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すべてのメディアは”捏造装置”

橘玲作家

STAP細胞はどんな組織にも変化できる機能を持った多能性細胞の一種で、iPS細胞などと比べてつくり方が圧倒的に簡単で、再生医療を劇的に発展させると期待されていました。この“ノーベル賞級の発見”を割烹着姿の31歳の小保方晴子さんが主導したことでマスコミの大騒ぎが始まりましたが、その後、論文自体の信憑性を疑わせるさまざまな疑惑が噴出して事態は混迷していきます。

この問題の本質が、「そもそもSTAP細胞は存在するのか?」なのは誰でもわかります。

小保方さんは200回以上STAP細胞を作成したと述べていますが、それには「言葉では伝えにくいコツ」があり、本来、つくりやすいはずなのに他の研究者は誰ひとり追試に成功していません。しかしだからといって論文自体を捏造と決めつけることはできず、写真の転用についてもそれがたんなるミスなのか、意図的なのかを素人が判断するのは不可能です。

“日本のベートーヴェン”は、野心を抱きながらも挫折を繰り返してきた男が、才能はあるもののずっと音楽界の傍流にいた作曲家と出会い、彼をゴーストライターに聴覚障害を装って成功をつかむという、テレビの2時間ドラマに使えそうなベタな話でした。ワイドショーで連日大きく取り上げられたのは、こうした“わかりやすい物語”なら視聴者が安心して楽しめるからです。

大衆が好むのは昔も今も勧善懲悪で、そのためにはまず悪者を特定しなければなりません。それによって悪を糾す自分(視聴者とその代弁者としてのメディア)が正義の側に立てますし、悪者に人間味(幼児虐待や貧困、自殺未遂など)を持たせれば物語の魅力はさらに増してひとびとを魅きつけます。

しかしSTAP細胞論文疑惑では、この悪者をうまく特定することができません。いまだに論争の決着がついていないということもありますが、そもそもマスメディアには「読者/視聴者が理解できることしか報道できない」という制約があり、科学の世界での議論を追うことが困難だからです。

勧善懲悪のドラマは悪役がいないと成り立ちませんから理化学研究所を批判したりもしてみますが、ここは日本の誇るノーベル賞受賞者が理事長をやっており、そもそも誰に責任があるのかもよくわかりません。

こうして科学論争は研究者間の愛憎劇(失楽園)や、「人格障害」「モンスター・サイエンティスト」へと歪んでいってしまいます。大衆は科学の最先端を知りたいのではなく、“割烹着姿のかわいい女の子”の将来に興味津々なのです。

娯楽としてのマスメディアの限界は、真実が複雑でわかりにくいものだとしても(たいていはそうです)、それをわかりやすく加工しなければ商品にならないことにあります。だとすれば、メディアそのものが“捏造装置”なのです。

もっとも「そもそも真実なんてあるのか」というさらにやっかいな問題もあり、それを言い出すと本稿も含め、すべてのメディアは捏造の度合いを競っているだけだ、というオチになってしまうのですが。

『週刊プレイボーイ』2014年4月28日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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