Yahoo!ニュース

モン・ヴァントゥ、神秘の禿山へいざ!

宮本あさか自転車ロードレースジャーナリスト
真っ白なモン・ヴァントゥの頂 photo:Jeep.VIDON
真っ白なモン・ヴァントゥの頂 photo:Jeep.VIDON

特別感の漂う山だ。草木の生えない山肌は真っ白で、神々しく、それでいて、賽の河原のように不気味でもある。ごろごろとした石灰石の塊で、足もとはおぼつかない。直射日光は焼け付くように熱く、吹きぬける風は大げさなほど荒い。天文観測塔の聳え立つ山頂は、ツール・ド・フランスのゴールを受け入れるには小さすぎて、チームスタッフやジャーナリストはもみくちゃになりながらお目当ての選手を探し出さねばならない。

2009年、ツール・ド・フランスが最後にモン・ヴァントゥに立ち寄ったときは、日本人として13年ぶりにツール出場を果たした別府史之選手と新城幸也選手を追いかけたものだ。最終ゴール地シャンゼリゼを翌日に控えたあの日、別府選手は満面の笑みで山を駆け上がってきた。そして山頂では、静かに感激の涙を流した。

伝説の多い山

そもそも不吉な事件が多い。登坂距離21Km、平均勾配7.6%と、データだけ見れば「平凡」なフランスの峠道だ。ところがこの山を走行中に、1967年、英国人選手トム・シンプソンは息絶えた。暑さと、酒と、ドーピングのせいだったと言われている。1970年には史上最強の自転車選手エディ・メルクスが、真っ先に頂まで駆け上がった直後に、酸欠で倒れた。

2000年大会の、マルコ・パンターニとランス・アームストロングの一騎打ちは、ひどく壮絶で、苦い後味を残した。

幾度もアタックを仕掛けてついに飛び出したパンターニに、マイヨ・ジョーヌ姿のアームストロングが追いついた。そこから延々2.5kmにわたって、2人は1対1の壮絶な死闘を繰り広げる。せめぎ合いはゴールライン直前まで続いた。最終的にはパンターニが区間を手に入れ、アームストロングが総合首位の座をさらに固めた。……これは極めて自然な結果に思われた。自転車レースではよく見られる、暗黙の了解、紳士協定。

ところが、ゴール後の「ボス」の口から、空気を読まない発言が飛び出す。「パンターニに、勝利を譲った」。禿頭の山の「海賊」がモン・ヴァントゥで手にした栄光は、屈辱に変わった。山の神の怒りを買ったアームストロングは、結局、キャリア中にこの山を制することはできなかった(ドーピングにより、2000年大会のアームストロングの成績はすべて削除されている)。

プロヴァンスの象徴、赤ワインの産地

ただでさえ特徴的なモン・ヴァントゥを、さらに特別なものにしている事実が2つ。1つ目は、そのありがたい姿を、遠くから拝めること。

遠くから見える山。遠くが見渡せる山。 photo:Jeep.VIDON
遠くから見える山。遠くが見渡せる山。 photo:Jeep.VIDON

標高1912mと、それほど大きくはない。ただし西アルプス・ヴォーキュルーズ山塊に位置するこの山の周りには、他に目立つ起伏がない。富士山のような分かりやすい形をしているわけではないけれど、山頂に突き立つ天文観察塔のおかげで、すぐにモン・ヴァントゥを見つけ出すことができる。60kmほど離れた高速道路A7からも、眺めることが可能だ。

そもそもヴァントゥ(Ventoux)という名前の由来は、1)フランス語の風=ventから「風が多い」、2)古代ガリア語で「冠雪の頂」、3)ラテン文化以前の古代語で「遠くから見える」の、いずれかだと考えられている。

つまりはるか大昔から、ミストラルの吹き荒れる白い山は、神々しい姿を下界の人々に見せ付けてきたのだろう。おかげで、パリのルーヴル美術館でも、モン・ヴァントゥに会うことができる。リシュリュー翼の2階に飾られた「アヴィニョンのピエタ」(アンゲラン・カルトン作)。その右奥に、小さく鎮座しているのだ!15世紀を生きたカルトンは、他にもヴァントゥの登場する作品を描いている。

パリのスーパーでだって、モン・ヴァントゥを発見できる。それが特徴の2つ目。なにしろ山の裾野には、ワインの一大生産地が広がっているのだから。

フランス政府が定めるAOC(原産地呼称統制ワイン)に承認されて、2013年でちょうど40年目。AOCヴァントゥーは大半が赤ワインで、強い酸味を持つミディアムボディである。お値段も手ごろなため、自宅用に気軽に買って帰ることもしばしば。しかも近ごろ、自転車ファンの心をくすぐるようなラベルが登場した!巨大スーパーマーケットチェーン「オーシャン」の独自ワインブランド、ピエール・シャノーから、こんなものが……。

山岳ジャージ、マイヨ・ア・ポワ・ルージュのスポンサーの、最大のライバル会社が出しているこのワイン。パリ市内ならサンプリー・マーケットで購入できる。

自転車ロードレースジャーナリスト

フランス・パリを拠点に、サイクルロードレース(自転車競技)を中心とした取材活動を行っている。「CICLISSIMO」「サイクルスポーツ」誌(八重洲出版)、サイクルスポーツ.jp、J SPORTSサイクルロードレースWeb等々にレースレポートやインタビュー記事を寄稿。

宮本あさかの最近の記事