権力の横暴に立ち向かった、勇気ある北朝鮮男性の運命
北朝鮮では、カネを貸して利子を取る行為を刑法で禁じている。
第113条(高利貸罪) 高利貸行為を常習的に行った者は1年以下の労働鍛錬刑に処す。前項の罪状の重い場合は3年以下の労働教化刑に処す。
しかし、現実の北朝鮮ではヤミ金融がはびこっている。民間人に融資をする金融機関が存在しないため、資金が必要になったらトンジュと呼ばれるヤミ金融業者から借りるしかないからだ。農村で活動する業者は、取り締まりを避けるために、現金ではなく穀物で貸し借りをする。
ここまでならよくある話なのだが、韓国にほど近い黄海南道載寧(チェリョン)郡では、農場を司る管理委員会と朝鮮労働党の里委員会(村の委員会)がグルになって、農民相手にヤミ金融を営んでいる。それも国家権力を利用して取り立てを行い、邪魔者の口を塞ぐというかなり悪質なものだ。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
郡内のある農場の管理委員会は、今年春の種まきの時期を迎え、各作業班に農機具、燃料、ビニール幕などを貸し与えた。本来なら無料貸与されるところだが、秋の収穫後に1.5倍の値段に相当する穀物を返すという条件だ。
このように春に営農資金を貸し付け、秋の収穫後に利子を付けて返すという行為は広く行われていて、返済額が元金の1.5倍というのは、相場通りだ。
ところが、秋の収穫作業が終わった後になって、3倍にして返せと急に言いだしたのだ。その理由は次のようなものだった。
「春には1.5倍(の利子を付けて返済)を約束したが、国家的課題(国からのノルマ)も多く状況が変わったので、3倍にして返せ」
ひとつの農場は、複数の作業班に分けられているが、その班長たちは、約束を守らない管理委員会に怒った。しかし管理委員会は、里党委員会との協議で決まったものだとして、3倍を要求し続けた。つまり、農場が朝鮮労働党とグルになってヤミ金融を営み、債務者に無茶な返済を要求しているということだ。
党組織の中でも最末端の里党とはいえ、逆らえば金正恩総書記への反抗と見なされ、重い罪に問われかねない。それを恐れた作業班長たちは、黙らざるを得なかった。
しかし、そこでひとりの男が立ち上がった。50代のパクさんだ。里党委員会に押しかけて、「秋に1.5倍を受け取ると言ったのに、急に3倍にしろとはどういうことだ。管理委員会と里党は詐欺師集団か」と強く抗議したのだ。
(参考記事:激しい拷問に耐え続けた北朝鮮「レザーの女王」の壮絶な姿)
それから数日後。載寧郡検察所がパクさん宅を急襲した。軍に納める軍糧米のことで文句が多く、穀物の横領もしたという信訴(内部告発)があったとして、国家財産貧汚浪費罪違反の容疑をかけたのだった。彼は「誰がそんな信訴をしたのか」と抵抗したが、検察は「信訴は匿名だから明かせない」として、その場で逮捕、連行した。
農場管理委員会は、待っていたかのようにその日の夜、第1分組長を作業班長に任命した。パクさんを罠にはめたのは、彼の存在を煙たがっていた管理委員会や里党、あるいは昇進したいがためにこの機会を利用した第1分組長だったのだろう。
「上役の命令に従わない者は、検察を動員してでも踏みにじってやるということを示したのだろう」(住民)
連行されていくパクさんを見た他の作業班長たちは、何も言わなくなってしまった。作業班長の中に情報員(スパイ)が混じっていて、下手なことを言うと同じ目に遭わされかねないと思ったのかもしれない。
地主への小作料でクビが回らなくなっていた小作農を、農地解放で救ったのが朝鮮労働党だ。しかし、その党が今度は農民を苦しめる「悪徳資本家」になっているのが、社会主義を標榜した建国から75年が過ぎた北朝鮮の現状だ。