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【スポーツとパワハラ】罰としてのトレーニングは、なぜ、だめなのか。アメフト選手の死亡事故を考える

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

 今年6月、米メリーランド大学アメリカンフットボール部のジョーダン・マクネア選手が死亡した。

 マクネアは倒れる前、コーチに指示されたダッシュを繰り返していた。真っすぐに立っていられないほどの極度の疲労に達していたが、コーチはストップをかけず、アスレチックトレーナーも気づかなかった。練習後に病院へ運ばれて、治療を受けたが、数週間後に亡くなった。死因は熱中症とみられている。

 マクネアはなぜ、亡くなってしまったのか。そこには、メリーランド大学のアメリカンフットボール部の闇があった。死亡事故をきっかけに、同大学アメリカンフットボール部の関係者や元選手たちが口を開いたことで、ダーキンヘッドコーチとコートコンディショニングコーチらが異常な練習環境を作り出していたことが明らかになった。死亡事故から2カ月が経過した8月、米スポーツ専門局ESPNが詳細を報道した。

 メリーランド大学のアメリカンフットボール部のヘッドコーチとコンディショニングコーチらが日常的に選手を虐待していたという。指導者側が、選手に対して脅迫めいた嫌がらせをすることが日常的に起こっていたようだ。どのようなことがあったのか、具体的に伝えられている。

●恐怖と脅迫による指導が行われていた。コーチが腹を立てた時、軽量の重りなどが選手めがけて投げられていた。

●恥をかかせることがたびたびあった。選手に減量を求める一方で、チームメートの見ている前で棒のついたキャンディーを食べるように強要した。

●口汚く罵ることが日常的に行われていた。

●嘔吐するまで食事を続けるよう強要した。

 マクネアがふらふらになっているのに、ダッシュを続けて、熱中症で死亡したのは、前述したような虐待やハラスメント環境とは無縁ではない。同大のアメリカンフットボール部の関係者たちは、そのように考えている。

 コーチの指示するトレーニングは、選手のパフォーマンス向上に必要だからではなく、身体的苦痛を与えることが目的になっていたのではないか。身体的苦痛を与えるためのトレーニングを強要し、それに従わないときには辱めや恐怖を味わうと脅すことで、選手たちを管理していたのだろう。コーチ陣は、適切なトレーニングかどうかを二の次、三の次にしていたから、選手の命が危険にさらされていることに気が付かなかった。

 身体的苦痛を与えることを目的とした、罰としてのトレーニングは、メリーランド大学だけの問題ではない。

 米国で指導者教育を行っているPCA(Positive Coaching Alliance)はこんなQ&Aを掲載している。

 質問「中学陸上部の娘のコーチが、誰かの結果が悪いときや態度が悪いとき、140人の部員全員に罰として四つん這いで這わせてるトレーニングをさせます。コーチは、物事を正しくやらせるために身体的影響を使わないコーチはアメリカにはいない、と言います。本当でしょうか」

 回答しているのはカナダ・コーチング協会の相談役であるウェイン・パロさん。

 コーチの仕事とは何か。

 「コーチの仕事は、選手が思っていたようなパフォーマンスができなかったとき、パフォーマンスを向上させるために何を変える必要があるのかを特定し、トレーニングを考えることです。もちろん、選手たちのふるまいを正さなければいけないときもあるでしょうが、それは、その選手の、そのふるまいに対してなされなければいけません」

 なぜ、罰としてトレーニングをさせてはいけないのか。

 「トレーニングはパフォーマンスの鍵を握るものです。選手たちは、自分の心地よいゾーンを乗り越えていけるように、精神的にも準備しなければいけません。コーチがトレーニングを罰として使ってしまうと、選手たちはトレーニングをネガティブなものと見なすようになります。後になって、アスリートの最適なパフォーマンスの妨げになる可能性があります」。パロさんは罰としてのトレーニングの最悪のケースとしてメリーランド大学アメリカンフットボール部での死亡事故を挙げた。

 連帯責任としての罰は、日本のスポーツ界でもよくあることだが、北米でも存在するようだ。パロさんはこのように回答している。「罰としてのトレーニングの原因となった選手は、憎まれてしまいます。チームのスポーツ文化はとてもネガティブなものになり、パフォーマンス結果も著しく損なわれます」

 罰としてトレーニングを強要することは、日本だけでなく、北米でも、長年にわたってスポーツ界にはびこってきた。アスリートの人権を守るためにも、スポーツ指導者の権力の乱用や虐待的な指導を行うべきではない。今、カナダや米国では、罰としてのトレーニングはパフォーマンスにどのような影響を与えるのかを科学的に研究することによって、スポーツ界の闇を切り開こうとしている。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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