アル・ゴア元米副大統領。日本の原発再稼働について語る
ノーベル平和賞受賞者で、元米副大統領のアル・ゴア氏が来日し、各所で講演を行った。筆者も9月30日に行われた講演を聞くことができた。
ご存知の通り、ゴア氏はクリントン政権で副大統領を8年間務め、その後、ジョージ・ブッシュ氏との大統領選に敗れた後に、環境保護活動に力を入れ、デイビス・グッゲンハイム監督が2006年に公開した地球温暖化に関するドキュメンタリー映画『不都合な真実 』にも出演。2007年にはノーベル平和賞を受賞した。
一方でアル・ゴア氏に対しては、『不都合な真実』で紹介されている情報に真実ではないものが含まれていたり、誇張が過ぎるといった指摘もある。あるいは、投資している自然エネルギー関連企業の株価が急上昇し、自らの講演活動で環境保護を訴えながら資産を増やした”環境長者”と批判的な意味を込めて言われることもある。
ゴア氏の講演は『不都合な真実』からの一連の主張の延長線にあるもので、数多くの事実を多面的に伝えながら、人類が持続可能な繁栄を得るには二酸化炭素排出をより一層の努力で下げていかねばならないというものだった。
ここで簡単にその内容についてまとめるとともに、ゴア氏の講演を受けて書かれた元・日本国首相の菅直人氏のブログ内容についても触れたい。菅氏の質問に対して、ゴア氏の日本の原発を再生可能エネルギーで置きかえ可能だと応えたことを喜んだエントリーだが、ゴア氏の認識、回答はもっと複雑なものだったからだ。
ゴア氏講演の主題は低炭素社会の実現
ゴア氏の講演の骨子となっていたのは「二酸化炭素排出により人類が負わねばならないコストは大きく、一方で再生可能エネルギーのコストは下がり続けて既存の大規模発電に対して優位に立ち始めた。」という話だ。
筆者は現時点で、講演に使われた資料・データを精査していないため、その内容に関して賛同も、否定もしないが、ゴア氏が主張するいくつものデータはとても興味深いものであり、趣旨には賛同している。
本記事では簡単にその講演内容を追いかける。なお、講演は録音、録画、撮影禁止、パソコン使用禁止だったため、筆者の手書きメモから起こしたものだ。このため、講演内容と完璧に一致しているわけではなく、いくつかの国名、地名など書き落としている部分もある。講演では観測データをヴィジュアル化したグラフやビデオも多用されていたが、それらは(撮影禁止のため)紹介できない。
まずお馴染みの二酸化炭素排出量増加に関する話から始まった。
毎日9800万トンの二酸化炭素が排出される現代、1951年当時の平均気温分布に比べ、明らかに上昇しているというデータを示した。もちろん平年より寒い日も少なくはないが、異常に暑い日の割合は明らかに多く、とりわけ今年の夏は記録的なものだった。
この熱を吸収しているのが海で、世界中の海面温度が上昇。フィリピンやニューヨークで過去例がないような巨大台風が生まれ甚大な被害をもたらしたのも、海面温度上昇による異常気象が理由だと話した。水分が蒸発し、大気の中に雲が生まれて雨となり、大地に降り注ぐ。この水象サイクルが海面温度上昇により変化が起き、人間社会に大きな打撃を与えている一例だ。
ゴア氏によると、世界の平均気温が1度上昇することで、大気中の水蒸気成分は4%増加するという。これによってより大きな雲が生まれるが、その雲は大気の流れによって一箇所に集中しがちだ。これが各所での記録的豪雨を生み出している。ところが、世界中に作られている社会インフラは、このような異常気象を想定しては作られておらず、様々な面で破綻を来している。
米国のある都市では26時間で6100ミリの雨が降り、雨水の排水システムが追いつかず大洪水となった。ボルチモアでの大雨では盛り土して作られた道路が、石を積んで作られた擁壁やアスファルトと一緒に崩れ、一列に並んだ駐車車両が増水した水路に落ちた。
アフガニスタンでも大雨による崖崩れが起き、ここ数年の戦争で亡くなった人たちよりも多くの数千人が犠牲者となった。三週間前にはインドにおいて、24時間で3200ミリの雨が降って被害をもたらし、欧州もフランス、イギリス、ドイツ、チェコなどで大洪水が起きている。もちろん、アフリカ、メキシコなど他地域の例も多い。パキスタンでは広大な地域に洪水被害が及び、2300万人が家を失ったことで核保有国である同国の政情不安を引き起こしている。
オーストラリアの観測データも異常だ。今年1月は、オーストラリア全土に拡がる主要な観測所すべてで、観測史上もっとも多い降水量を観測しており、各街のインフラが想定している降水量を超えて問題化している。
このような水象サイクルの異常化は、一方で甚大な干ばつ被害ももたらした。もともと降水量が少ない(大気中の水蒸気が集まって雨となりにくい)場所では、平均気温の高まりによってこれまで以上に水分が大気に放出されるためだ。
米国の場合、カリフォルニア州は全地域が日常的に”干ばつ”の状況にあり、その53%が深刻な状況にあるという。その結果、カリフォルニアで山火事が増えていることはニュースなどでご存知の方も多いだろうが、実はオーストラリア全土でも山火事被害が拡大している。山火事は平均気温上昇とほぼ比例して増えることがわかっている。
中米・グアテマラでは6割の作物が干ばつ被害を受け、国民はイグアナを捕獲して摂取しなければならない状況となった。シリアではこの10年で60%の農地が失われ、80%も家畜の牛が減った。ある農夫は400エーカーの農地を耕していたが、現在、その全てが砂漠になっている。
ロシアやウクライナなどが穀物不作の際、これを禁輸したときには世界的に穀物価格が急上昇。先進国にとっては深刻というほどの影響ではなかったものの、所得の半分以上を食料に投じる貧しい地域では暴動が起きている。
気象変動による影響は、食料の収量を減らす方向へと強く働いているということだ。
また平均気温上昇は疾病の問題を拡大している。ゴア氏は欧州、アメリカ、日本などが発展できた理由の一つに気温があると指摘。日本でのデング熱、欧州での西ナイルウィルスなど、熱帯・亜熱帯で心配されてきた疾病が、温帯地域にまで広がってきているのは、平均気温上昇が原因だと指摘。現在の社会システムは、気象変化に対応出来ていないと繰り返した。
現在の社会システム、インフラが気象変動に耐えられない例として、先日、ワシントンD.C.で航空機が離陸できなかった…という事件を紹介した。猛暑で滑走路が温められたことでアスファルトが柔らかくなり、乗客を乗せた飛行機のタイヤが滑走路にめり込んでしまったからだった。
アラスカ州アンカレッジと言えば、北米でも最北端の都市と言えるが、そこで気温が37度を超えた時にはゴア氏も驚いたと話す。極部での気温上昇で北極の氷が減っていることはよく知られているが、グリーンランドの氷も継続的に溶けている。もちろん、南に目を移せば南極の氷が溶け、こうした広大な大地の氷が減少することで海面上昇をもたらしている。2001〜2005年、2006〜2010年の観測を比較すると、南極の氷が溶ける速度は後者の方が2倍のペースになっているというデータも示した。
海面上昇でモルディブは国が存続の危機にさらされており、同国では国会を海の中で(ダイビング器材を用いて)行うことで、世界に二酸化炭素排出を抑える努力を求めた。他の国でも将来、国土が消失することを見越して、国家として移住用の土地を購入した例があるという。さらに海面上昇で失われる”資産”に目を向けると、実は東京も例外ではなく、海面上昇で失われる資産価値の世界トップ8にランキングされていた。海面上昇は河口部における海水の流入も引き起こすため、それによって失われる農地も少なくない。
これらの問題は他人事ではなく、解決していかなければ先進国を含む社会の持続性は保てない。異常気象によってさまざまなものが失われるだけでなく、今ある社会インフラも再構築しなければ耐えられない。二酸化炭素排出が少ない社会を実現することは、経済的にも必要不可欠というわけだ。
”再生可能エネルギーは、原子力発電を含む現在の大規模発電よりも安価”とゴア氏
ご存知の通り、ゴア氏は再生可能エネルギーへの切り替えを強く推進している。こうした話の終着駅は、再生可能エネルギーへの転換論へと向かうが、『不都合な真実』の頃と異なるのは”可能性”を示すだけでなく、実績として数字を挙げている点だった。
たとえば風力発電に関して様々な議論はあるが、2000年時点で”10年後に実現”と予想されていた発電量の2倍以上を実現したという。中国での予測値は20倍を超えた。これらの結果、風力発電のコストはどんどん下がっているという。
また直近で大幅に電力コストが下がっているのが、太陽光発電。こちらも2000年時点では、2010年に1Gワットの出力が目標だったのに対して20倍以上も予測値を上回り、さらに現在は55Gワットまで急増している。背景にあるのは太陽電池セルの量産化と効率向上による発電コスト低下で、79カ国の電力価格を太陽光発電コストが下回ったと話した。
この勢いはまだまだ続く上、バッテリ技術の進歩や生産能力、効率の向上も見逃せない。気温が1度上昇することにより発生する気象変動と経済損失を考えるならば、さらに安価だとも言える。さらに個人レベルでの導入も可能な上、送電網のない地域での発電が急増することで太陽光発電量の急速な増加が見込まれる。
このペースで太陽光発電グリッドが進歩すると、6年後には世界で使われる総エネルギーコストは下がるという。エネルギー消費増加に対して単価が下がるためだ。こうした状況から、事業投資の額も2010年以降は化石燃料発電よりも再生可能エネルギーへの投資が上回っている。米国でも一時的にシェールガスのブームがやってきたが、現在は火力発電所の建設計画が次々に中止されているという。その背景にあるのが、風力発電と太陽光発でのコスト急減だ。
これからは低炭素排出社会実現に向けた投資がより活発となるだろう。ということで、かつては予測でしかなかった様々な話が、現在は現実のものとなっている。自分たちの考えも変えていかねばならない。
と、上記のような話がゴア氏講演の論旨であった。ところが、菅直人元首相はブログの中で次のようにゴア氏の講演と質疑の内容について書いていた。
菅氏は「ゴア元副大統領が国会で講演し、原発に関する質問にも答える」の中で、次のようにゴア氏の講演について取り上げている。
あるいは、菅氏が聴いた国会での講演では、ゴア氏は自分の考えをすべて語らなかったのかもしれない(しかし、こうした影響の大きなテーマにおいて、内容を省略するとも思えない)が、筆者が聴いたゴア氏の意見はもっと複雑で深いものだった。実は私が出席した講演でも、よく似た質問があったのだ。
確かにゴア氏は原子力発電を再生可能エネルギーに置き換えることは不可能ではない、といった趣旨の発言をしたが、それは以下のような文脈であった。
なお、元の質問は「日本は現在、すべての原子力発電が止まり、火力発電量が大幅に増えている。これによって化石燃料の消費が大幅に増え、二酸化炭素排出も増加している。日本は原子力発電所を動かすべきだと思うか」というもので、会場に招かれた高校生がぶつけた質問である。
ゴア氏は「政治家を辞めたので、こういう質問に答えずに済むと思ったのだが」とおどけながら、まずは一般論としての原発コストについて話した。
前述したように、原発コストは毎年のように上昇を続けており、現在はもっともコスト高な発電手段になった。世界的に見ても原発技術を購入する国は減っており、この流れは今後も変わらないだろう。なぜなら、再生可能エネルギーのコストは今も下がり続けているためだ。これから発展していく国ならばなおさらだが、日本の場合は事情が異なり、他国の例と同じようには評価できない。日本はすでに巨額の投資を原発に行い、それをインフラとして社会基盤を作っているからだ。
「原発を再生可能エネルギーで置き換えることは可能だ」とゴア氏は話したが、同時に「すでに日本は原子力発でに投資済みで、日本を支える社会基盤となっている。これから電力基盤を整える発展途上の国ではない。社会基盤としてすでに完成されている原発を使うかどうかは、日本国民自身が決めねばならない」とも話し、米国人であるゴア氏が意見することではないとしたが、結論を出さずに終わらせることはしなかった。”もし私が日本人だったなら”という仮定の下で、既存原発に対する考えについて話したからだ。
ゴア氏は「こうした発言が様々な議論、批判を呼ぶ可能性は自分自身でよくわかっているが、日本という国や人を私は好きだし、自分自身をその立場に置き換えて発言せずにはいられない」とも語ったが、踏み込んだ発言をした真意はわからない。
ゴア氏は「私が議員として選出されたテネシー州でも原発に関する議論は活発だった」として、普通の議員よりは原発に対する知識・情報は集まっていたし、現在でも詳しい方だと前置きした上で「最新の技術で正しい管理のもとに運用されるのであれば、現代の原発は安全に動かすことが可能だと思う」と話した。
ただし、そのためには正しい運用・管理が行われることが前提であり、自分が日本人であるなら、原発を動かすために、より多くの情報開示を求めるとの意見を示している。
「問題は官僚・規制当局と電力会社の関係性が重要だ。その関係がきちんと正しいものになっているなら、原発は安全に運用できるだろう。しかし、規制当局と電力会社の関係が適切なものだったかどうかというと、かつてはそうではなかったと認識している。東日本大震災の後、その関係性がどう変化したのかといった情報を、私は現時点で持っていない。もし、私が日本人なら規制当局と電力会社との関係および関連情報に関して、より多くの開示を求める(ゴア氏)」
すなわち「可能か、不可能か」という部分だけを取り出せば、再生可能エネルギーの技術はコスト高になってきている原発を置き換えられるものになっているということで、菅氏の書いている部分に間違いはない。
しかしながら、日本(を含む原発投資をすでに行っている国)の場合は事情が異なるとも言っている。数10年をかけて作ってきたインフラを、一夜にして入れ替えることは現実的に不可能だからだ。