Yahoo!ニュース

「ターミネーター」監督、今だから明かす舞台裏バトルの真相

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ターミネーター:ニュー・フェイト」のティム・ミラー監督(写真:REX/アフロ)

 人間とAIがバトルを繰り広げる映画の舞台裏には、人間と人間の壮絶な戦いがあった。「ターミネーター:ニュー・フェイト」の北米公開から3週間半が経つ今、監督のティム・ミラーが、L.A.の公共ラジオKCRWに出演し、真相を語った。

 赤字が確定した映画の監督が、その後にわざわざ出てきて作品についてしゃべるというのは、非常に珍しいこと。その決断をした理由を、ミラーは「ずっと隠れているわけにはいかないから。(落ちても)また馬に乗らないと」と語る。彼の監督デビュー作「デッドプール」のプロデューサーを務めたサイモン・キンバーグの影響もあった。キンバーグは、今年6月に公開された監督作「X-MEN/ダーク・フェニックス」が、興行面でも批評面でも大失敗をした後、逃げることなく表に出てきたのだ。

「サイモンのほうが、僕よりもっと勇気があるよ。少なくとも、批評家は、僕に対してもう少し優しかったから。だからこそ(興行面でふるわなかったことが)もっと辛くもあるんだけど」。

 ミラーは、「〜ニュー・フェイト」について、「誇りに思っている」と強調。その一方で「もっとがんばって戦うべきだったとも思う」と、後悔もする。この映画の製作中、ミラーは、プロデューサーのジェームズ・キャメロン、デビッド・エリソンと、常にぶつかっていたというのだ。

 とは言え、出だしからそうだったわけではない。彼とエリソンは、まずオタク仲間として意気投合をし、今作で組むことになっている。また、スペシャルエフェクトの会社を経営するミラーは、「アバター」の仕事も手がけており、キャメロンとはよく知る関係にあった。「デッドプール」になかなかゴーサインを出さないフォックスに対し、キャメロンは、「僕も脚本を読んだが、これはすばらしいよ。作るべきだ」と手紙を書くこともしてくれたという。そんな3人は、しかし、それぞれに強烈な意見を持つ、折れない人たちだった。

「撮影をするのは君。これは君の映画だ」と言われたが

「ターミネーター」の生みの親であるキャメロンは、1作目公開後、自分の持つ権利を、彼の2番目の妻ゲイル・アン・ハードに1ドルで譲渡している。ハードは離婚後にそれを売り、キャメロンが最初から所有していなかった残りの分を持っていた会社も、ほかに転売した。回り回ったあげくに、全部の権利を獲得したのが、ビリオネアのラリー・エリソンを父にもつデビッドとメーガンの兄妹である。

 ミラーがエリソンに会ったのは、「デッドプール」を完成させる前のこと。「デッドプール」の映像の一部を見せると、エリソンは非常に気に入り、おしゃべりをするうち、お互いの好みが似ていることに気づいた。そしてエリソンは、ミラーに、「『ターミネーター』をまた作りたいのだが、興味はあるか」と聞いてきたのである。

「デビッドは、(シリーズ5作目)『ターミネーター:新起動/ジェニシス』は、自分の作りたかったような映画にならなかったと言った。だから、また挑戦したいのだと。その段階で、ジム(・キャメロン)がかかわる話は出ていなかったが、僕はファンの立場から、どんな映画ならば興奮を覚えるだろうかと考え、『ジムに戻ってきてもらうのはどうだろう』と提案したんだよ。彼がやるならば、また『ターミネーター』を作る確固とした理由ができるしね」。

 始動するにあたり、キャメロンは、監督であるミラーに、「撮影するのは君。これは、君の映画だ」と言ったという。「アバター」続編の撮影で忙しかったこともあり、キャメロンは、撮影現場に来ることもなければ、編集作業中に顔を出すこともしなかった。それでも、キャメロンは、アーノルド・シュワルツェネッガーやリンダ・ハミルトンの重要なせりふのいくつかを自分で書くと主張したが、そこはそれほど問題ではなかったと、ミラーは振り返る。争いを呼び起こしたのは、根本的な部分についての意見の相違だ。

「映画の1作目と2作目では、人類が勝った。それで、今作では逆にしたらどうかと僕は提案したんだ。未来では人類が負けている。だからこそ、誰かが過去に戻ってくる必要があるのだと。でも、ジムは、『人類が負けることのどこがドラマチックなんだ?』と言った。それを聞いて僕は『人類が勝つことのどこがドラマチックなんですか?』と反論したのさ。僕はもう負けるというギリギリの状況が好き。でも、ジムはそうじゃないんだ。あれはとても大きなケンカだったよ」。

 編集作業が終わると、さらなる争いが待ち受けていた。その時の状況については、キャメロンも、アメリカのエンタメサイトに対し、「まだ壁に血がこびりついている」と言っているほどである。

「ジムにとって、完成作は、すべてのショットの最高のバージョンを集めたものを意味するらしい。でも、僕にとっては、撮影した中から選ばれたもので最高の映画を作ることを意味する。つまり、多くのものを捨てるということ。それで僕は、ジムが気に入っていたシーンの多くを捨てることになった」。

 だが、キャメロンを怒らせたのは、捨てられたものよりも、むしろ残ったものだったそうだ。

「僕が詩的で美しいと思っているセリフについて、『なぜこのシーンの途中にこのセリフが出てくるんだ?俺はこれが嫌いだと言ったじゃないか』などと言ったよ。僕は断固としてそれを残すべく戦った。おそらく、観客にとってはどっちでもいいことだろう。でも僕はあきらめかった。人にやめたほうがいいと言われても、戦い続けた。負けても、また立ち上がって戻ってきた」。

キャメロンから「一緒にビールを飲もう」と誘いがあった

 そんな相手と再び一緒に組むことはないだろうと、ミラーは語る。

「この経験から受けたトラウマのせいではない。自分がコントロールできないシチュエーションにまた入っていくことは、もうしたくないだけだ。映画ではいつも、多少の妥協は必要。それでも、それは最小限にとどめたほうがいいよ」。

 そんなミラーに、先週、キャメロンは「来月L.A.に戻るから、一緒にビールを飲もう」と歩み寄りのメールを送ってきたそうである。果たして本当に彼らが飲みに行くのかどうかはわからないが、エリソンとは、今週、会って食事をした。その食事代は、ミラーが払ったという。

「彼は大金持ちなのにね(笑)。悪いなと思ったからさ。(やはりエリソンがプロデュースした)『ジェミニマン』もコケたばかりだし、彼はこのところついていないんだ。でも、彼は良い人。僕は、彼を尊敬している」。

 その食事で「次は一緒に何を作りましょうか?」と言うと、エリソンはとても感激したそうだ。お互いに強い性格ではあっても、このふたりはきっと、今回の経験を乗り越え、新しい何かにつなげていくのではないか。果たしてそこから生まれる作品は、どんなものだろう。少なくとも「ターミネーター」でないとは、思ってよさそうである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事