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英イングランドでコロナ規制解除 ジョンソン首相も隔離中で慎重な幕開け

小林恭子ジャーナリスト
コロナ規制が解除される1週間前、ロンドン・キングスクロス駅を歩く人々(写真:ロイター/アフロ)

 英イングランド地方では、19日から新型コロナウイルス感染防止の一環として課されてきた行動規制、店舗の営業規制などが解除された。英政府はこの日を「フリーダム・デー(自由を取り戻す日)」と位置づけたが、連日、感染者数が伸びており、ジョンソン英首相も自己隔離中で、慎重なスタートとなった。

 英国は4つの地方(イングランド、北アイルランド、スコットランド、ウェールズ)に分かれており、イングランド地方には人口の約5分の4が住む。(ほかの地域には自治政府が置かれており、規制解除の程度や日にちは若干異なるが、いずれも解除方向にある。)

何が変わったのか

 19日から、何が変わったのかというと、まず「ソーシャルディスタンス」を取る必要がなくなった。

 これまでは他者との間に少なくとも1メートル以上の距離を置く必要があったが、これは原則、撤廃(ただし、病院やパスポートチェックの場所は例外)。

 人と集まる時の人数(室内は6人までなど)も規制がなくなった。

 18日までは、店舗に入る時や公共の交通機関を使う時は口元を覆うこと、つまりマスクの着用が義務化され、もし特別な理由なく着用しない場合は罰金を科されていたが、これもなくなった。

 しかし、完全に撤廃かというとそうではなく、政府は混雑した場所や喚起が十分でない場所での着用を推奨している。

 パブやレストランの営業、結婚式や葬式出席の際の人数やどこで食べるかなどの規制も取り去られた。

 コロナ感染を防ぐための規制が始まって以来、初めて、ナイトクラブの営業が許可された。

規制があるのは・・・

 最近、久しぶりに暑い日が続く英国だが、市民のもっぱらの関心事は「海外で夏休みが取れるかどうか」。

 残念ながら、この点ではまだ規制が続いている。政府は世界各国を安全度で複数のグループに分けており、国によっては帰国後に10日間の自己隔離をする必要がある。また、コロナのワクチンを2回受けたのか、1回しか受けていないのかによっても、隔離するかどうかが変わってくる。

 突然、ある国が「帰国後自己隔離が必要な国」に指定される場合があるので、海外旅行の計画が立てにくい現状は変わっていない。

 また、義務ではないものの、人と会う時はできる限り戸外で会うことが推奨されている。

 ナイトクラブや大規模イベントに出かける場合は、アプリをダウンロードしてワクチン接種を証明するよう、奨励されている。

イングランド地方では、19日からナイトクラブの営業が許可された。マスクなしで踊る人々。
イングランド地方では、19日からナイトクラブの営業が許可された。マスクなしで踊る人々。写真:ロイター/アフロ

保健相がコロナ検査で陽性に

 コロナによる行動規制は経済活動にとってはマイナスで、与党・保守党の中で、一刻も早く規制解除をするべきという声が続いてきた。

 先月末、ハンコック元保健相が女性スキャンダルで辞任後、新たな保健相となったのがサジード・ジャビド氏。彼も規制解除推進派の一人である。

 しかし、19日の「フリーダム・デー」実施前に、英国ではコロナ感染者がどんどん増えていた。

 政府統計によると、18日付で1日当たりの新規感染者数は約4万8000人に上る。前回の感染ピークとなった今年1月とほぼ同じぐらいになっている。

 規制解除となれば、「10万人規模になるだろう」というのが、多くの科学者の予想だ。ちなみに、英国の人口は日本の半分なので、単純に2倍にしてみると、日本だったら20万人に増えるかもしれないと警告されていることになる。

 不安感が漂う一方で、今月中旬、ロンドン・ウィンブルドンでは数万人の観客を入れて競技が行われ、欧州のサッカー戦「ユーロ2020」では、ロンドン・ウェンブリースタジアムでの決勝戦に約9万人の観客を入れた。いずれも、大型イベントでの影響を調べる、政府の「実証実験」の一環だ。

 政府が強気になれるのも、感染者数の伸びが大きいのに入院患者数(最新の数字では1日に74人)や死者数(1日に25人)とかなり低いせいだ。

 また、英国ではコロナワクチンの接種が昨年12月から急スピードで進んでおり、現在までに18歳以上の成人の約88%が1回目の接種を終えているため、入院を要するほどのあるいは死者を出すほどの感染にはならないという見方があるからだ。

1回目の接種者は約4600万人(成人人口の約88%)、2回目は約3600万人(約68%)。(政府のウェブサイトよりキャプチャー)
1回目の接種者は約4600万人(成人人口の約88%)、2回目は約3600万人(約68%)。(政府のウェブサイトよりキャプチャー)

 「フリーダム・デー」の後で、厳しい規制を再度かけることはないージョンソン首相はそう豪語していた。

 しかし、フリーダム・デー実施直前になって、ジャビド保健相のコロナ感染が判明した。保健相と「濃厚接触した」ということで、ジョンソン首相やスナク財務相も自己隔離に入ることになった。

 何とも、間が悪いスタートとなった。

国民は慎重

 タイムズ紙の世論調査(19日発表)によると、今後2-3週間の間にパーティーに出かけたいと答えた人は31%。半分以上となる53%が「出かける予定はない」という。

 劇場に足を運びたい人は34%、そのつもりはない人は48%。

 若者層(18-24歳)に限っても、53%が出かけない、と答えた。

 規制解除が「正しい政策」と答えた人は31%だが、「間違っている」とした人は55%だった。

街中に出かけてみると

 19日、筆者は市営プールに足を運んだ。事前にネットで予約し、通常よりは少ない人数の利用が許される、というルールは変わっていなかった。施設内に入る前に、プールの職員がアイパッドを手に持ち、一人ひとりを確認するという流れも変わっていない。

 しかし、施設内の受付では、前回まではマスクを着けていた職員が今回は着けていなかった。

 施設の近くにあるスーパーの前には、マスク着用を奨励するお知らせがあった。

 スーパーの買い物客はほとんどの人がマスク着用だ。レジにいるスタッフは着けている人と着けていない人がいた。

ロンドンにあるスーパーの店先には、マスク着用など口元を覆うことを推奨するお知らせが出ていた。もはや義務ではなくなった。(撮影筆者)
ロンドンにあるスーパーの店先には、マスク着用など口元を覆うことを推奨するお知らせが出ていた。もはや義務ではなくなった。(撮影筆者)

 最寄り駅まで歩くと、通りにはマスクをしている人が多い。以前も戸外ではマスク着用は義務ではなく、店舗内・室内のみが義務だったが、面倒くさいのでつけっぱなしにしているようだった。

 実は筆者もそんな一人だ。訪れたい店舗や駅などが近い時は、外したりまた付けたりするのが面倒だ。また、路上で歩くことで感染するとは思っていないのだが、ほかの通行人の中で大声で話したり、すれ違う時に体が接近することがあったりするので、防御にもなる。

 電車内、駅構内、バスの中は、以前はマスク着用が義務だった。今はそうではない。しかし、筆者が見る限り、ほとんどの人がマスクをしていた。バスの運転手はマスクをしていなかったが、透明なアクリル製のボードで利用者と接触しない工夫がされている。

 19日、イングランド地方は30度を超える場所が多く、できればマスクをしたくない気温だった。しかし、それでも多くの人が着用していたところ見ると、市民は相当慎重になっていると言えるだろう。

リスクを取るか、取らないか

 フリーダム・デーをめどとした、規制解除。そして、大型イベントでの数万規模の観衆を入れての実証事件。

 英政府はリスクを取りながら、コロナ感染防止と格闘していると言ってよいだろう。

 「リスクをとっても、今こそ、オープン化したい」という英政府の自信を支えるのが、ワクチン接種の進展度だ。先述のように、すでに成人の約88%が少なくとも1回目を接種済みだ。

 18歳以下を対象としたワクチン投与や、高齢者には秋以降3回目の接種を奨励する案も出ている。

 これまでに、英国は約12万8000人~15万人のコロナによる死者を出している(数字にばらつきがあるのは、数え方・数えた組織によるため)。もし人口が2倍の日本に当てはめれば、24万から30万人にも上る。多大な犠牲を払ったことになる。

 今後、どうなるのか。昨年春、コロナ感染によって25万人以上の死者が出ると予想して、楽観視していた政府の度肝を抜いた、インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授がBBCのニュース番組「アンドリュー・マー・ショー」に出ていた(17日)。

 規制解除で感染者数は「1日に新規10万人まで増える」と教授は予測した。20万人になる可能性もあるが、「どうなるかは、わからない」という。新たな変異種の発生や、市民がどれほど感染防御策を取るかなどによるからだ。

 英国は規制解除によって、危険なゲームを開始したのかもしれない。

 英国に住む筆者は、今後も手洗い・多くの人が集まる場所ではマスク着用・空気感染に注意などの個人的な防御策を続けていこうと思っている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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