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Jリーグが誕生した――1993年5月15日

川端康生フリーライター
写真:岡沢克郎/アフロ

<極私的スポーツダイアリー>

1993年5月15日、Jリーグ誕生

 レーザー光線がスタジアムを飛び交っていた。TUBEのギタリストが奏でる大音響が響き渡り、10枚のチームフラッグがスタンドを滑り降りていく。

 そのスタンドは掛け値なしの超満員。レプリカユニホームを纏い、フェイスペインティングをし、チアホーンを鳴らすサポーターたちで埋め尽くされている。

 その真ん中で川淵三郎初代チェアマンが開会宣言を読み上げた。

「スポーツを愛する多くのファンのみなさまに支えられまして、Jリーグは今日、ここに大きな夢の実現に向かって、その第一歩を踏み出します」

 電光掲示板には〈THE BIRTHDAY OF J.LEAGUE〉。

 1993年5月15日、日本初のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が誕生した。

あの頃

 あの頃、あなたはどこで何をしていただろうか。

 街にWANDSやDEEN、それにB'zの音楽が溢れていた頃だ。ミュージックシーンでいえば「ビーイング」が席巻していた時期。

 そういえばZARDの「負けないで」がミリオンセラーになったのもこの1993年だった。

 もしかしたら、カラオケボックスで拳を突き上げながらCHAGE&ASKAの「YAH YAH YAH」で盛り上がっていたかもしれない。THE虎舞竜の「ロード」を滔々と歌い上げていたかもしれない。

 テレビでは野島伸司のドラマが人気だった。「高校教師」(主題歌は森田童子の「僕たちの失敗」だった)が終わり、ちょうど「ひとつ屋根の下」が放送されていた頃。

 江口洋介はもうトップスターで、福山雅治はまだ主役ではなかった27年前――Jリーグが誕生したのは、あの頃だ。

 オープニングマッチをスタジアムで観戦できた人はそう多くないだろう。

 入場券は往復ハガキによる申し込みだった。まだインターネットやパソコン、それどころか携帯電話も普及していなかった時代。

 それでも応募は78万6000人、席種の中には260倍の高倍率となったシートもあった。

 僕は国立競技場にいた。直前に舞い込んだ幸運(については以前にも書いたのでここでは割愛)でチケットを入手できたのだ。そしてゴール裏の最上段の隅の隅で、マイヤーのとんでもないミドルシュートやディアスの決勝ゴールを見た。

 華やかなセレモニー、緑のピッチを駆け巡る選手たちの煌めき、ヴェルディ川崎と横浜マリノスによるハイテンションのゲーム。目の前で繰り広げられるそんなすべてに興奮していた。

 でも、それだけではなかった気がする。新しいことが始まる。これまでとは違う何かが始まる。ここから時代が変わるかもしれない――Jリーグにそんな予感のようなものを感じて、昂っていたのだった。

Jリーグが変えたこと

 そしてJリーグは確かに時代を変えた。

 まず何より、日本サッカーは強くなった。

 27年前、まだワールドカップに出場したことがなかった日本代表は、Jリーグが開幕した5ヶ月後、ロスタイムの失点で出場権を逃した「ドーハの悲劇」を経験するが、その4年後にはフランス大会についに初出場。以降、すべてのワールドカップにアジア予選を突破して出続けている。

 それまでワールドカップとオリンピックの予選で13連敗していた日本サッカーの歴史を、Jリーグは劇的に変えたのだ。

 開幕直後に巻き起こったブームは、サッカーを人気コンテンツに押し上げた。

 NHKで放送されたオープニングマッチの視聴率は32・4%。日本リーグ時代に「視力検査」(1.2とか1.5とか)と揶揄されていたメディアバリューは急騰し、放映権料も1試合30万円から1000万円に跳ね上がった(オープニングマッチは特別に5000万円だった)。

 テレビだけではない。出版界では「Jリーグ雑誌」がまさしく雨後の筍のように創刊されて書店の棚を埋め、コンビニにはJブランドの商品が並び、CMにもJリーガーが次々と登場した。

 そればかりかJリーググッズを専門に扱うショップ「カテゴリー1」が全国に100店舗もできた。

 もちろん、そんなすべてを正常だったとは言わない。

 ルーキーでも「高卒1500万円、大卒3000万円」の高年俸を手にした選手たちが外車を乗り回し、時には写真週刊誌の標的になったりもした。

 Jリーグを取り巻く喧騒が、ブームを通り越して“発情”と言いたくなるような状態だったことは事実である。

 だから、その分沈静化するのも早かった。創設2年目に最多(1万9598人・1試合平均)を記録した観客数は、その後下降線を辿り、5年目にはほぼ半減(1万131人)。

「横浜フリューゲルスの悲劇」をはじめ、経営危機に瀕するクラブが続出することになった。

 それでも当時の<昭和が野球なら平成はサッカーだ>というスポーツ紙の見出しの通り、Jリーグが日本のプロスポーツ(エンターテインメントスポーツ=観るスポーツ)の歴史を大きく変えたことは疑いようもない。

 Jリーグ人気が低迷し始めると、プロ野球が盛り返し……など変遷を繰り返しながらも、「2大プロスポーツ」という時代を、この27年間僕たちは享受してきたのだから。

 Jリーグの誕生以前にはプロ野球しかなかったのだ。

写真:岡沢克郎/アフロ
写真:岡沢克郎/アフロ

新たな時代の象徴

 改めて時代を俯瞰してみれば、Jリーグが誕生した1990年代前半は、日本にとっての転換点でもあった。

 1989年12月に史上最高値(3万8915円)をつけた日経平均株価は、翌90年には2万円を割る大暴落を起こし、狂乱に包まれながら進んだ好景気は地価下落と不良債権の発覚で終わりを告げる(バブルの崩壊)。

 また、この時期には少年による猟奇事件やオウム・サリン事件なども続発。

 戦後一貫して右肩上がりで成長してきた経済を背景に、物質的には「豊かな生活」を手にした一方で、日本人が“心の空洞”に気づき始めた頃でもあった。

 そんな時代にあって、Jリーグが掲げた<百年構想>や<地域密着>という理念は、サッカーファンのみならず多くの国民に支持され、新たな時代のスタンダードとなっていったと思う。

 設立時、10チームだったクラブは、その後、2部(J2)、3部(J3)を併設し、まさしく「全国津々浦々」に広がっていく。

 そんなJリーグに刺激されるように、他競技にも<地域密着型クラブ>は浸透。初めて訪れた旅先で「こんなところにもこんなチームがあるのか」と驚くことも、いつしか珍しくなくなった。

 初代チェアマンの開会宣言に「サッカー」という言葉が含まれていなかったことが象徴するように、Jリーグの創設は単なるプロサッカー団体の旗揚げに留まらない、新たなヴィジョン(未来図)の提案でもあったのだ。

 そういえば、「Jリーグ」は1993年の流行語大賞だった。「サポーター」は新語部門金賞。

 理事長ではなくチェアマン、ファンではなくサポーター、フランチャイズではなくホームタウン……。

 そんなすべてが新しく若々しく、サッカーに興味のない者をも惹きつける吸引力がJリーグにはあった。

27年後のJリーグ

 あれから27年が経った。

 バブル崩壊の後も、失われた10年・20年、リーマンショックと日本経済の苦境は続いた。

 そればかりか阪神・淡路大震災や東日本大震災をはじめとした地震や台風などの自然災害にも相次いで見舞われ続けた。

 そんな困難な時代の中で、Jリーグは存在感を示し続けた。

 たとえば被災地でのボランティア活動。日本における「ボランティア元年」は1995年の大震災とされるが、Jリーグがもたらした影響も決して小さくはなかったと思う。

 そしてもちろん、かつて新語だった「Jリーグ」はすっかり“日常”になった。チームはJ1、J2、J3合わせて全56クラブ。地域社会と連携しながら、それぞれのホームタウンで活動している。

 実はJリーグは“難産”だった。少なくない反対意見を押し切っての創設だったのだ。

 そして懸念通りに存続危機に陥り、そんなピンチをクラブ経営の引き締めで乗り切って、5代目となる村井満チェアマンの下、ようやく「第二創業」とも位置付けられる積極策にこれから……そんなタイミングで、今年「コロナショック」に直面することになった。

 それでも――いち早くリーグ戦の中断に踏み切った即断力、予め準備していた公式試合安定開催基金に加えて、迅速な資金調達を可能にする銀行との合意締結などのリスクマネジメント、そしてプロ野球とともに、科学的知見に基づき、リーグの再開を模索する取り組み……。

 いま目の前にあるJリーグはたくましい。

 その姿には、移ろいゆく時代の中で、激動を繰り返す環境に順応しながら歩んできた27年間が映って見える。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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