけを入力。すると登録された全ブランド全製品の中から、テーマ(キーワード)に合ったメイク商品が一瞬でリストアップされる。雑誌社はその中から記事にしたい製品を選ぶだけで、個別に取材をかけなくても撮影用商品がある意味自動的に編集部に送られる他、ビューティプレスボードのリリースや商品データを公式情報として参照が可能になるなど、手厚いサービスが提供されるのだ。

美容メディアにしてみれば、夢のような話。これまでは企画書を作って一社一社にテーマを伝え、該当する商品を相談し依頼し、商品貸し出しも返却も個別に行われていた。いやそれが当たり前だったのだから疑問にも思わなかったはずだが、思えばこれは大変な手間。

逆にブランドの方も商品のPRをいわば一品一品、編集者やライター一人一人に個別に行ってきたわけで、リリースは郵送、商品貸出のやりとりも未だFAXが登場する旧態依然。商品の発送業務もそれはそれは大変な労力と時間を費やし、当然のことながら1日中それに追われるスタッフがいる。たとえ口紅一本、ソープ1個も全てこの工程を経るわけで、膨大かつ煩雑な作業を思うと逆にめまいがしてくるが、それが全面委託のシステムに登録契約をすれば、商品をメディア・グローブに預けることで貸し出し業務も一括委託ができるのだ。

もちろんより多くのブランドが登録しない限り、意味のあるサービスにはならないわけだが、既にメディア・グローブは約80ブランドとPR業務で契約しており、例えば日本を代表するある化粧品会社は、貸し出し作業全般も含めて同社に委託している。それこそ全製品をストックした専用ルームを作ったくらい。そうした意味では、極めてリアルな計画なのだ。

このサービスが軌道に乗れば、メディアの企画のリストからこぼれぬためにも契約ブランドは自ずと増えていくのだろう。編集者やライターは無料。ブランドは約三万円/月額という、良心的とも言える価格設定も一気に業界全体を巻き込む可能性を示唆している。完全なるオンライン化により、双方向へのアンケート調査や発表会カレンダー、取材の履歴検索など様々な付帯サービスが予定され、一般消費者への情報提供も遠くはないはずだ。

●でもこの改革で、仕事を奪われる人々はいないのか?

何となくでも、理解してもらえただろうか? 言うならば、コスメ業界のアマゾン的な立ち位置で、おそらく一度動き始めたら、もう絶対後戻りできないほどの効率化が図られるのだ。

でもその一方、改革には反発がつきもので、ハンコ廃止にも賛否両論あるように、このサービスにも様々な意見があって、PRとメディア双方に「自分はあくまで直接会うからこのサービスは必要ない」という人もいる。

そもそもコスメ業界では大小のPR会社が各ブランドのPRサポートから貸し出し業務までを請け負っているわけで、まさしくアマゾンの台頭によって街の書店が多大な影響を受けたように、そうしたPR代理業務をこのサービスが奪ってしまう形にはならないのか? という見方もあるのだ。

このサービスを企画構築し、試行錯誤を繰り返しここまでこぎつけてきたメディア・グローブ社長の小田直人氏は

「逆にそうした煩雑な作業がなくなることで、各PR会社はクライアントに対するコンサルティングやマーケティング的なサポート、よりクリエイティブなPR提案を提供できるのではないか。今以上に密な関係を保てるのではないかと考えています」と語る。

確かに、欧米におけるPR会社のスタンスは日本と少し異なり、より対等かつ密接なパートナーシップによって発展的なサポート業務を行っている。しかし日本のコスメ業界の場合はどうしても事務的な作業に追われ、その部分が不十分になっているのが現状だ。

そしてブランドの社内PRの作業的な負担も少なくなることから、さらに考えるPR、独創的なPRが可能になると小田氏は語る。そもそも化粧品PRは“女性の憧れの職業”であったにもかかわらず、実際には雑務に忙殺され、ブラック化しているケースもあると聞く。PRに本来のPRの仕事をしてもらう上で、じつはこうした変革が急務だったのだ。

さらに言えば、キメ細かい情報収集を財産に仕事を広げるフリーのエディター等の仕事を減らすことにならないかとの懸念もある。ただ、こんな考え方はできないか。

情報自体はもう何年も飽和状態。そろそろ次の段階に進んでもいい気もする。むしろその情報をどう利用し分析し、どういう未来へ持っていくのかという、リテラシーに響く記事作りにシフトする良い機会ではないかという……。

またプロの手になる雑誌記事より身近なブロガーの記事の方が重宝されたりする時代、雑誌広告より有名ブロガーやタレントなどによるペイドパブ的なSNS記事に宣伝費を使うブランドも増えているが、質が問われるようになれば、必然的にきちんとアナライズされた記事が求められるはずで、この通信革命が一体どんな流れを持ち込むのか、そこも目が離せない。

●改革の是非は、誰がどんな思いで始めるかで決まる

ちなみに、新製品リリースのオンライン化を試みたケースは他にもあるが、ここまでスケールの大きな事業計画は初めて。ましてやこのメディア・グローブ、やはりコスメ業界に革命をもたらした口コミサイト@cosmeの傘下にある。これまで立ち止まることなくコスメ業界の改革に邁進してきた功績を持つ@cosmeとの連携プレーも、随所に見られることになるはずで、このプラットフォームは瞬く間に現実のものとなっていくのだろう。

ただ結果として、要はこの改革、一企業の事業拡大なのではないか、という見方も当然あるのだろう。しかし、こうした改革は「誰がどんな思いを持って始めたか?」で意味がまるで違ってくるはずだ。そういう意味で開発者の小田氏は、ブランドとメディアの両者から信頼を得てきた人。PRの本質を知り、情報の質向上にピュアな使命感を持つことは、広く知られている。この人がやるならば大丈夫……様々な立場の人から今そういう気配を感じるのだ。誰も損しない、誰もが前向きになれる改革となるはずと……。

美容ジャーナリスト・エッセイスト

女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイストへ。女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。『されど“男”は愛おしい』』(講談社)他、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。

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